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La promesse brillante  作者: 灰猫と雲
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乃蒼の章 「空桜草人」

ある日、なっちゃんとのより道からようやく家に帰ると、母は玄関まで走ってきて迎えてくれた。なにをそんなに興奮しているんだろう?

「乃蒼!やった!賞もらえたよ!」

何のことだろう?と訳がわからなかった。

「お花!こないだ出した帝国花展で審査員特別賞とったの!」

私はやれば何でも出来る子だった。始めてそんなに経っていないのにまさか初めて出展したコンクールでいきなり賞を取れるなんて!いや、もしかしたら私は天才なのかもしれない。私は初心者だけど、確かにこないだのは会心の作品だ。構想に構想を練ってちょっとでも不満があれば妥協せずに作り直して、あのミモザの輝かせ方なんて普通の初心者が思

「ごめん乃蒼。乃蒼じゃなくて、私…」

その日の夕食まで私はふてくされて口を尖らせていた。


数日後、私達は電車を乗り継いで帝国花展が催されている会場のホテルに行った。母が受賞した作品を観に行くためだ。もちろんそれを仕上げてる側に私もいたので観てはいたのだけれど、展覧会の雰囲気の中であの花がどれだけ輝いているかを観ておきたかった。

会場はお世辞にも盛況とはいえない人の入りだった。正直な話、華道人口は少なくはないけれど出展するほど本気で習っている人は少ない。ましてや習ってもいない人がわざわざ観に来るほどメジャーな文化でもない。日本人は日本の伝統文化を誇りに思っているくせに、自分以外の誰かがその文化を守ってくれるとそう信じている。とても無責任だと私は思う。

会場には私達のお花の先生もいて挨拶しようと思ったけれど、誰か女の人と話をしていた。私たちはしばらく展示している花を観ていると先生の方から声をかけてくれた。

「あら乃蒼、今日は洋服だね。いつも和服だからなんだかいつもと違う雰囲気ね。もちろん、今のは褒め言葉よ」

お花の先生はいつも私に優しい。

「私の生徒の中であなたが1番最年少。今まで教えた中でも最年少。贔屓は良くないけど、あなたは私の特別。これは他の人に言っちゃダメよ?笑。内緒だからね」

いつだったか誰もいない時に先生は私にそう言ってくれた。その時はまだ私の全身が泥にまみれていた頃だったので母以外の人に特別と言ってもらえたことが私にほんの少しの勇気をくれた。

「おめでとうイレーヌ。私の生徒が賞を取るのは本当に久しぶりなの。だからとっても嬉しいわ。今も私のお師匠様があなたの作品を褒めてくれてたのよ」

さっき先生と話していたとても上品なおばあさんは今度は違う人と話をしていた。

「あなたの作品のタイトル、あれは乃蒼のことでいいのよね?」

そういえば私は母が作品になんと名付けたのかを知らない。慌てて母の作品のところに駆け出しその目でタイトルを確認した。


審査員特別賞

『Trésorトレゾール

鈴井イレーヌ


母と同じ名を持つアイリーンパターソンの斑模様の葉に包み込まれるように小さなブルーローズが眠っている。これはまさしく、私と母だ。いつも抱きしめるように愛してくれる母包まれ、無防備に眠る私がいた。

「本当はね、蒼天の青っていう西洋朝顔にしたかったんだけど間に合わなかったの。けどね、青いバラの花言葉って知ってる?」

私はTrésorに視線を奪われたままに、母に知らないと答えた。

「青いバラの花言葉は、神の祝福。それと、夢叶う。乃蒼、あなたにぴったりなのよ」

私は喜びと興奮で胸がカッと熱くなった。母を見る私の目はきっと潤んでいたに違いない。先生も私にステキな祝福をくれた。

「あとトリビアだけどね、自然界で青い花はたくさんあるけどバラだけは長い間存在しないと言われていたの。だから花言葉は「不可能」だったのね。それが2002年に日本の技術で青いバラを生み出したの。それから花言葉が「夢は叶う」に変わったんだよ。乃蒼、あなたはこの花言葉にピッタリな人にならないといけないよ?」

日本が生んだバラの青。日本で生まれたこの私。私 乃 (の)蒼の花言葉は「神の祝福」のもとに「夢は叶う」。

私は母の作品が1番だと思う。結果は審査員特別賞だったけど優秀賞でさえ、最優秀賞でさえも母の作品には敵わない。もちろん私の主観でだ。この作品は母と子の親子愛をテーマにしている。この世に母と子の愛以上に尊いものがあるだろうか?いいえ、ありません!

だから私の母の作品が最も優れ、最も秀でているんだ。ばってん、それが審査員にはわからないとです。ちなみに最優秀賞を獲った作品はどんなタイトルがついてるんだろう?と入り口でもらったパンフレットを見ると、


最優秀賞

『花とはな』

空桜草人


タイトルもダサければ名前もダサい笑。ねぇお母さん、空桜草人って本名なのかな?と聞いて見ると

「その方は雅号で出展してるね」

と先生が代わりに教えてくれた。私はその時雅号というものを知らなかったが、ペンネームみたいなものかな?と想像した。

「とっても良い作品だったから是非観ていったら良いよ」

と先生は言うので母と2人連れ立って奥の最優秀賞と筆字で書かれたプレートの前に立った。どんな作品でさえ母のTrésorには敵わない。正直私は斜に構えて「花とはな」を観にいった。

「magnifique…」

私は母のフランス語を久しぶりに聞いた。しゃがんで花台まで目線を落とし、まるで美味しそうなチョコを覗き込むようにうっとりした表情でダサいタイトルがつけられた最優秀賞を眺めていた。私は斜に構えていたにも関わらず息を呑むほどの美しさに、母が素晴らしいと言ったのも納得がいった。けれど私は不機嫌だった。母の作品だって素晴らしい。いや、母の作品の方が素晴らしい。なのにこんなのがあるなんて…、と腹立たしかった。見なきゃ良かった!見なければ母の作品がとても良いもので、それで今日を終えられたのだ。なのにこの作品は自分で言い聞かせないと素敵だと思ってしまう。そんな作品知りたくなかった。母と子の愛情よりも美しいものがあるなんて認めたくなかった。

以来母は空桜草人のファンになったが、私は空桜草人のことが大嫌いになった。

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