とかげのしっぽ
この作品は小説ではなく、戯曲・脚本です。読みにくい面もあるかと思いますが、ご容赦ください。
〈シーン1〉
静司、ひとりで立ち尽くしている。携帯をにぎりしめている。
静司:おれは、いたって普通の大学生でした。彼女は、とても変わった人でした。おれたちは少しも似ていなくて、でも似た者どうしでした。おれは、彼女のしっぽです。しっぽでしかありませんでした。それでもおれは、彼女の隣にいたかったのです。
静司、ヘッドフォンをつける。
〈シーン2〉
カナ、静司の部屋の前で倒れている。
静司がヘッドフォンで音楽を聞きながら入り。鼻歌を歌っている。
カナを見つけて、鼻歌がとまる。
静司:え。……え? え、ちょっと、あの。(カナをのぞきこみながら)大丈夫ですか?
カナ、動かない。
静司:もしかして、死んでますか? なんて、まさかね。
カナ、動かない。
静司:いや、落ち着け落ち着け。おれは何もしてない。いくらおれの部屋の前に倒れてたからって、ねえ。えーっと、こういうときはどうするの、警察? 救急車? どっち……本当に死んでる?
カナ、動かない。
静司はおそるおそるカナに触れる。
静司:つめたい……嘘だろ。いやでもまだ死後硬直とかしてない? むしろ今おれ指紋つけちゃった? いやいやいやおれは無罪だ。いくら第一発見者だからってそう簡単に疑われたり……そんなことより誰か呼ばなきゃ。警察、救急車、不動産屋?
静司、おろおろしながら携帯電話で電話をかけようとする。
カナが僅かにうめいて身じろぎする。静司は気づいて振り返る。
カナ:んん……。
静司:生きてる!
カナ:ここ、かたい。
静司:ちょっと大丈夫ですか。そりゃこんな所に倒れてたら硬いですよ。というかどうしておれの部屋の前に。二日酔いですか、どこか気分悪いですか? 救急車呼びます?
カナ:……ねむい。
静司:へ?
カナ:眠くて、動けない……さんまるよん。
静司:さんまるよん?
カナ:鍵……右のポケット。
カナ、また意識をなくす。
静司:ちょ、ちょっと。ねえ、起きてくださいよ。さんまるよんって304号室? うちの隣?(カナのポケットから鍵を探し出して)これか。お願いだから起きてください。見知らぬ男に、家の鍵のありか教えないでしょ、普通。あーもう。おれ、無罪ですからね。
静司、カナを背負いあげて304号室へ。
静司:お邪魔しまぁす。
電気をつける。部屋の様子が現われる。
ワンルームの部屋を埋め尽くすクッションとぬいぐるみ。
静司、面くらう。
静司:うわあ、どうやって生活するの、これ。
静司、クッションやぬいぐるみをかき分けて、部屋の真ん中にカナをおろす。
部屋の端にあった布団をかけてやる。
静司:よし。あの、おれ隣の部屋に住んでるので、なんか気分悪くなったら呼んでくださいね……って聞いてないか。
静司、部屋から退出しようとする。
静司:お邪魔しましたー。
カナ:ストップ。
静司、びくりと立ち止まる。
カナ、もぞもぞと布団から這い出て、けだるげに起き上がる。
無言で静司を見上げる。
カナ:名前。
静司:え?
カナ:名前教えて。
静司:あ、ああ。305号室の青田です。
カナ:青田……アオくん。
静司:アオくん?
カナ:青田だからアオくん。ナイスネーミングでしょ。ね、今何時?
静司:え、えーっと午後五時二十分ですけど。
カナ:ふーん、じゃあ割と時間経ってるのかあ。あたしの記憶では、四時過ぎにマンションについたんだけど。(あくびをしながら)さっきはごめんなさい。ありがとうございました、アオくん。
静司:はあ。もう眠くないんですか。
カナ:うーん、ちょっと良くなった気がする。
静司:……そうですか。
カナ:せっかくだから、もうちょっとゆっくりしていきなよ。
静司:いや、お構いなく。
カナ:(静司の言葉を全く聞かずに)じゃあさっそく自己紹介ね。あたしは美次加奈。女で、大学四年で、この部屋の主。はい、次は君ね。ほら、こっち来て座ってよ。
静司、戸惑いつつカナの近くに座る。
静司:えーっと、青田静司です。ツキ大の二年で、日本史専攻です。お隣に住んでます。
カナ:ふうん、じゃあ後輩なんだ。
静司:美次さんもツキ大なんですか。
カナ:カナでいいよ。
静司:あ、いやそれはちょっと……。
カナ:何でよ。あたしも君のことアオくんって呼ぶから、君も呼んでよ。
静司:いや、それおれが決めたあだ名じゃないし。じゃあ、カナさん。
カナ:はい、アオくん。
静司:カナさんはどうしてあんなところで倒れてたんですか?
カナ:アオくんこそ、あんなところで何してたの。
静司:あんなところって。大学の授業終わって帰ってきたら、自分の部屋の前にあなたが倒れてたんですよ。
カナ:なるほど。あのね。行き倒れてたの。
静司:行き、倒れ?
カナ:そう、自分の部屋に帰るつもりだったんだけど、あと少し届かなくて。
静司:はあ。なんというか、すごいですね。
カナ:そう?
静司:この部屋も、なかなか個性的というか。
カナ:あたしのアジト。素敵でしょ。
静司:なんでこんなに……趣味ですか?
カナ、静司に顔を近づける。
カナ:あたし、変温動物なの。
静司:それ、どういう意味ですか。
カナ:そのまんまの意味。
静司:さすがに文系のおれでも哺乳類が恒温動物だって知ってますよ。
カナ:それはどうかな。
静司:じゃあカナさんは寒くなると体温まで下がるっていうんですか。
カナ:そうだよ。ほら。
カナ、静司の手をとって自分の首を触らせる。
静司:冷たっ!
カナ:ほら、言ったでしょ。
静司は納得いかないように自分の手を確かめる。
カナ:だから冬は眠いんだ。これはあたしの睡眠ライフを快適に過ごすための、大切なコレクション。
静司:まだ9月ですけど。
カナ:君、ほんとにみんなと同じこと考えてるの。
静司:みんなって。
カナ:学校の人とか、この町に住んでる人とか、みんな。季節なんて本当は誰にも決められないのにさ、つまんないの。
静司:……おれ、帰ります。
カナ:怒ったの?
静司:行き倒れたところを家まで運ばせといて、無理矢理自己紹介したあげく、つまんない人だって言われて怒らないほうがおかしいと思いませんか。
カナ:また来てね。
静司:結構です、お邪魔しました!
静司はけ。カナ黙って見送る。
カナの携帯電話が鳴る。
カナ:もしもーし。先生。うん、調子いいよ……うん……わかってる……あとちょっとだけ、お願い……うん、先生大好き。
携帯電話を切る。しばらく画面をみつめている。
大きなぬいぐるみを抱きしめて眠りにつく。
〈シーン3〉
翌日。304号室。
カナはクッションに埋もれて眠っている。
チャイムが鳴る。
カナ:うーん……。(目を覚ます)
もう一度チャイムが鳴る。
カナ:どうぞー、カギなら開いてます。
ドアを開けて静司入り。
静司:あのですねえ、誰かも確認しないで「どうぞー」って。知らない人だったらどうするんですか。
カナ:やっぱり、アオくんだと思った。
静司:そんなの分からないじゃないですか。
カナ:だってうちに訪ねてくる人なんて他にいないし。
静司:友達とか宅急便とか色々いるでしょう。
カナ:友達なんていない。
静司:変わってますね。
カナ:よく言われる。
静司、クッションをかき分けてカナに手を差し出す。
静司:これ。部屋の鍵です。昨日返し忘れたので。
カナ:どうも。まだ怒ってる?
静司:一晩寝たくらいで人の機嫌が直ると思いますか?
カナ:あたしはすぐ直るけど。アオくんはこれから大学?
静司:逆です。今帰ってきたところです。
カナ:あれ、もうそんな時間かあ。
静司:その調子じゃずっと寝てたんですか。おれ、朝もチャイム押したんですけど。
カナ:目が覚めなかったんだからしょうがないじゃない。
静司:カナさんって、よく四年生になれましたね。
カナ:気づいたらなってた。自分の成績なんてチェックしたことないから、よくわかんないけど。
静司:え、それじゃ卒業できるか分からないじゃないですか。
カナ:かもね。そんなことよりさ、アオくん。
カナ、静司を引っ張る。
カナ:お腹すいた。
静司:え、それ、おれに作れって言ってますか。
カナ:冷蔵庫ならそこだよ。
静司:…………。
静司、冷蔵庫のドアを開ける。
カナ:あたしオムライスが食べたいな。
静司:……卵どころかほとんど食材ないんですけど。ちゃんとごはん食べてるんですか。
カナ:思い出したときはちゃんと食べてるよ。
静司:だからそんなに体が冷たいんじゃないですか。
カナ:まさか。
静司:うーん、おれの部屋から何か持ってきましょうか。
カナ:いいね。手料理?
静司:まさか。
静司、はけ。
ドアの閉まる音。
カナ、携帯をチェックする。
カナ:ね、先生。あたし、面白い人みつけたの。あとでゆっくり教えてあげる。
ドアの音。
静司入り。ロールパンの袋を取り出す。
静司:はい、どうぞ。
カナ:えーロールパン?
静司:文句言わないでくださいよ。おれの食糧なのに。
カナ:まあいいや。いただきまあす。
カナ、袋を開いてロールパンをかじり始める。
差し出されて静司もひとつ手に取る。
カナ:ねえ、君は何のために生きてる?
静司:え、いきなり何ですか。
カナ:美味しいもの食べると、「生きててよかった」ってよく言うじゃない。テレビとかで。その人たちにとって美味しいものを食べることは、生きてる目的のひとつなんだよ、きっと。
静司:まあ、そうかもしれないですね。
カナ:でもあたしはそうじゃない。息をしていること、ただそれだけが生きるってこと。ねえ、アオくんはどう?
静司:何のため、かあ。そんなの、急に聞かれてもわからないですよ。
カナ:わからないの?
静司:わからないというか、考えられません。どうせ考えたって意味ないし。どんな目的で生きていたって、結局おれは生きてなきゃいけないんだから。
カナ:ふうん。
静司:カナさんは、自分ではっきりわかるんですか。自分が何のためにも生きてないって。
カナ:わかるよ。あたし、ひとりが好きなの。だからひとりでずうっと考えるの。人間のこととか、この世界のこととか、自分のこととか、いろいろ。そうしたら、何もないところにたどり着くんだよ。
静司:そんなもんですか。
カナ:うん、そんなもん。
静司:ひとりが好きなわりに、おれは随分と引き止められてるんですけど。
カナ:だって、君は世界の外にいるにおいがする。
静司:……なんですか、それ。
カナ:あたしたちを囲んでるこの世界の、外側にいる人間。みんなが生きている平和な毎日に入り込めなくて、じっと外から見つめてる。そういう人間のにおいがするんだ、アオくんは。昨日からずっと感じるの。だから、あたしはアオくんが面白い。
静司:おれは普通の人間ですよ。どこにでもいる大学生です。
カナ:ううん、君はそんな目をしてる。あたしと同じものが見える目をしてる。
間。
静司、カナから目をそらす。
静司:……おれとカナさんは全然似てないと思いますよ。
カナ:さて、どうだろうね。
カナの携帯が鳴る。
カナはちいさくため息をついて電話にでる。
カナ:もしもし、先生? うん、うん……ちゃんとしてる。後でかけ直すから。うん、じゃあね。
カナ、電話を切る。
もうひとつロールパンを手に取る。
静司:大学の先生ですか?
カナ:違うよ。
静司:じゃあ……。
カナ、黙ってロールパンをかじっている。
静司:でもちょっと安心しました、電話してくる人がいて。さっき友達はいないなんて言うから。
カナ:先生は友達じゃないよ。あたしよりずっと年上だし、男だし、子持ちだし。
静司:そうじゃなくて、そういう仲の人がいるってことです。
カナ:たしかに、先生はあたしにとって一番重要な人かな。
静司:一番重要、ですか。
カナ:うん。
静司:友達でも家族でもないのに?
カナ:うん。
静司:……そうですか。
カナ、ロールパンを食べ終える。
カナ:ごちそうさま。
静司:少しは温まりましたか。
カナ、手を静司の腕にのせる。
静司:全然ダメですね。
カナ:ふふん、残念だったね。アオくんは温かいや、さすが人間。
静司:カナさんだって人間じゃないですか。
カナ:アオくん、人はひとりで死ねると思う?
静司:は?
カナ:あたしはひとりで死ねるよ。誰にも看取ってもらわなくていい。だからあたしは、自分は人間じゃないと思ってる。
静司:意味がわかりません。
カナ:わかるよ、アオくんにはきっとわかる。
カナ、布団をかきよせる。
カナ:今日は寒いね。
静司:そうですか? むしろこの部屋はあたたかいと思いますけど。
カナ:ごはん食べたら眠い。
静司:カナさんって、いつでも眠いんですね。
カナ:眠り姫って呼んでもいいよ。
静司:呼びませんよ。じゃあおれ、そろそろ帰ります。
静司、荷物を持って立ち上がる。玄関へと向かっていく。
カナ、それを追うように立ち上がろうとするが、うまく立てない。
静司は何も気づかない。
カナ:アオくん。
静司:(振り返って)はい?
カナ:とかげって好き?
静司:とかげですか。まあ、嫌いではないですけど。
カナ:そう。あたしは大っ嫌い。
カナ、携帯で電話をかけ始める。
カナ:先生、遅くなってごめん……うん……(話を続ける)
静司、しばらくそれを見つめ、黙ってはけ。
〈シーン4〉
数日後。アパートの廊下。
静司、大学から帰ってきて、304号室の前で立ち止まる。
カナ入り。以前よりも厚着をしている。
カナ:なにしてんの、アオくん。
静司:カナさん。
カナ:あ、わかった。あたしに会いにきたんでしょ。
静司:ちょっと気になっただけですよ。ちゃんと外に出てるんですね、よかった。
カナ:今日はたまたま。先生とデートだったから。
静司:……すごく仲がいいんですね。
カナ:そりゃあもう何年も一緒だから。
静司:じゃあ、おれはこれで。
カナ:何かあったでしょ。
静司:え。
カナ:今日は一段とにおうよ。あたしと、同じにおい。
静司:大袈裟ですよ。ちょっと、学校で友人ともめただけで。
カナ:それで?
静司:それだけです。よくあることでしょう。
カナ:それでアオくんは、あきらめている。
静司:何をですか?
カナ:人間であることを。その人と同じ目線で世界を見ることを。
静司、びくりとする。
静司:そんな、カナさんじゃあるまいし。
カナ:ふうん、そっか。
静司:失礼します。
静司、逃げるようにはけ。
〈シーン5〉
304号室。
ドアを開けてカナ入り。
荷物を放り出し、持っていた封筒から書類を取り出す。
カナ:……先生、神様はとかげの願いもかなえてくれるかな。
書類を引出しに乱暴にしまう。
ふらついてうずくまり、クッションの上に倒れこむ。
〈シーン6〉
305号室。
静司、床に座りこんでいる。
ヘッドフォンで音楽を聴いている。
304号室のほうの壁を見つめる。
静司:ひとりで死ねるから人間じゃない、か。カナさん、じゃああなたは一体何なんですか。
ヘッドフォンの曲が終わる。
静司:おれには、教えてくれますか。
ゆっくりと立ち上がる。
〈シーン7〉
304号室。
カナは部屋の中でクッションに埋もれて横になっている。
チャイムの音が鳴り、静司入り。
静司:カナさん、いますか?
カナ:アオくんだ。久しぶり。一か月ぶりくらい?
静司:そうですね。あの、実家から野菜が送られてきたので、おすそわけしようかと。
カナ:素敵なお隣さん。
静司:野菜、冷蔵庫に入れておきますね。それと、やっぱり玄関の鍵はかけたほうがいいと思うんですけど。
カナ:アオくんがいつでも来られるように開けてるの。
静司:危ないのでやめてください。
カナ:それよりもアオくん、のどかわいたな。
静司:ほんと、カナさんって自由ですね。
静司、コップを取り出す。
カナ:アオくんはいいお嫁さんになれるね。
静司:おれ女じゃないですよ。
カナ:あたしはほしいけどなあ。こんな面白いお嫁さん。
静司:面白い?
カナ:うん、普通の人間のふりして、実は全然違う。すごく面白い。
静司、水の入ったコップを手渡す。
静司:あいかわらず手が冷たいですね。
カナ:アオくんが熱出したら助けてあげる。
静司:その前にカナさんが死んじゃいそうな気がしますよ。
カナ:死なないよ、あたしは。ただ眠いだけ。
静司、カナの顔をじっとみつめる。
静司:そういえば、前にとかげが好きかって聞かれたことがありましたけど。
カナ:そんなこともあったね。
静司:カナさんの目ってとかげに似てますよね。
カナ、驚いたように静司を見てから、ゆったりと笑う。
カナ:やっぱりアオくんは面白い。
静司:おれにはどうしてもそう思えてしかたなくて。目力の強さとか、どこか冷たい感じとか。
カナ:ふうん。じゃあ、あたしの尻尾ってなんだろうな。とかげは自分のために自分の体を捨てるけど、あたしなら髪の毛かな。
静司:……人ですよ、カナさんの尻尾は。カナさんは人間をいっぱい切り捨てて生きてる。
カナ:じゃあ、世の中はあたしの尻尾だらけだ。
カナの携帯がなる。
カナ:もしもし……うん、わかった。明日には、かならず行くから……うん、じゃあね。
静司:また「先生」ですか?
カナ:そう。最近は毎日電話かかってくるんだ。
静司:よかったですね。
カナ:さあ、どうだろうね。
カナ、水を飲もうとしてコップを落とす。
カナ:あ。
静司:大丈夫ですか。拭くものとってきますね。
カナ:別にいいよ。もともと冷たいんだから、濡れたってかわんない。
静司:余計だめですよ。ここらへん探してもいいですか。
静司、立ち上がって引き出しをあさり始める。
静司:カナさんは、怖いと思わないんですか。
カナ:何が?
静司:自分がひとりでいることとか、生きる目的がないこととか、他の人と違うこととか。
カナ:怖くないよ。アオくんは怖いの。
静司:ときどき怖くなります。おれは普通の大学生で、大した事件もない平凡な人生を歩いてきたはずなのに、ふとした瞬間にすべてを冷めた目で見ている自分に気がついて、おそろしくなるんです。きっと、カナさんに言われたことは間違ってない。
カナ:ほら、あたしの言ったとおりだ。
静司:だから今日も来るのが怖かった。カナさんはすべてを見通してしまうから。本当のおれを。
カナ:じゃあどうしてきたの。
静司:どうしてでしょうね。すべてを見透かしているカナさんの隣は、実は一番楽なのかもしれません。何をごまかそうとしても無駄だから。
カナ:すごい、告白みたい。
静司:からかわないでください。
カナ:あたしも、アオくんなら隣にいていいよ。
静司:何いってるんですか。カナさんには先生がいるでしょう。
カナ:先生は比べる相手じゃないよ。
静司、いくつかの引き出しを開けた後で、乱暴につっこまれた書類の束をみつける。
静司:カナさん、これ。
カナ:あった?
カナ、振り向いて静司が書類を持っているのに気がつく。
静司:なんですか、これ。
カナ:それは。
静司:カナさんは、病気なんですか。
カナ:あーあ、ばれちゃったか。つまんないの。
静司:カナさん。
カナ:あのね、あたし冬眠するの。夏が過ぎるとだんだん体温が下がって、眠ってしまう病気。まるでとかげみたいでしょ。最近、動けなくなる前に早く入院しろって先生がうるさくて。もうそろそろだなーとは思ってたんだけど。
沈黙。
静司:あ、あはは。なんですか、それ。
カナ:アオくん、怒ってる?
静司:怒ってますよ。すごく怒ってます。どうして隠してたんですか。
カナ:話したって何もかわらないでしょ。
静司:おれはカナさんにすべてを見透かされてて、でもおれはカナさんのこと何もしらなかったんですね。似たものどうしだなんて、バカみたいだ。カナさんはおれを少しも信じてなんかいなかった。
カナ:違うよ。
静司:隣にいていいよ、なんて気まぐれなこと言わないでください。どうせおれには何も言わずにいなくなるつもりだったのに。おれは、カナさんにとってとかげの尻尾でしかなかったんでしょ。
カナ、力なく横たわる。
カナ:そうかもしれない。あたしは、結局誰の隣にいることもできない、とかげなのかもしれない。アオくんさえも、尻尾なのかもしれない。でも、アオくんはあたしにとって初めて会った同類だったんだ。うれしかったんだ……ああ、眠いなあ。
静司:カナさん?
カナ:あたしが眠っちゃったら、アオくんは悲しんでくれる?
静司:どういうことですか。
カナ:もう、当分目が覚めない気がするから。
静司:そんな、だってまだ秋でしょ。
カナ:季節は決められないって、前に言ったじゃん。ね、アオくんは悲しんでくれる?
静司:……たとえとかげのしっぽでも、おれはカナさんの隣にいたいです。
カナ:よかった。なら、そんな泣きそうな顔しないで。
静司:してないですよ。
カナ:(携帯を差し出して)もしあたしが寝ちゃったら、ここに、電話して。
静司:先生って、もしかして。
カナ:説明したら、すぐわかってくれるはずだから。あーあ、あたしが、とかげじゃなければよかったな……そしたら……君に、怒られなくてすんだ。
カナ、目を閉じる。
静司:カナさん、待ってくださいよ。
カナ:あたし……アオくんのこと、結構……気に入ってたんだ……。
カナ、静司に手を伸ばす。手をつなぐ。
カナ:あたたかい。
静司:カナさん、おれは。
カナ:アオくん、ばいばい、おやすみ。
静司:……おやすみ、カナさん。
カナ、眠りにつく。
手をはなして、立ち上がる。
静司、静かに携帯を耳にあてる。
〈終〉
大学時代に初めて書いた脚本。近いようで遠い二人に、どこか魅力を感じてもらえたら嬉しいです。