僕色の花を咲かせたい
「見て見て、空、降ってきそうな星空だよ、綺麗だね!」
「待ってよ…天ちゃん…わぁ、本当に綺麗だね。こんな星空、僕はじめて見たよ……本当に、綺麗。
でもあんまり遠くに行くとお父さんたちに怒られるから戻ろうよ…。」
「空は心配性だなー。大丈夫だよ、お父さんは‘一人で遠くに行くな‘って言ったんだから、僕と空二人一緒だからこのくらい平気だって!
あ、見て見てこの看板!この先熊が出るんだって!」
「天ちゃん、笑っている場合じゃないって熊は益々危ないよ!
星空はコテージからでも見れるよ…ねぇ帰ろうよ…。」
僕の名前は天空寺 空、そして僕を引っ張って先を歩いているのは双子の天空寺 天。
双子だけど僕たちはいつでも正反対で、陰と陽で光と影だった。
いつでも天ちゃんは僕を文字通り引っ張っていろんな景色を見せてくれる。僕はその後ろをついて行って恐る恐るその景色を見つめるだけ。僕の世界は、すごく小さく閉じていて、でも僕はそれでも十分で手に余っていて…そこに天ちゃんが見せてくれる世界はいつも入りきらなかった。
それでも、僕は天ちゃんの後ろをついて行く。
僕はきっと天ちゃんがいないと生きていけないから。
…でも、少し天ちゃんは向こう見ずと言うか無鉄砲なところがあって、今日も家族で来たキャンプでお父さんに「地面が雨で緩んでいるから遠くに行ってはいけない」と言われていたにもかかわらず、夜中に二人で探索に出かけることになっていた。
「熊なんてでないよ、それにほらあそこ、空の好きな花が咲いてる!
ほら、すごいたくさん絨毯みたいだよ!あそこまで行こう!」
「本当だ、ノアザミが咲いてる…じゃぁ、そこで帰るよ?」
「あの上に寝転がって星見たら、絶対に最高の思い出になるよ!」
この時、僕はこの手を引っ張るべきだったんだ。
ノアザミの花がいくら綺麗な赤紫色でその花びらを僕らを迎えるように広げていたとしても、その葉や茎には小さなとげが待っている。
ー野薊に 触れば指 やや痛し 汐見てあれば すこし眼痛しー
そう詩歌にも詠まれていたのに…。
天ちゃんが赤紫色の世界にむかって駆けだすのを僕は見ていた。
そしていつものように少し遅れて僕も後を追いかけた。
だから…僕は見ていた。
ー天ちゃんの足元が崩れ落ちていくのを。天ちゃんが僕に手を伸ばすのを。-
ぐにゃりとした感触…不安定に揺れる視界…そうして僕は悟った。
ー自分の足元ももうすぐなくなるということを…。-
降ってきそうな星たちに見送られて…僕は天ちゃんの双子の妹である権利を失った。
「天ちゃんの双子の妹」でなくなった僕は…すべてを失った。
天ちゃんが必死に伸ばす手。
いつもならつないでいたはずの手。
離れた手を掴む努力もせずに、僕は天ちゃんの伸ばす腕をただぼーっと見つめていた。
天ちゃんは助けを求めているというよりは、こうなってまでもなんとかして僕を助けようとしていた。
あまりにも僕のことを思い過ぎている姿がもはや滑稽にすら見えて笑えてきた。
「っ…あはははははは!!」
天ちゃんごめんね。
僕…少し安心したんだ…これでもう天ちゃんの妹って言われなくてすむって…
涙を流しながら落ちていく天ちゃんの顔を見ながら多分、僕は笑っていたと思う。
世界が逆さまになって、僕は落下していく。
暗くて、下がどうなっているのか分からないけれど、こんなに長く落ちているのだ。
多分、僕はこのまま死んでしまうのだろう。
なのになんでだろう…僕、今すごく自由なんだ。
ノアザミの花びらが僕の後を追うように月明かりに照らされて舞っているのを綺麗だなって思った。
ノアザミの葉に触れる痛みを感じることなく
僕は僕と言う名の花を最後に咲かせる…
僕という名の花は一体どんな花になるんだろう
どうせなら…
どうせなら…せめて天ちゃんよりも自由に咲き誇る花に…僕はなりたい。
もう、僕を定義付けるものはなくなって僕は僕として…誰かが手折りたくなるような花に…
さようなら