始まりの戯曲
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
「廃墟」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか?
――恐怖の心霊スポットを連想する人にとっては、マイナスのイメージが強いかもしれない。
古き良き時代を想う人にとっては、ノスタルジックでどこか脆いものだろう。
しかし、一度その魅力に気付けば、泥沼に足を取られるようにはまり込んでしまうものだ。
廃墟――見る者を排他的かつ不思議な力で魅了し、我々に永遠の夢を与えてくれる存在――。
◇◆◇◆
この世界のどこかで今、黒い影が嗤った。
「彼らは、"過去"に操られたマリオネットに過ぎないのだよ!」
夜の世界で、誰かが嘲笑しながら細長い脚を組み、真っ赤なワインの入ったグラスを傾け、サイコロを振っている。
「――さぁ、楽しい楽しい戯曲を始めようか♪」
そう言うと、グラスの中の鮮血のような液体をググッと飲み干し、手で口を拭うと、黒いロングタキシードを翻して去っていった。
その人の後ろ姿を前にすると、この世のどんな言葉も陳腐に見えてしまうほどだ。それほど彼には威厳があり、品格が溢れ出ていた。…きっと彼に似合うのは、竜の血からできた薔薇ぐらいだろう。
彼は、メランコリー、フラジール、ノスタルジアといった要素を兼ね備えた存在なのだ。
残った静寂の中で、満月がニタリと笑った。
◇◆◇◆
廃墟に魅了された者達は、"過去"しか見えない瞳で言葉を放った。
1「誰にだって、秘密はあるものよ。」
2「自分を守れるのは、己のみ。」
2「世間がアタシに追いついてないだけ。」
4「狂おしいほどに、愛おしい。」
5「夢の中だけ、ハッピーエンド。」
6「纏った蜜に酔いしれる、愚かな蝶達。」
7「ただの操り人形。」
光を持たない彼らの瞳は、闇の中に同化していた。
普段は陽の昇る場所にいて仮面を被っているのだが、月出でて眠りの街へと変わると、剥ぎ取られた仮面は笑う、嗤う、ワラウ。
忘却された廃墟と、忘れることの出来ぬ過去。
…何て美しいパラドックス!
あなたには、心のどこかで巣食う闇が見えますか?
――楽しい、戯曲の始まり始まり。
忘れないで下さい。――仮面は、息をするように嘘をつくことを。