表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
La promesse brillante  作者: 灰猫と雲
6/15

乃蒼の章 「なっちゃんとエクレア」

なっちゃんは好奇心旺盛な子だった。ある金曜日の下校時に、

「のんちゃん、丘の上にある幽霊屋敷って知ってる?」

知らないと答えた。そんな話聞いた事がなかった。

「そのお屋敷にね、昔お金持ちの老夫婦が住んでたの。けどある日お金目当ての強盗に2人とも殺されたんだって。以来そのお屋敷には老夫婦の霊がでるって噂だよ」

そんな噂も聞いた事がなかった。そして嫌な予感がした。

「明日2人で行ってみない?お弁当持って」

やっぱりだった。賢い私は疑問に思ったのでなっちゃんに尋ねてみた。

「そりゃそうだよ。お化けは夜に出るものだもん。けど夜は外に出られないし、本当にお化け見ちゃったら夜眠れなくなるでしょ?だから昼間の明るいうちに行こう!」

それになんの意味があるのかはわからないけど、私もちょっと興味があった。2人で集合場所と待ち合わせ時間を決め、じゃあ明日ね、と手を振って別れた。

翌日、母にお弁当を作ってもらい自転車を漕いで集合場所に行くとすでになっちゃんは到着しており自転車を降りて待っていた。

「遅いよのんちゃん!」

私は時計を見ると集合時間の5分前だった。早いよなっちゃん!と先に言えばよかったと思った。

「さぁ行こう。冒険の世界へ」

なんかのCMのようになっちゃんはそう言うと自転車に跨り颯爽と自転車を走らせた。市街地を抜け、坂道を登り、2時間ほどでようやくお目当てのお屋敷に到着した。遠いよなっちゃん、と息も絶え絶えにそう言うと

「まさか…こんな…遠いなんて…」

と、息も絶え絶えになっちゃんは答える。2人ともしばらく地面に座り呼吸が落ち着くのを待った。

お屋敷は洋館でそこそこに大きかった。お化けの出るような雰囲気はなく、雑草がボウボウに繁っているのをイメージしていた庭は綺麗に手入れがしてあってバラが咲いてたりもする。私は心配になり、誰か住んでんじゃないの?となっちゃんに聞いたら

「そんなはずないよ」

と自信たっぷりにそう言った。それは何情報なの?と聞くと

「小さな箱の中の友達」

と答えた。凄いよなっちゃん!まさか妖精とも友達なんて!と私は感動のあまり軽く目眩を覚えたが、妖精ではなく2ちゃんねるだとわかると違う意味で目眩がした。

「なんで?ネットの情報は絶対だよ。無限にあるし、それって宇宙みたいだよね?」

となっちゃんは目をキラキラさせながら言うのだけど、私はその目が騙されている人のそれのようで少し心配だった。

「とにかく、行こう!」

と歩き出すなっちゃんの後ろを私は周りの様子を伺いながらついて行く。多分ここは人が住んでいる。賢い子どもだった私は薄々感づいていた。

入り口には洋館らしいドアがありその横には思いっきり表札がかかっている。ほら、人が住んでいるよ?となっちゃんに言うと

「そんなはずないよ。だって2ちゃんで…」

と言いかけて、

「だよね。なんとなくわかってたんだ。けど大変な思いしてここまでのんちゃんを連れて来たのに、なんか申し訳なくてちょっと意固地になってた。ごめんねのんちゃん。2ちゃんよりのんちゃんの方が正しい。戻ろっか」

ガックリと肩を落として自転車の置いてある場所まで戻りかけたその時!突然入り口のドアが開き、おじいさんが顔をだした。

「うわぁ!」とおじいさんが大声で驚く。

その声に驚き「のんちゃん、け…も…のんちゃん…はや、く…ケ…も…」となにをいっているかわからないなっちゃん。

私はただただビックリして、その場に腰を抜かしてしまった。


私たちは洋館近くにある公園でお弁当を食べていた。丘の上にあるこの公園からは市街を一望できるとても眺めの良い場所だった。

ほら、怒られたじゃん!となっちゃんに私は強く抗議をした。

「そんな怒んないでよ。おじいちゃんにものんちゃんにも怒られたら流石の私もヘコむよ」

と、なっちゃんはシュンとしたけど、右手の箸は卵焼きを掴み今まさに口に入れようとしていた。私たちはあの後おじいさんにコッテリ怒られた。不法侵入という言葉を覚えたのがかろうじての収穫だった。そんな収穫私はいらない。

「けどさぁ、面白かったよね!自転車漕いで不法進入して怒られて景色良いとこでお弁当食べて。きっと今じゃなきゃできない事だよ」

それには私も同意見だ。きっとこんなバカなこと1人ではやらない。友達とだからやれたんだ。だから口にはしないけどなっちゃんにはとても感謝している。

お弁当を食べ終わると母がくれたもう1つの紙袋を開いた。そこには母手作りのエクレアが入っている。あの日、私が捨ててしまったエクレアはきっとこの世のどこにももうないんだろう。なっちゃんに紙袋ごと差し出すと、「なにそれ?」と覗き込む。エクレアだぁ!と喜んでくれた。

「私エクレアすごい好きなんだよ。食べてみたかったの、のんちゃんのお母さんが作ったエクレア!」

私はあの日以来エクレアが少し怖かった。苦い思い出が必ず蘇って私の小さな胸(おっぱいという意味ではなくて)をキュっと締め付る。けどキラキラしたなっちゃんの言葉に、エクレアの苦い思い出が上書きされたようで、あの日捨ててしまった2個のうちの1つがきちんと意味を持って空に消えたような、そんな気がした。

「なにコレ甘っ!激甘っ!すんごく美味しい!」

そう、母の作るエクレアは尋常じゃないほど甘い。糖尿病を恐れる奴はイレーヌのエクレアに手を出すな、というフランスの格言が作られても良いほどに甘い。

「くはぁ、甘いっ!のんちゃん!甘いよ!笑。いいなぁ、こんなエクレアいつでも食べれて」

あの日以来私は母が

「お菓子作るよ。なにがいい?」

と聞かれてもエクレアと答えることはなくなった。けれど昨日母に友達と遊ぶからお弁当作ってと頼むと、私にリクエストすることなくデザートにエクレアを作って持たせてくれた。母が1番自信があって、母の作るお菓子の中で私が1番好きなのがこのエクレアだった。

「はぁ〜、幸せ。友達とこんなとこでお弁当食べて、甘いエクレアも食べて、お腹いっぱいで。生きてるって気がするよ。幸せだ〜」

私はここでなっちゃんと同じようにしている。それは私にとってとても楽しい。とても嬉しい。そう思っていた。けどなっちゃんはそれを「幸せだ」と、「生きてるって気がする」と言った。そうか、これが「生きている」ことの「幸せ」なのか。私は知らず知らずのうちに、幸せに生きていたんだ。楽しい、嬉しいのよりもっと上を経験していたんだ。

「あリがとウ」

そうなっちゃんに伝えた。なっちゃんは不思議そうな顔をしていたけど、すぐに「うん」と笑ってくれた。私も微笑み返す。


いま私はうまく笑えていますか?上手にありがとうを言えましたか?ありがとうなっちゃん。私に生きる楽しさを教えてくれて。泥の中に埋もれ消えていた私をこんなキラキラした場所に連れて来てくれて。私は今まで色んな未来を諦めていました。私には出来っこない、無理だ、似合わない、と諦めてしまったことがたくさんあります。けどなっちゃんとなら何だってできる気がしてきました。それは私にとって凄いことなのです。わかりますか?今私がどれほど幸せか。知ってますか?私がどれだけなっちゃんが好きか。もし伝わってないのなら、私は一生をかけてでもそれをあなたに伝えたい。泥の中で眠ったままでは、あなたにそれは伝わらない。だから抜け出そうと思うのです。キラキラしたあなたに本当のキラキラした私を見てもらいたいのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ