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Put an End to the Infinite Loop  作者: 自鳴琴
7/8

6 終止符

 気が付くと、俺はベッドの上に横になってた。

 目の前には、見知らぬ天井があった。

 軽く頭を起こして周りを見る。するとベッドの脇に、椅子に腰かけて項垂れている、成実の姿があった。

「なる……み……」

 声を発して、ずいぶん喉が渇いていることに気付いた。額や背中もわずかに汗ばんでいるのが分かる。

 俺の声を聞いて、成実は驚いたようにものすごい勢いで頭を上げた。

 俺の方を見ると、その目にみるみる涙が溜まっていく。


「育……」

「成実……」


 互いの存在を確認しあうように、名前を呼びあった。

 すると、成実が突然、寝たままの状態の俺に抱き着いてきた。

「よかった……よかった……!」

 何があったのか、全くわからなかった。先ほどよりも思考ははっきりしているが、まだ少しだけ混乱しているようだ。成実に説明を求めようとしたが、成実は俺に泣き縋って俺の名前を呼び続けている。これではとても話を聞けそうにない。


 ここはどうやら病室のようだ。しかも個室らしい。そして俺は、病院着を着てベッドに横たわっている。手足を動かそうとすると、身体に激しい痛みが走った。どうやら怪我をしているらしい。

 何があったのか思い出そうとしていると、病室の入口が開き、誰かが入ってきた。エンデと、『夢のスペシャリスト』である、ルーナだった。

「目が覚めたようだな」

 そう言ってエンデは、俺の足元に立つ。ルーナは成実とは反対の、窓側のベッド脇にやって来た。

「ルーナ……どうしてここに……」

 ルーナはそれには答えず、サイドテーブルに置いてあったタオルを手に取ると、俺の額の汗を優しくぬぐった。

「喉、渇いてるでしょう?」

 そう言って備え付けの冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。ルーナは一瞬困ったようにペットボトルを観察すると、恐るおそるキャップを引っ張った。が、もちろん開くはずがない。

「それはひねって開けるんだ。ジャム瓶のように」

 エンデがそう言うと、ルーナは疑わし気にキャップをひねった。未開封のもののようで、少し手間取っていたが、無事に開けることができた。ペットボトルは〈ツウィス界〉には存在しないので、開け方が分からないのも無理はない。

「手、動かせそう?」

 ルーナが心配そうに俺に訊ねた。俺は小刻みに首を振って返事をする。頭もそう大きくは動かせそうになかった。

 俺の反応を見てルーナは小さく頷くと、ペットボトルのお茶をコップに移し、ストロー付きのキャップをつけた。

 それを俺の口元に近づけるが、成実が抱き着いているため上体が起こせない。

「ナルミ……ちょっとごめん」

 ルーナがそう言うと、成実は泣きながらもそっと俺から身体を離した。エンデがベッドの横を操作して、身体を起こせるようにしてくれた。初めて見た割には、ずいぶん手際が良い。ペットボトルの件といい、さすがエンデだ。

 ルーナの持つコップから、俺はお茶を飲んだ。思っていたより喉が渇いており、一杯分を一気に飲み干してしまった。

「……もう大丈夫だ」

 空になったコップをサイドテーブルに置き、そちら側にあったもう一脚の椅子にルーナは腰かけた。

「ありがとう、ルーナ」

「いえ、もともと、私のせいだから」

 ルーナのその言葉に、俺はわずかに首を傾げる。よく見たら、ルーナの表情にも疲れが滲んでいるようだ。

 成実は俺の右手を握って、まだ泣き止んでいないようだ。とても話を聞ける状態ではない。俺はエンデの方を見た。

「何があったか、覚えていないようだな。無理もない。私から説明する」

 そう言ってエンデは、淡々と語り出した。


「お前は、大型トラックに撥ねられて、意識不明の重傷だった。ナルミの話だと、彼を助けようとして、お前が代わりに撥ねられたらしい。自分も助かる方法があっただろうに……」

 エンデはあきれたように溜息を吐いた。

「ナルミのことになると、やはり冷静さを失うようだな、お前は」

 エンデにそう言われて、少し頭にきた。エンデを睨みつけるが、彼は俺の視線を受け流し、話を続けた。

「お前を助けるために、成実がリーダーに電話をしてきたんだ。お前の携帯電話からかけたらしい」

「でも俺のスマホ、パスワードがかかってるぞ?」

「どんなパスワードだ」

「四桁の数字の……」

「四桁くらい、そいつの直感なら楽勝だろう」

 そう言ってエンデは視線で成実を示した。確かに成実の直観力は並外れており、30問の○×テストを、直感のみで全問正解したこともあるらしい。

「そうか……」

「すぐに俺が呼ばれた。俺はグリアを連れてすぐこの病院に駆け付けた。命に別条がないのは、まあお前なら当然な話だが、ひと晩経っても意識が戻らないのが気がかりだった。

 これは対処が必要だと判断し、すぐに意識を取り戻させる方法を考えた。

 そのとき、ナルミがお前の携帯電話に、スペシャリストの一覧があるのを見つけた。それを見て、そこにいる『夢のスペシャリスト』を頼ることにしたんだ」

 エンデが俺の左脇に座るルーナを手で示した。それを合図にするかのようにルーナが説明を引き継ぐ。

「私があなたに悪夢を見せることで、あなたの中に意識を持たせることができると考えたの。そして、その悪夢が覚めるように゛願う″ことで、あなたの意識も回復するっていう『作戦』だったのよ」

「まあ、後半はナルミが意見を出してくれたのだがな」

 俺は、依然として泣き止まない成実を優しく見つめた。

「お前はすでに『夢』の能力を『吸収』していた。そのため、耐性があって夢が見せられない可能性もあったが、そこはルーナが頑張ってくれたようだ」

 確かに俺は一度『吸収』した能力には耐性ができ、その能力が効かなくなる。しかし、能力の質はオリジナルの方が上なため、全力で能力を使われれば、耐性を上回ることが可能になる。

 しかし、それは容易なことではなかったはずだ。意識がなかったことが幸いしたかもしれないが、夢を見ている最中も、その夢が途切れないように、力を使い続けていただろう。

 どうりで、ルーナの顔に疲れが滲んでいるはずだ。

「そうか。ありがとう、ルーナ」

 礼を言うと、ルーナは目を閉じて首を左右に振った。

「いいえ。ちょっときつかったけど、あなたを助けるためだもの。これくらい、たいしたことないわ」

「本当に、ありがとう」

 ルーナにもう一度礼を言うと、俺は成実の方を向いた。

「成実も、ありがとう」

 成実はようやく顔を上げてごしごしと涙をぬぐうと、頭を左右に振った。

「ううん。僕は何もしてない……何も、出来なかった」

「そんなことはない」

 成実は涙に潤んだ目で俺を見つめる。俺はその視線を真っ直ぐ受け止める。


「夢の中でずっと、お前が俺を繋ぎ止めてくれていたんだ」


 俺が成実に微笑むと、彼も笑みを返してくれた。

 成実が握っている右手に力を込めて、そっと握り返した。



   *****


 俺の意識が回復したことが知らされると、要弥さんやほかのスペシャリスト達も見舞いに来た。とは言うものの、俺が意識不明の重傷だということは、ほとんどのスペシャリストには知らされていなかったらしい。

 エンデ曰く、俺が遅かれ早かれいつか必ず意識を取り戻すだろうという確証があったため、無用な心配をさせないよう、協力が必要な最低限のスペシャリストにしか伝えていなかったらしい。俺としても、それはありがたいことだった。


 ちなみに知らせを受けて真っ先に来たのは、キャンだった。

 彼は俺の回復を大袈裟に喜んだあと、不思議そうに首をかしげた。

「でも何でイクちゃん、こんなに怪我負っちゃったんだろうね? トラック? にひかれても、イクちゃんなら無傷でいられそうなのに」

「ああそれは……」

 俺はその理由がはっきり分かっていた。確かに俺なら、走行する大型トラックの一台や二台止めることができる。

 しかしそれができなかったのは、おそらくある『能力』のせいだろう。

「……事故現場は、どうだった? 他に被害は出たのか?」

 どうしてそんなことを、と言いたげなキャンを制し、エンデがそれに答えた。

「他の被害は一切ない。他の車両はおろか、撥ねたトラック自体も無傷だった」

「そうか」

 これで確信した。

「で、大怪我の原因分かったの?」

 俺の納得顔を見て、成実が訊いてきたが、俺は緩く首を振った。

「いや。……今回は運が悪かったんだろうな」

 そう言ってお茶を濁す俺に、成実とキャンは不思議そうに顔を見合わせた。その様子を見てエンデがおかしそうに笑った。

「そうだな。一生分の『不幸』を一括払いされたのかもしれんな」

「一生分は大袈裟だろう」

 俺もそう言って、笑った。

 作り笑いじゃない、心からの笑顔だ。


 意識を取り戻してからの俺の回復は早く、二日後には退院できることになった。

 俺が意識を失っていたのも半日程度だったらしく。異例のスピード退院に、医師達も驚きを隠せない様子だった。


 退院したその日の夜、俺の退院祝いをすることになった。成実はもちろん、何故かエンデ達もいる。

 シェフが腕を奮って作る料理に、皆目を丸くしていた。

「お前……毎日こんな料理を食べているのか……」

 エンデがスープを飲みながら、複雑な眼差しを俺に向けている。俺は軽く肩をすくめてそれを受け流した。

 スペシャリスト達は皆『城』にある食堂で食事をとる。料理は、料理のできるスペシャリスト何人かで交代しながら作っている。そのため、食べる物はどちらかというと大衆料理だ。こんな豪勢なコース料理を、食べたことなどないのだろう。

 食べたことなどないはずなのに、エンデはマナーよく食事を進めている。

 一方キャンは、少々ぎこちない所作でスープを口に運んでいる。かと思えば向かいに座るルーナににこやかに話しかけている。

「おいしーねぇ! ねえ、ルーナは料理得意?」

「ま、まあ人並みには。一人暮らしなので」

 ルーナは『城』の隊員ではなく、自分の能力を活用した店を一人で営んでいる。

「ルーナも『城』に来ればいいのに。俺に美味しい料理食べさせてよ」

 そう言って片目を瞑るキャンに、ルーナは引きつった笑みを浮かべる。

「いや……私、お店があるので」

「そう? ざーんねん」

 キャンはそう言って心底残念そうに肩を落とす。

 その様子を見て、要弥さんがくすくすと笑った。

「育の友達は賑やかねぇ」

「もうちょっと静かにしてくれるとありがたいんだがな」

 俺がそう言うと、エンデもうんうんと頷いた。

 それを見て、要弥さんはまた笑みを漏らした。

 俺の隣で、成実も笑っている。その笑顔を見て、あれが夢で本当に良かったと改めて思った。


 俺が成実を守っていると思っていたが、今回は俺が成実に守られた。

 そのことは俺を嬉しくも、寂しくもさせた。それでも、成実が俺にとって唯一無二の特別な存在だということに変わりはない。

 俺の視線に気付いてか、成実も俺を見て、優しく微笑んだ。

 その笑顔を見ているだけで、俺は幸せな気持ちになった。


 これからどんな不幸が訪れようと、成実が隣にいてくれれば大丈夫だ。俺が成実を守り、成実も俺を助けてくれれば、俺達はこれからもずっと一緒にいることができる。


 もうしばらくの間は、ずっと……。


次話は後日談のようなものです。

読まなくても内容的には問題ないです。

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