ようこそ、廃墟部
講義が終わったので、私はスキップしながら待ち合わせの噴水前へと向かう。
すると、そこには約束通り先輩の姿。
(か、カッコいい…!)
思わず見とれてしまう。先生の頃からいつ見ても、彼は私のタイプを具現化したようで、ドキドキする。
「よ。授業お疲れ。」
「ありがとうございます~!」
「じゃあ、行こか。」
私は、ぎこちなく先輩の斜め後ろについて歩いていく。こうやって歩いていると恋人に間違えられたりして、なんて考えが浮かぶので、ブンブンと頭を振って追い出す。
5分ほどスタスタと歩くと、ちぇるしーが口を開いた。
「この中だ。」
前を見ると、そこには大きな古い建物がドンと建っている。レンガ造りの5階建てで、壁には大量の蔦が這っている。一見、由緒ある図書館のようだ。
「おぉ…!」
大学から横断歩道を渡ってすぐの所にこんな立派な建物があるなんて、新鮮である。
「…先輩、もしかしてこれ、全部、廃墟部のぶし…」
そう言いかけた私に、先輩は吹き出した。
「ばーか。んなわけあるか。この建物の一室が廃墟部の部室だよ。
ここは学習会館つってな、大学に公認された部活の部室が集まってんの。」
「へぇ…!」
先輩に続いて、私は5階分の螺旋階段を上がっていく。さすがに息が切れてくる。
「ハァ……、エスカレータ……」
「ここはな、俺らの学費で成り立ってるから、普段は節約しなきゃならんの。
いきなりでキツイと思うけど、…がんばって。」
「そう…なのです…ね、ゼェ、ハァ…」
なるほど螺旋階段というものは、下を見てはいけないらしい。目がぐるぐると回り、平衡感覚が狂いそうになる。
そろそろ休みたくなった時、先輩が足を止めた。
「ここだよ。」
「ゼー…、ハー…」
目の前には、白いドア。そこに何やら"廃墟部"と書かれた緑色のネームプレートがかかっている。
壁には、ちぇるしーと、金髪の美人な女の人の写真が貼られている。
(えーと、これは…?)
「お疲れ様です!」
大きな声を出し、元気にドアをガラガラと左へスライドする先輩。
続いて私も入っていく。
「あら~、こんにちは~♡」
そこにいたのは、先程見た写真の女の人だった。
(す、すっごい美人…!)
その女の人は、艶やかなロングの金髪をなびかせて、こちらを見据えている。その金髪は綺麗にカールされており、モデルさんのようだ。
猫のような目は大きく、紫を基調としたバッチリメイク。長いまつ毛に、スラリと高い身長。黒いレースのワンピースを着ている。
ぼうっと見とれていると、ちぇるしーがその女の人に目をやった。
「薫。こいつ廃墟部に興味あるらしい。」
「そうなのね~!じゃあ説明するから、よく聞いてね~♡」
(よ、呼び捨て…?!)
私は、何よりもこの2人の仲が気になってしまった。サークルの部員に、こんな美人がいるなんて。…ちぇるしーは、隅に置けない男の人なのだ。
そう感じた瞬間、私は叫んでいた。
「私、…入部します!」
「えっ」
2人は、目を見開いた。
「ま、まだ説明してないのに、本当にいいの?」
薫と呼ばれた金髪のお姉さんが、心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。
「はい。」
私が即答すると、ちぇるしーは楽しそうに笑った。
「なるほど…。春灯さんらしいな。そんなに廃墟が好きだったとは。」
「知り合いなの?」
私とちぇるしーの顔を交互に見て何故かニヤニヤしながら、お姉さんが訊ねた。
「あぁ。バイト先の教え子だよ。」
「ふぅん。そういえばちえた、塾でバイトしてるって言ってたわね。」
(ちえ、た…)
どうやら、お姉さんはちぇるしーのことを"ちえた"と呼んでいるらしい。
「あ、自己紹介が遅れてしまったわね。
あたしは、国際学部2回生、橘 薫。
呼び方は、薫さんでもなんでもいいわよ♡」
ニッコリとしている彼女に、ちぇるしーは冷めた目をして言った。
「お前は、後輩から"薫姉さん"って呼ばれたいんだろ。」
「あーもー、ちえた。…それは言わない約束よ!」
(へぇー…)
なかなか愉快なサークルだ。
「ちなみに、廃墟部は只今2名での活動をしているのよ。
…周りに興味ある人がいたら、どんどん勧誘しちゃってね★」
「に、2名なのですか…!」
思っていたよりも少ない人数だったので、私は目を丸くした。
「そうなのよ~。由緒正しいサークルなんだけれど、廃墟に興味ある人ってそんなにいないでしょ。」
しょんぼりとしている薫さん。彼女は悪い人ではなさそうな感じだが、まだまだ分からない。
(とにかく、ちぇるしーに接近するチャンスよ、私!)
今の私にとって、薫さんは1番マークすべき人である。
「知ってると思うけど、俺は智瑠 孝だ。法学部2回生。
呼び方は…」
先輩がそう言いかけた時、私はここぞとばかりに口を挟んだ。
「ちぇるしー!」
「ま、春灯さんは、そうだったな。」
「チ、チェルシー?」
薫さんは耳を疑ってから、可笑しくてたまらないという風にお腹を抱えている。
「何だか、新しいわねぇ。
ちえたが、…チェルシーだなんて…。
まるで、甘い飴…!」
「チェルシーじゃなくて、ちぇるしーな。平仮名の。」
「違いあるの?」
薫さんは、相変わらず笑っている。
「おぅ。俺は、ちぇるしーなんだよ。」
「ふぅーん。」
薫さんは、よく解らないという顔をしている。
◇◆◇◆
すると、ガラガラと部室のドアが開いた。
「失礼します。こちらが、廃墟部さんですね。」
静かだけれどもハキハキとした口調でそう言いながら、小柄な女の子が入ってきた。
「そうよ、ここが廃墟部。
あなたも入部志望の子?♡」
「…そうです。私、こちらに入部させていただきます。」
その女の子は、真っ白な無表情の顔で淡々と答えた。華奢な体に、綺麗な長い黒髪がミステリアスな感じを引き立たせている。服装は、モノクロでフリフリのロリータワンピースだ。不思議の国のアリスの模様が描かれている。
「なんと!やったわね、ちえた!」
「初日に2人も入部してくれるなんて、天地がひっくり返るかもな。」
先輩方は、狂喜乱舞している。
「では、私はこれで。」
ミステリアス少女は、そう言い残して足早に部室を出て行こうとした。
「あっ、待って!お名前だけでも教えてくれないかしら?
あと、この入部届を書いて、また持ってきてね♡」
「星野 風子です。」
冷ややかな目で入部届を受け取ると、星野さんはスタスタと去っていった。
まるで、"人と慣れ合う趣味はない"ような人だ…。
「あっ、あたし今日バイトなの!そろそろ行くわねっ!お疲れ様!」
薫さんは、ドタドタと部室から走り出て行った。
「お疲れー!」
「お疲れさま、です!」
どうやら、大学のサークルでのあいさつは「お疲れ様」というらしい。(何だか新鮮だ。)
部室にちぇるしーと2人きりになった。
「…」
「……」
「あ、わり。俺、ちょっと用あっから行ってくるわ。
部室に人がいないとダメだから、春灯さん留守番しててくんない?」
「えっ、」
「じゃあな!」
そう言い残して、ちぇるしーも行ってしまった…。
(何よ、せっかく先輩と2人きりで話せると思ったのにぃ…。)
部室に残された私は1人、改めて部室を見渡す。
6畳ほどの広さだ。真ん中には大きな木の机が置かれており、下には緑のふかふかラグが敷かれ、ナチュラルな雰囲気を醸し出している。
窓際に置かれた机には大きなデスクトップパソコンが2台置かれている。
大きい本棚には、廃墟の写真集や本、小説、マンガ、ノートなどが所狭しと並べられている。
壁には、パステルカラーの額に入った廃墟の写真やちぇるしー、薫さん、その他知らない前の代の先輩方の写真が大量に貼られている。
(部屋みたいで、落ち着くなぁ…。)
私は今、大きな窓の傍に置かれた白いソファに座っている。
静かな空間に、どこからか漂ってくるハーブの香りや、窓から流れ込んでくる穏やかな春風が心地よい。
体が、柔らかいソファに沈んでいく。
(何だか、眠くなってきちゃった…。)
慣れない大学生活に疲れた私の体は、休息を求めているようだ。
そのまま、私の意識はフェードアウト…。