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温羅編3

 一方そのころ、海の藻屑になったと思われた雉丸とポチだったが、どーにか生き延びていたらしい。よかったね♪

 だが、雉丸の背中に担がれたポチの脈が細い。気も失っているようで、顔は青白く冷たい汗をかいている。苦しそうな顔をしているが、きっと夢の中ではお花畑にいるに違いない。

 ポチを担いで疾走する雉丸の前に次々と現れる鬼ども。

「早くポチの手当をしたいのに、こざかしい鬼どもだ」

 ここは敵の本拠地、一人ずつ相手にしていたら切りがない。

 銃はリボルバーとショットガンを装備しているが、銃弾の数には限りがある。さらにポチを背負うために片手の自由を奪われ、いつもは背負っているショットガンを残った手で持つハメになってしまっている。

 雉丸のショットガンはポンプアクションなので、フォアエンドと呼ばれる部分を引いて戻して排莢・装填の作業を行う必要がある。これは片手では大変難しい作業なのだ。

 そして、銃身の長いショットガンは懐に攻め込まれた終わりだ。雉丸に残された武器は頭突きか蹴りだけになってしまう。

 戦うことは不利と見て、雉丸は鬼を巻きながら逃げた。

 入り組んだ道が続く巨大洞窟。元は自然洞窟だったのかもしれない。そこを掘削して電灯などが取り付けられているが、道が一本ではないため、方向感覚が失われ出口がどこにあるかわからない。

 広い空洞の脇に小さな穴蔵を見つけた。その穴に身を隠すべきか、それとも別の道を探すべきか。もしも行き止まりだったら――。

 雉丸たちを探す鬼どもの声が洞窟内に響いている。

 耳を澄ませた雉丸は意を決したように穴蔵に飛び込んだ。

 狭い穴蔵には電灯などの設備はなかった。そのことから、ここが普段から使われている道とは考えづらい。

 雉丸はショットガンを杖代わりにして、辺りのようすを探りながら先に進んだ。

 静かな声で雉丸がつぶやく。

「行き止まりか……」

 ポチを地面に寝かせ、自分も座って壁にもたれ掛かった。

 少し息をついて、雉丸はポケットから出したライターに火を点けた。

 灯った光でポチの顔を照らす。

 汗をかいているが安らかな顔になっている。少しは体調が良くなったのかもしれない。

 ポチの口がもごもごと動いている。何か訴えているように見え、雉丸は耳を傾けることにした。

「……わぁ〜い、お菓子の家だ……でも、こんなに食べきれないよぉ……」

「ふふっ」

 寝言を聞いた雉丸は思わず笑ってしまった。とても安らかな笑いだ。

 外は敵だらけだと言うのに、今だけは落ちついた刻が流れていた。

 雉丸は煙草の箱の中身を調べ、海水で湿気てしまっていることを確かめると、握りつぶして放り投げた。

「これから禁煙でもするか」

 同じく海水に浸かってしまった銃器も調べはじめようとしたとき、急に雉丸の目つきが鋭くなって耳をそばだてた。

 闇の奥に気配がする。

 近づいてくる二つの足音。

 視界を奪う常闇に向かって雉丸はリボルバーの銃口を向けた。

 引き金にかかった指からふっと力が抜ける。

「雉丸じゃんか!」

 嬉しそうに声をあげたのは猿助だった。その傍らには桃もいる。

「ポチはおねんねかい?」

「違いますよ、溺れたせいで体調を崩してしまったみたいです」

 答えた雉丸はポチのおでこに手を乗せた。燃えるように熱く、汗も大量にかいている。

 それなのに寝言は――。

「もう……食べられないよぉ……」

 幸せそうだ。

 桃は横目で猿助を見て顎をしゃくった。

「あんたが背負ってやりな」

「えーっ! なんでオレが背負わなきゃいけないんだよぉ?」

「あんただけが戦力外だからに決まってんだろう」

「オレのどこが戦力外なんだよ!」

「だったらここで誰が一番『弱い』か決めるかい?」

 桃の鋭い眼光が猿助の胸を射貫いている。戦う前から敗北。

 さらに猿助が振り向くと、眉間に銃口が当てられた。やっぱり戦う前から敗北。

「べ、別にオレが一番弱いんじゃないからな。病人をほっとけないだけだかんな!」

 結局、猿助が背負うことで決定。

 いつまでもここで身を潜めているわけにもいかない。

 ポチの体調も気になるところだが、薬もなければ火にくべる薪もない。外では鬼が今も桃たちを探していることだろう。あまり長居をしていて、穴蔵に攻め込まれたらまさに袋の鼠だ。

 雉丸が先陣を切って行こうとしたのを桃が押さえて前に出た。

「無理すんじゃないよ。あんたも体壊してんだろ、顔つきを見ればわかるよ」

「俺のことなら心配しないでください。桃さんのためならいつでも死ねますよ」

「言ってくれんじゃないか。でもね、アタイのために命捨てんなら、もっとでっかいことするときにしな」

 二カッと白い歯を見せて笑った桃は暗い穴蔵を飛び出した。

 すでに穴蔵の外は鬼どもで溢れかえっていた。

 桃は物干し竿を振り回し、それは竜巻のごとし烈風で鬼どもを薙ぎ払う。

 雉丸はショットガンを構え鬼の腹に風穴を開ける。

 そして、猿助はとにかく逃げ回る!

「ちょ、お前らオレとポチのこと守れよ!」

 猿助の腕力ではポチを背負うのに両手を奪われる。蹴りなんかしようものなら、バランスを崩すのが落ちだろう。

「おりゃ!」

 蹴りをしようとした猿助がコケた。ポチと一緒に山崩れだ。こいつアホだ。

 そこへ鬼の蛮刀が振り下ろされる!

 コーンっと風流な庭園の音が響き渡る。

 猿助に振り下ろされた蛮刀を桃の物干し竿が受けていた。

 思わず鬼は眼を剥いた。

「どうして斬れない!?」

「気合いに決まってんだろ!」

 桃は物干し竿で鬼をぶん殴ってノックアウトさせた。

 鬼は次から次へと沸いてくる。

 雉丸が鬼を倒して逃げ道を作った。

「桃さん、あっちへ!」

「あいよ! サルも急ぎな!」

「わかってるつーの!」

 桃たちは鬼の追っ手を振り切りながら洞窟の中を突き進んだ。

 やがて見えてくる一筋の光。出口だ。

 まばゆい光が桃たちを包み込む。

 長い坂道の向こうにそびえ立つ鬼ヶ城。すぐ後ろの洞窟からは鬼たちの雄叫びが響いてくる。後戻りはできない。

 桃が先陣を切って坂道を駆け上がった。

「いくよ野郎ども!」

 急な坂道を突き進む。

 坂道の左右は絶壁に挟まれ、一本道が鬼ヶ城まで続いている。挟み撃ちをされたら逃げ場がない。

 ポチを背負っている猿助は肩で息を切らせている。その横を走る雉丸の顔色も、陽にさらされ悪さを際だたせている。

 鬼ヶ城はすぐそこだ。だが、坂の上から雪崩のように降りてくる鬼の軍勢。

 猿助が懐に手を入れて何かを探った。

「オレに任せろ!」

 猿助はまきびしを地面に撒き散らした。

 坂を下りてきた鬼どもの足が急に止まった。それを見て勝ち誇る猿助。

「ウキキッ、見たか猿飛猿助サマのまきびし戦法を!」

 地面に撒かれたトゲトゲのまきびしが鬼の行く手を阻む。

 が、桃は猿助の頭を思いっき引っぱたいた。

「バカか!」

「いてぇ、何すんだよ!」

「あっちに行かなきゃいけないのに、進行方向にまきびしを投げる奴があるか!」

「……しまった!」

 スゴイ、今やっと気づいたようだ。

 雉丸は辺りを見回す。

「身軽なサルなら登れるかもしれないが、あとが続かないな」

 すでに坂の下からも鬼たちが駆け上ってくるのが見える。グズグズしている時間はどこにもない。

 桃が物干し竿を肩に担いだ。

「乗りな!」

 と、桃に視線を向けられた猿助は口をポカンと開けた。

「は?」

「乗れって言ってんだよ、ポチを雉丸に預けて竿の先っちょに乗ればいいんだよ!」

 意味がわからないまま猿助は言われたとおり行動した。

 すると、猿助が乗ったことを確認した桃は力任せに投げた。これはまさに投擲だ。

 物干し竿が大きくしなり半月を描くと、バネみたいに猿助がぶっ飛ばされた。

 そして、敵のど真ん中に落ちた。

 鬼どもに寄って集ってタコ殴りにされる猿助。悲痛な叫び声が痛々しい。

 桃はさらに雉丸に目を向けた。

「次はあんただよ」

 雉丸はポチを背負ったまま、片腕で物干し竿に抱きついた。

 再び桃は物干し竿を力任せに大きく振る。

 小柄とはいえポチの体重と、自分の体重を支える腕力が、その細身の体のどこにあるのか?

 雉丸はポチを担いだまま華麗に地面に降り立った。

 鬼は先に囮になった猿助を取り囲んでいたが、すぐに雉丸にも襲いかかる。

 雉丸は片手に持ったショットガンを大きく縦に振り装填した。常人の腕力ではできない芸当だ。

 谷間に反響する銃声。次々と倒れる鬼が山道を築き上げる。

 そして、最後に残された桃は棒高跳びの要領でまきびしを超えた。

 桃の落下点で待ち構えている鬼の眼前に迫ってくる――ふんどしっ!

「うげっ!」

 桃の足の裏が鬼の顔面にヒット。踏んづけられた鬼は鼻血を噴いて転倒した。

 まきびしを超えた桃たちは雑魚どもを無視して坂道を駆け上る。

 鬼ヶ城の城門が行方を阻む。

 木製だが巨大で壊すのは容易ではない。ロケットランチャーはすでにない。

 すぐ後ろからは鬼どもが迫っている。

 そのとき、急に城門が音を立てて開きはじめたと思った瞬間、すでに桃たちは呑み込まれていた。

 なんと城門が開いたと同時に大量の水が押し寄せてきたのだ。

 ウォータースライダーなんて生やさしいものじゃない。大海流の勢いで溺れながら坂道を流される。鬼どもまで巻き込まれているようすを見ると、海賊団の頭はとんでもない薄情者だ。

 しかし、ご丁寧なことにいつの間にか地面に落とし穴が口を開けていた。

 トイレの水のように、ジャーッと桃たちは排泄口に吸い込まれてしまった。

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