温羅編7
桃は城内を一人で走っていた。
「ったくみんなどこいったんだよ!」
メテオインパクトの衝撃の爆発に巻き込まれて、みんなとはぐれてしまったのだ。
すぐに砲台があった場所に来てみたが、すでに温羅の姿はどこにもない。
桃は落ちていた物干し竿を拾い上げた。そして、石の床に残る血痕が続いていることに気づいた。おそらく温羅が逃げながら流したものだ。
点々している血痕を頼りに温羅を追った。だが、進むほどに血痕が少なくなり、ついには手がかりがどこにもなくなってしまった。
背後から気配がした。鬼の残党か?
桃が振り向くとそこにいたのはポチだった。
「桃の姐御さぁん、うわぁ〜ん、独りぼっちで怖かったよぉ」
「あんた温羅の隠れそうなところに心当たりあるだろ、さっさと案内しな!」
桃はポチの首根っこを掴んだ。
潤んだ瞳でポチは桃を見つめている。
「あんなに怖い目に遭わされて、まだ温羅の姐御さんを退治しようとしてるんでしゅかぁ?」
「怖い……何が?」
「だって、お空からいっぱいお星様が落ちてきたのにぃ」
「アタイに怖いものなんかありゃしないよ。それよりもあの小娘を取っ捕まえて、隠してる財宝のありかを全部吐かせてやる」
「正義のために旅をしているんじゃなかったんでしゅかぁ?」
桃はその言葉を聞いて一笑した。
「誰が、んなことを……この世は金銀財宝とイケメン。それを求めて自由気ままな漫遊さ」
もっともらしい答えだった。
ポチは正直、こんな人について行っても平気なのかと悩んだが、記憶喪失で行く当てもなく、桃はこんな人だけど雉丸は優しいので、今は現状維持ということになりそうだった。
温羅が隠れている場所、それと財宝のありかにポチは心当たりがあった。
「温羅の姐御さんの部屋には隠し通路のほかに隠し部屋もあるんでしゅ。そこには魔法の研究室と大きな金庫があるんだって、ボクも入らせてもらったことないけど」
「なるほどね、さっさと行くよ」
桃はポチを脇に抱えて長い廊下を走った。
巨大な城の中をポチの案内で難なく温羅の部屋までやってきた。中に入ると相変わらずの部屋だ。
手下の鬼どもからは想像もできない乙女チックなくつろぎ空間。と、言いたいところだが、数時間前に温羅が狂喜乱舞したせいでヒドイ有様だ。
「ここのどこに隠し部屋があるんだい?」
桃が尋ねるとポチは首を横に振った。
「ボクも知らないんでしゅ。その部屋に入るところは見せてもらってないだもん」
「役立たず」
桃はポチをスプリングの壊れたベッドに投げた。
「うわぁん、投げないでよぉ」
「うるさい、あんたもさっさと隠し部屋の入り口探しな!」
「はぁ〜い」
少し泣きそうな顔をしてポチは返事をした。
ポチは桃が見落としそうな背の低い場所を重点的に探した。
しばらくして、ポチが鼻をクンクン動かした。
「あ、血の痕みーっけ!」
桃もその場所を見た。
「よくやったポチ」
「へへ〜ん、ボク偉い?」
瞳を輝かせるポチは完全にシカト。桃はその血痕を調べはじめた。
その血痕は不自然だった。床に落ちて円を描くハズの血がタンスの下になって途切れているのだ。つまり、血痕が落ちたあとにタンスが動いたことになる。
桃は剛力を込めてタンスを横に動かした。すると、その裏の壁に扉があった。迷わず桃は扉を開けて中に飛び込んだ。
薄暗い部屋には薬品の臭いが立ち込めていた。壁際には本棚に並べられた分厚い背表紙の本。部屋の中央には人を煮込めるほど大きな釜。
気配がした。
部屋の隅に立っていた長身の影。
桃は少し驚いたように口を開けた。
「雉丸……どうしてここに?」
そこに立っていたのは雉丸だった。
「温羅を追ってここまで来たんだけど、逃げられちゃった。えへっ♪」
いい知れない悪寒が桃の背中を走った。
「おい、雉丸……しゃべり方がおかしくないかい? 頭でも打ったんだろ?」
「うんうん、ちょっぴり頭打っちゃったかも、えへへ」
お茶目に笑う雉丸。
早く病院に連れて行かなければ大変だ!
ちょっと頭の壊れた雉丸を前に、桃もポチも戸惑いの表情を浮かべている。
そこへ温羅の部屋からやって来る気配。
桃はすぐさま振り向いて唖然とした。
「雉丸!?」
前にも雉丸、後ろにも雉丸。
「桃さん、大丈夫でしたか? ポチも大丈夫だったかい?」
こっちの雉丸はいつもと同じしゃべり方だ。
ポチはあとから現れた雉丸に抱きついた。
「こっちが本物の兄さまだよ、だって煙草の匂いが微かにするもん!」
それ以前に、向こうの雉丸は最初からしゃべり方が怪しかった。
偽雉丸がポンと煙に包まれたかと思うと、その場所に温羅が姿を現した。
「さすがポチ、見破るなんてすご〜い。エライ、エライ♪」
だからポチじゃなくても、しゃべり方で……。
正体を現した温羅は三人に追い詰められた。
逃げ口は桃たちの背後。温羅は壁に背をつけて逃げ場を失ったかのように思われた。
でも、逃げ場がなければつくればいい!
温羅の手に握られたデスサイズ。
「ウラウラウラウラァッ!」
狂喜乱舞して襲い来る温羅。
まずポチが怖くて道を開けた。
次に桃は物干し竿で攻撃――ガツン。物に引っかかって動かない。
最後に出口の前に立ちふさがる雉丸が腰のホルスターからリボルバーを――抜かない。
「俺は桃さんと違って少女に手を上げるのは……」
素手で雉丸は温羅を押さえようとするが、巨大な刃が振り回され近づけない。
温羅は出口の光に向かって飛び込んだ。もう破壊伸と化してしまった温羅を止められる者はいないのかっ!
次の瞬間、ゴツン!
ものスゴイ音がして、なぜか背中から転倒した温羅がついでに、後頭部をガツン!
床に倒れた温羅は頭の上に星を回しながら気を失ってしまった。
そして、遅れて聞こえてきた叫び声。
「いっでぇ〜っ!」
出口のところで猿助がおでこを押さえてうずくまっていた。
桃は呆れてため息を漏らした。
「はぁ、よくやったって誉めてやる気にもなれないねぇ〜」
雉丸もおでこを押さえて沈痛な表情をしていた。
「なんだか俺も頭が痛くなってきた」
この中ではしゃいでいるのはポチだけだった。
「サルたんすご〜い、温羅の姐御さんを一発で倒しちゃったぁ!」
言われてはじめて猿助は床で気絶する温羅に気づいた。
「マジ、オレが!? 姉貴、ご褒美に姉貴のパフパフを!」
「いっぺん死んでろ!」
「ぎゃっ!」
桃の美脚に金的された猿助は泡を吐いて気絶した。
「雉丸、小娘に縄でもかけて運びな。はい撤収!」
桃のかけ声で猿助を残して、はい撤収!




