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Put an End to the Infinite Loop  作者: 自鳴琴
2/8

1 始まりの死

 急いで病院に駆けつけると、霊安室の扉の横に、成実の父親と思しき人が立っていた。

 彼は、俺が来たのに気付くと、姿勢を正して俺の方を向いた。

「要弥育さんですね」

 休日出勤だったのだろうか、背広を隙なくピシリと着こなし、背筋を伸ばして彼はそう俺に確認した。しかし、その顔には、暗い翳がかかっていた。

「はい。あなたは成実の……」

「父親です」

 彼はそう言ってすぐ、自嘲気味に苦笑した。

「といっても、そう胸を張って言えるようなものではないんですがね」

 その辺りの事情は、成実から聞いていた。

 成実は幼い頃母親を亡くし、父親と兄二人と四人家族で育ってきた。成実の二人の兄は優秀で、父親は平凡な、どちらかというと内気で消極的な成実を、見ないふりするように扱っていた。

 父親が再婚してからも、新しい母親とあまりいい関係を築けなかったらしい。仲の良かった兄二人はすでに家を出ており、成実は家の中で浮いた存在だったそうだ。

 しかし、最近、成実がどうにか歩み寄ろうとしたおかげもあって、少しずつだが家族三人の関係は改善されていたと話していたが、その矢先に……。

「成実は……」

「この中です」

 成実の父親が霊安室の扉を開け、俺を中に誘った。


 部屋の中は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。

 真ん中にベッドが一つあり、その上に横たわった、白いシーツが掛けられている何かに、一人の女性が泣きすがっていた。

「成実……ごめんなさい……」

 俺は、その女性がすがりつくものを、信じることが出来なかった。

 それでも眠っているようなその顔に見覚えがあり、俺は思わず名前を呼んだ。

「なる……み……?」

 その声に気付いてか、女性が顔を上げた。泣き腫らした目は真っ赤になっていたが、端正な顔立ちの人だった。おそらく、成実の今の母親だろう。

「あなたは……?」

 彼女の質問に、俺の代わりに成実の父親が返事をした。

「要弥育さんだ」

「ああ……あなたが……」

 母親は、再び目に涙を溜め、顔を勢いよく下げると、悲痛な声を上げた。

「ごめんなさいっ……ごめんなさい……!」

 何故自分が謝られているのか、いや、そもそも彼女が誰に謝っているのかよく分からなかった。

 ただ一つ、ここに来て分かったことがあった。

 成実は……死んだ。

 俺は、のろのろとベッドに歩み寄ると、成実の頬に手を触れた。まるで蝋人形のように、冷たかった。

 すっかり冷たくなった成実の唇に、俺はそっと自分の唇を重ねた。



 葬式というものに出るのは、思えば初めてだった。

 以前は人と関わることをほとんど禁じられていたので、冠婚葬祭は、本で読んだり、テレビのニュースやドラマで見たりするくらいだった。

 最後に見た成実の死に顔は、やはり眠っているようで、今にも起きて、あの頃のように「おはよう」と言ってくれるのではないかと思えたが、そんな奇跡のようなことは起こらなかった。


 火葬が終わるまでの間、俺は葬儀場のロビーで一人座っていた。

 成実との思い出が、水泡のように浮かんでは消えていった。

 そんな俺の所に、波武夫妻が歩み寄ってきた。

 二人はそっと俺の側に腰掛けた。何か話したいことがあるのだろうが、向こうはどう切り出していいか、迷っているようだった。

「……どうしてあの日、俺に電話を掛けたんですか?」

 代わりに俺が適当に話を振ると、父親が静かに答えた。

「唯一あった通話履歴が、あなたのだったんです。だから、そこから掛けました」

「そうか……」

 確かに、成実には俺以外に、電話を掛けるほど仲のいい友達はいなかったようだ。

「……あの日、私は街で買い物をしていました」

 母親が、ぽつりとそう言った。

「成実は、そんな私を、偶然見かけたみたいで……」

 そこまで言うと母親は、嗚咽を漏らし、言葉を詰まらせた。そんな彼女の肩に父親がそっと手を置き、彼女の代わりに言葉をつないだ。

「家内の方に向かって、乗用車が突っ込んできていたらしい。それをかばって……成実は……」

 車に撥ねられて、死んだ。

 運転手は、飲酒運転だったらしい。

 おそらく成実は、その車が不審な動きをしていることをいち早く察知し、それが母親に向かっているのが分かると、急いで助けようとしたのだろう。

「あいつらしいな……」

 成実の実の母親の死んだ理由も交通事故だったと聞いている。事故の直前、成実は、今の母親に実の母親を重ねてしまったのかもしれない。

「ごめんなさい、私のせいで……」

 母親が涙声でそう言って俺に向かって頭を下げた。

「いや、お母さんのせいじゃありませんよ。不慮の事故なんですから……」

 俺はそう言うと、立ち上がった。

「どこへ?」

 母親は顔を上げて俺を見上げた。

「……帰ります」

「えっ、でもまだ……」

「最後までいてやってください」

 母親と父親がそう言って止める中、俺は足早に葬儀場を後にした。

「どこに行くかって……」

 俺は来た道を歩きながら、虚空を睨み、自分に言い聞かせるようにぽつりと呟いた。


「助けに行くんだよ。あの日の成実を……!」



――1.乗用車に撥ねられ、死亡。


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