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Put an End to the Infinite Loop  作者: 自鳴琴
4/8

3 君を助けに

 ある秋の昼下がり。街の中。大通り沿いの歩道に、俺は立ちつくしていた。

 俺は我に返ると、急いで辺りを見回した。必死に、彼の姿を探した。

 そしてとうとう、歩行者達の向こうに、見知った後ろ姿を見つけた。彼もまた、何かを見つけたように駆け出した。

「成実っ!」

 俺は通行人の間を縫い、素早く成実に駆け寄った。彼の視線の先に、彼の母親と、不審な動きをする車があった。

「間に合えっ!」

 俺はおよそ人間には出せないような全速力で成実に突進していった。

「危ない!」

 そう言って母親を突き飛ばそうとする成実と、彼の母親を両脇に抱え、俺は迫り来る車の前を走り過ぎた。

「育?!」

「よかった……間に合った……」

 成実と母親は目を白黒させていた。

「どうしてここに……」

「偶然通り掛かったんだ。そしたら車が……」

「ああ……」

 半分嘘だが、成実は納得したらしい。成実自身も、偶然母親を見かけ、助けようとしていたからだろう。

 乗用車は歩道に乗り上げ、道沿いに建っていた店のショーウィンドウに突っ込んでいた。中でエアバッグが開いているのが見える。運転手は大丈夫だろうか?

 その時俺は気付いていなかった。成実が生きていることに安心しきっていたからだろうか、周囲への注意が、いつもよりおろそかになっていた。

 俺は運転手の安否を確認するために車に近寄った。その時明らかに成実から目を離していた。

 頭上から近づく、不穏な死神の足音も、聞こえていなかった。


 何かがブツリと切れる音。それとほぼ同時に重い物がガツガツと音を立てながら落ちてくる気配。そして、悲鳴。


 ガシャァァンッ!!


 何故上で工事をしているのに、その旨を伝える看板を出していないのだろうか。そう思っていたら、視界の端に白い幕で覆われた工事中の建物が映った。工事をしているのは、車が突っ込んだ店の隣の建物らしい。

 車と成実に集中するあまり、そちらに注意が向いていなかった。


 音のした方を振り返ると、さっきまで成実達がいた所に、大きな鉄パイプが積み重なっていた。

 その隙間から、人のものと思しき手が伸びていたが、それが誰のものかは、咄嗟には分からなかった。


――2.工事機材の下敷きになり、死亡。



   *****


 俺は成実がまた死んだことを知るや否や、再びあの家に直行した。

 今度は、成実が家を出る前に行く。

 外は危険だ。成実の家の前に行くと、ちょうど母親が外出するところだった。成実の部屋に明かりが点いているから、成実はまだ家にいるようだ。

 俺は急いでスマホから彼の携帯に電話を掛けた。

 ――もしもし。どうしたの? 育。

「成実か。お願いだ、今日は家から出ないでくれ」

 ――えっ? どうしたの突然。

「いいから、今日は一日家で大人しくしていろ」

 俺の声が余程切羽詰まっていたのだろう。成実は何かを察して、何も言わず俺の言葉に従った。

 ――分かった。

「家から一歩も出るんじゃないぞ」

 俺にしては不自然な念押しだったかもしれないが、成実は素直に「うん」と言って電話を切った。

 俺はしばらく成実の部屋の窓を見つめてから、彼の家を後にした。

 本当ならば成実だけを守ればいいわけだが、彼の母親を見殺しにするわけにはいかない。俺は母親を追って街に出た。


 結論から言うと、街を歩く母親には、何も異常は起きなかった。

 車が突っ込んできたあの場所に差し掛かっても、何もない。周りをよく見ていると、遠くで見覚えのある車がパトカーに止められていた。

 あの交通事故は起こらない。

 工事をしているあの建物の前を何事もなく通り過ぎ、成実の母親は無事スーパーで買い物を終え、帰路につこうとしていた。

 その時、彼女のスマホに電話が入ったらしい。立ち止まって電話に出る彼女を、周りに注意しながら俺は物陰でそっと見ていた。

「えっ!?」

 母親は通話を切るや否や、突然走りだした。

 俺は慌てて彼女を追った。彼女が向かっているのは、彼女の自宅のある方角だ。

 嫌な予感がした。


 家の前には、パトカーが数台停まっており、野次馬が集まっていた。さながら、事件現場のような雰囲気だ。

「あっ、奥さん!」

 野次馬の一人が、成実の母親に声を掛ける。

「警察から電話が……」

 母親が取り乱した様子でその人に言った。

「強盗らしいわよ。犯人は捕まったみたいだけど、成実くんが……」

 それを聞いて俺は、母親や野次馬を押しのけ、入り口に張られた黄色いテープを飛び越えると、家の中へ土足のまま踏み込んだ。

「こらっ! 君、現場に入るんじゃない!」

 警官の制止の声も振りきって、俺は特に人が多い、リビングに入った。

 そこで俺を待っていたのは、いくつものカメラのシャッター音と、顔面を蒼白にし、すでに息絶えている、成実だった。

「どうして……」

「ちょっと何なんだ君!」

 鑑識と思われる人が俺の姿を見て咎めた。

「何があった?」

「勝手に入ってもらっちゃ困る……」

「何があったんだ!」

 俺の怒声に、その場の空気が凍りついた。鑑識作業をしていた者も、一斉に手を止める。俺から滲み出る『威圧』に耐えかねて、カメラを持った鑑識員が口を割った。

「い、居直り強盗です。泥棒が入ったって通報があって、警察が駆けつけた時にはもう……。犯人は、本当は殺すつもりはなかったみたいで、腰を抜かしてここにいたのを、すぐに捕まえられました」

「そうか……」

 俺はその鑑識員に頭を下げると、波武邸を後にした。


――3.居直り強盗に心臓を刺され、死亡。



   *****


 俺は、先程と同じ時間、同じ場所に戻った。

 俺は玄関から出てくる母親に、今度は声を掛けた。

「波武さん」

「はい?」

 整った顔立ちの眉間に皺が寄せられる。

「今日は外出をしない方がいいです」

 先程、母親の無事は確かめられたが、念の為、家にいてもらうことにした。しかし、俺が成実の母親と会うのは、相手方にとってはこれが初めてだ。成実のようには素直に従ってはくれない。

「何なんですか? あなた」

「成実の……友人です」

「え?」

「とにかく今日は、家にいてください」

 思い切り不審そうな眼差しを向けてくる母親に、俺はなるべく強めの『威圧』を向けた。

「わ……分かったわ……」

 渇いた声でそう返事をし、母親は渋々家の中に戻っていった。

「あれ、どうしたのお母さん。忘れ物?」

 ちょうど成実が二階から降りてきたらしい。

「ああ、成実。あなたのお友達が来てるのよ」

「え?」

 成実が玄関から出てきて、俺の姿を見ると、彼は表情を明るくした。

「育!」

 しかし彼とは対称的に、俺の表情は依然硬いままだろう。

「どうしたの?」

「成実、今日は家から出るな」

「え? どうしたの突然」

「いいから、今日は一日、家から一歩も出ず、部屋で大人しくしておいてくれ」

 俺の切迫した様子に押されてか、成実は少しだけ半身をひいて、頷いた。

「う、うん。分かった」

「よかった。それじゃあ……」

 そう言って成実の家を後にしようとすると、成実が俺を止めた。

「あれ、上がっていかないの?」

「いや、俺は用事があるから」

「そう……」

 少し残念そうにそう言って、成実は手を振って俺を送り出した。


 俺はそのまま波武邸の前を張ることにしていた。

 俺は周囲に不審な人物がいないか目を光らせながら、今までのことに思いを巡らせていた。

 どうやら、この世界はどうしても今日成実を殺したいらしい。

 まるで見えない何者かが、あらゆる手段を用いて成実を殺しにかかっているようだ。

 そういえば、以前読んだ小説で、似たようなものがあった。何度も同じ時間に戻って大事な人を助けようとするが、何故かその人は助からない。最終的には、自分を犠牲にするという結末だった気がする。とにかく、決して後味のいいものではなかった。

 これも、同じなのだろうか? もしかしたら、俺が代わりに死ななければならないのだろうか?

 いや、何か手があるはずだ。ハッピーエンドで終わらせる何かが。

 この無限ループに、終止符を打つ手立てが……!


 しかし、その手段を考えようとするものの、依然鈍りきった今の頭脳では、いい案は一つも浮かんでこない。

 頭の整理のために、とりあえず俺が『吸収』済みの能力を、思いつく限り挙げてみることにした。

 エンデの『作戦』、キャンの『恋心』、グリアの『空間』、リーダーの『威圧』、ほかに使えるのは、念力、能力判別、空中浮遊、水中適応、思考読み取り、動物との意思疎通、記憶操作、“願い”を叶える、テレパシー、テレポート、高速移動、忘却、煙、植物、氷、人形、怪力、風、夢、金属、光……。

 沢山の能力を今まで『吸収』してきたが、どれも今の状況を打開するためには、役に立たないもののようにしか思えなかった。

 そもそもどうして今日成実は死ぬのだろうか?

 誰かが成実を殺そうとしているのか?

 その殺そうとしている誰かとは、一体何者なのか?

 あるいは、人ではないのか?

 この世界全体が、成実を亡き者にしようとしている?

 この世界が――運命っていう奴が――?


 そんな風にぐるぐる考えていると、突然、眼前の家の中から女性の悲鳴が上がった。

 考え事をしてはいたが、きちんと周りは見ていたはずだ。家に入るどころか、ここに近づく人物すらいなかった。

 俺は急いで家の中に入った。成実の母親の声が、リビングから聞こえてくる。

 リビングに飛び込むと、座り込んで成実の名前を呼ぶ母親と、その前に、目を見開いて仰向けに倒れる、成実がいた。

 その頭が向く方に、太い柱があった。その柱に、わずかに血が付着していた。

 俺がいることに気付いた母親は、気が動転していたのか、何があったのか、問わず語りに話し出した。

「この子がっ……足を滑らせて……柱に……頭を……」

 打ち所が悪かったのだろう。もうすでに彼は息絶えていた。

 俺は、踵を返して、またあの場所へ向かった。


――4.柱の角に後頭部を強打し、死亡。


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