忘却された夢の跡
翌日、金曜日。今日の放課後は、私にとって初めての廃墟部での活動がある。(火曜と金曜が活動日だ)
…何が言いたいかって?
つまり、ちぇるしーに会えるということ!ここ最近毎日会えて、ときめきが止まらない。
金曜の講義…英語、文学入門、社会学調査入門、メディア論を受け終わると、私は指定された教室へと駆けていく。
教室は、8号館501。
ガラッ
「お疲れ様でーす!」
「お疲れ。」
「お疲れ様♡」
「……。」
皆さんお揃いだが、星野さんは隅っこの席で黙々と読書していて、挨拶を返してくれなかった。(聞こえなかったのかな?)
私は、大学で同世代の友達がまだあまりいないので、まずは星野さんと仲良くなりたいと思った。
「星野さん、隣いい?」
勇気を振り絞って声をかけてみる。
しかし、星野さんは微笑さえしない。冷めた目線でこちらをチラリと見ると、氷のような絶対零度の言葉を放った。
「私、あなたとは違いますから。…慣れ合うつもりはありません。」
「…。」
「……。」
(え?今、何て…?)
まさか、昨日の憶測が本当だったとは。ショックを受けた私は、南極の氷のようにカチッと固まった。
「詩織ちゃん、こっち来る?」
薫さんが、荷物を置いていた隣の席を空けてくれた。
「では、そろそろ廃墟部の活動を始める。」
ちぇるしーが言った。
「まずは、お互いの自己紹介といこう。ニックネームも決めたいから、よろしく。」
(ニックネーム、か…。)
「まずは、俺からいくね。
法学部2回生、智瑠 孝だ。呼び方は、…ちぇるしーでもちえたでもご自由にどーぞ。
廃墟部に入ったきっかけは、簡単に言うと、"過去を消し去ることは、人々の苦労をもなかったことにするのと同じこと"だと思ったからだ。…また、後々話すと思うけど。
ってことで、よろしく!」
ちぇるしーの次は、薫さんだ。
「国際学部2回生、橘 薫よ♡
私は、留学先で廃墟を見て、その活用方法の面から興味を持ったわね。廃墟って、グローバルなものだと思うの。
詳しくは、また話しましょう!
呼び方は、薫姉さんでも、薫でも何でもいいわよ♡」
続いて、その隣に座っている私の番である。
「社会学部1回生、春灯 詩織です!
廃墟部に入ったきっかけは、ち…コホン!…えーと、これから頑張りたいです!
呼び方は、何でもOKです。高校の時は、"しおりん"って呼ばれてました。
よろしくお願いします!」
冷血女…星野さんが、フンと鼻を鳴らした。
「文学部1回生 星野 風子です。
廃墟は、私の生きがいです。その忘却された過去と廃棄されてしまった未来に、何とも言えないノスタルジアを感じます。
呼び方は、…そういうの興味ないんで。
私は、この部活で廃墟について、愛と理解を深めようと思います。」
「……。」
無表情で淡々と語る星野さんに、私達は唖然とした。
「自己紹介、ありがと。」
沈黙を破ったのは、ちぇるしーの言葉だった。
「じゃ、今日からの主な活動は、"廃墟地図作り"だから、よろしく。
日本でも、世界規模でもいいよ。
廃墟部は、年に1回、活動の集大成として"廃墟ブック"を作成してるんだ。
その1ページ目に貼る、地図ってとこかな。」
(なるほど…!)
そもそも廃墟とは、どんなものなのだろうか。
イメージとしては、心霊スポットのような、排他的でゾクゾクする暗い場所だ。
何気に、そこに置かれていた廃墟の写真集を手に取ってみた。
そして、思わず息を飲んだ。
(き、綺麗…!)
ナミビアの"コールマンスコップ"は、砂漠に埋もれた忘れられた街。1人の男がダイヤモンドを発見したことから膨大な量のダイヤモンドが埋まっていることが発覚し、人々は夢中でそれを掘り続けた。ダイヤモンドがなくなるほど掘りつくされ、今では砂時計に埋もれたドイツ風住居だけが残っている。一般旅行客は立ち入り禁止である。…かつての栄華が垣間見れ、儚い。
南極の"スコット隊の小屋"は、雪の中から発掘された、時の止まった部屋。1910年、イギリスの探検家ロバート・スコットが人類史上初となる南極点到着をかけて出発。しかし、時を同じくしてノルウェーのロアール・アムンゼンも南極に向かい出発。デットヒートの末、アムンゼン隊に敗北したスコット隊は、失意の為全員遭難死してしまった。そんなスコット隊の謎多き基地。…哀しみの中にロマンを感じる。
"ブルガリア共産党ホール"は、忘却されぬ過去。まるでUFOのような建物であり、近未来的なドームに赤い星が輝くモニュメントらしい。ソ連の衰退時に、共産党政権の崩壊と共に廃棄された。若者の悪戯と思われるが、以前は入り口に赤いスプレーで"Forget your past(過去を忘却せよ)"と殴り書きされていた。それは今では"Never forger your past(過去を忘却することなかれ)"に書き換えられている。…時代の激動と共に、忘却されていくであろう過去。
"軍艦島"は、軍艦に例えられる炭鉱の島。正式名称は端島であり、世界文化遺産に登録されている。かつて炭鉱の島として栄えたが、エネルギー革命によって炭鉱の需要が減り、閉山したので無人島となった。乱立するコンクリートの高層住宅が圧倒的。近年は観光名所化しつつある。…エネルギー革命による、光と影を感じる廃墟。
"化女沼レジャーランド"は、夢の続きを心待ちにしている遊園地。観覧車、メリーゴーラウンド、コーヒーカップなどの遊具が現存している、小規模な遊園地。元運営者の夢を受け継いでくれる人が現れるまで、撤去せず清掃をしていたが、今後は売却され、見学・撮影等は不可能になるという。草が生い茂っている。…行ってみたかった、無念。
ページをめくる手が止まらない。私の中で、眠っていた何かが目を覚ましたような気がした。
廃墟は、思っていたような、俗にいう"心霊スポット"とはどこか違っているようだ。美しくて、儚くて、どこか切なく哀しい…。けれど、何だか懐かしい雰囲気のものもある。
そして、特に気になったのが「裏野夢見ランド」。
廃遊園地であるが、閉館となった理由が特殊だ。――それは、恐怖の7不思議。
私は、それらをぶつぶつと読み上げる。
「1.時として消える、来園者。
2.ジェットコースターで起こった、謎の事故。
3.アクアツアーで今も現れる、悪魔の影。
4.ミラーハウスで起こった、人間入れ替わり事件。
5.ドリームキャッスルの地下にある、謎の拷問部屋とギロチン。
6.独りでに廻る、無人のメリーゴーラウンド。
7.午前2時に、逆回転する観覧車。」
ゾッと背筋が凍った。
(でも、こんなの本当なの…?)
今はまだ、半信半疑である。
すると、薫さんが口を開いた。
「地図作りにあたって、それらの廃墟を実際に探索してほしいの。やっぱり、リアルな方がいいでしょう?
でも、廃墟への立ち入りは危険だから、規制されていることも多いの。だから、たまに行われる廃墟ツアーに参加する方法が手っ取り早いわね!」
「なるほど…!」
真っ先に、裏野夢見ランドを訪れてみたい。
◇◆◇◆
廃墟に少し興味が湧いたところで、その日の活動は終わった。
「しおりん、星野さん。ご飯行くわよ♡」
(薫さん、早速"しおりん"って呼んでくれた…!)
金曜の活動後は、ゆっくりとサークル仲間でご飯を食べに行くというのが決まりらしい。
「すみません、それは強制参加ですか?」
冷めた目で星野さんが言った。
「そうよ。相互親睦も、サークルの大切な課題なの。」
堂々と言い返した薫さんに、しぶしぶついてくる星野さん。
その日は大学近辺にあるうどん&そばの店、"わっほ"という店に行った。(変な名前)
野菜あんかけうどんが、思っていたよりも美味でおかわり自由な上、良心的な値段だった。
帰り道、私は残酷な現実に気付いてしまった。
…財布の残金が、32円だということに。
(やばい。バイトしないと一文無しになってしまう…!)