春と夏
学習会館を出ると、ちぇるしーが伸びをしながらこちらを見た。
「あー、腹減ったなー!
飯でも食いに行くか。」
「はっ、はい!
今、お母さんに連絡しますね。」
(先輩とご飯に行けるなんて…!大学サイコー!)
「春灯さん、何食べたい?」
「うーん…、ここら辺に何があるんですか?」
「そうだなー。ラーメンとかどう?」
「ラーメン!」
私は目を輝かせた。
(そういや、ちぇるしーは塾で「好物はラーメン」って言ってたな。)
「ラーメン屋なら、"大山家"ってとこがオススメだよ。」
ちぇるしーの提案で、私達は大学の近くにある"大山家"に行くことになった。
◇◆◇◆
"拉麺"と黒い文字で書かれた赤色ののれんをくぐると、美味しそうな匂いが充満している。
「ラッシャーーイ!ご注文はお決まりッスか?」
そう言って出てきた店員さんを見て、私はのけぞり返った。
「玲夜、何でこんなところにいるのよ!」
「それはこっちのセリフや!」
スポーツ刈りに、素朴な顔立ち。ラーメン屋の制服がよく似合っているその部活男子は、私の幼馴染・園田 玲夜である。
「何やお前、もう彼氏できたん?
…まったく、大学を何やと思ってるんや。」
呆れたような玲夜の顔を、私は蹴りたくなった。
「ちょ、この人は彼氏じゃないッ!
同じサークルの先輩。」
「はじめまして、桜谷大学2回生、智瑠 孝といいます。」
律儀にぺこりとお辞儀するちぇるしー。
「ふぅーん。オレは、この鳥女の幼馴染、園田 玲夜っていいます。」
「いっつもいっつも鳥女って、何よ!一言多いのよ!何ならあんたはマントヒヒだ!」
「なんやと!」
ギャアギャア言い争いをする私達。ちぇるしーは困惑した顔をしているし、周りのお客さんも迷惑そうに見ている。
「あんたは大人しくオーダー聞きなさいよ!」
私が大声でそう叫ぶと、玲夜は商業用のすました顔に戻った。
「では、ご注文はどちらになさいますか?」
私は、先輩オススメのネギたっぷりラーメンを選んだ。ちぇるしーは、チャーシュー大入り麺。
オーダーを聞き終わり、厨房へと戻っていく玲夜は、何か言いたげに振り返った。
「オレ、今日はもう上がりやし、お供するわ。
あぁ~、ハラヘッタ!」
「…ハァ?!」
そんなこんなで、玲夜は私達のテーブル席に加わってきた。
(あぁ…、せっかくの先輩とのラーメンタイムが!
玲夜、邪魔!)
イライラする私をよそに、2人は美味しそうにラーメンをすすっている。
「やっぱ、労働後のラーメンはええなぁ!」
「うん。美味い。」
(何、仲良くなってんのよ…。)
「あれ、お前チャーシュー食わんの?
じゃあオレが…」
玲夜の箸が伸びてきた!
「もうっ!」
私は、ラーメンを抱えて立ち上がった。
◇◆◇◆
そうしてラーメンを食べ終えると、ちぇるしーが口を開いた。
「もう遅いから、春灯さん最寄り駅まで送ろうと思ってたんだけど…。」
「心配ご無用ッス!
下宿の方に1時間かけて送ってもらうわけにいかないんで。
ここは、オレに任せて下さい!」
「…そうだな。」
ちぇるしーは挨拶代わりに片手をサッと上げて、去っていった。
(何で、こうなるのよ…!)
家が隣同士の私達は、もちろん帰宅ルートも同じだ。
「いやぁ、びびったで。まさかお前と同じ大学やったなんて。」
まんざらでもない顔をしている玲夜に、私はツンとする。
「はいはいそーですか。」
「何やお前?
…もしかしてあの先輩のこと…。」
見る見るうちに自分の顔が熱を帯びていく。
「なるほどなるほど。」
玲夜は、不敵な笑みを浮かべている。
「もう、放っといてよ!」
半泣きの私に、玲夜は小さい声で何かを呟いた。
「……から。」
「え?」
「いや、何でもない。
今夜は、月が綺麗やなと思って。」
「あっそ。」
玲夜の自然観測趣味なんてどうでも私は、そっぽを向いた。
「てかお前、部活入るん?」
「うん、廃墟部ってとこ。」
「廃墟部ぅぅ?
お前が、廃墟?センスの欠片もないお前がぁぁ?」
「うっさいわね!あんたはどこなのよ!」
「オレ?オレは、やっぱり空手部。」
鼻高々と答える玲夜。
「へぇ。黒帯だったっけ?」
「そうやで!目指すは全国大会優勝や!」
夢を語る玲夜の瞳は、真っ直ぐで輝いていた。私は、そんな風に語れる確固たる夢を持っている人が、羨ましかった。
「全国大会優勝、か…。」
「何や?オレにはできへんやろってか?見てろよ~!」
「いや、そんなこと言ってないし!」
そうして、いつものように笑い合った。
ぼんやりと灯る街灯が、夜道を歩く2人の影を映し出していた。