スペースかぐや編7
大通連と小通連が宙を舞う。
「桃に惚れていたと思ったら、今度はかぐやでございますか。どうして妾ではダメなのですか?」
その眼差しはどこか哀しげ。
お面で隠された猿助の表情を読み取ることはできない。
「別にオレの勝手だろ」
「勝手ではございません、貴方様は妾の婚約者なのですのよ」
「そんなの勝手に決めてんじゃねーよボ〜ケ!」
「妾のことは遊びだったのですわね!」
「遊びは男の甲斐性だって言うじゃねぇか。なにが悪いんだよバ〜カ!」
「ひ、ひどいですわ……」
涙ぐみ顔を押さえる鈴鹿。
ちょっぴり言い過ぎちゃったかなぁ、と猿助が近づこうとした瞬間、顔の横を大通連がかすめた。
思わず凍り付く猿助。
鈴鹿がゆっくりと顔を上げた。その表情は般若の相。
「夫を躾けるのは妻の勤めですわね」
妖刀が鬼気を放ちながら猿助に襲いかかる。
「ぎゃっ、オレを殺す気か!」
「瀕死重傷を負っても大通連と小通連の妖力で治して差し上げますわ!」
自在に宙を飛ぶ二振りの妖刀。
さらに鈴鹿は二枚の鉄扇を持ち優雅に舞い踊った。
鈴鹿の連続攻撃に尻尾を巻いて逃げまどった。
「この野郎、そっちがその気ならこっちだって容赦しねぇーぞ!」
猿助は光の粒子で構成されたソード――ビームセイバーを抜いた。
大通連と小通連が連続して飛んでくる。
踊るような剣舞で猿助が妖刀の連撃を防ぐ。あり得ない……猿助が強い!?
「見たかオレの剣捌き! このビームセイバーは自動運動機能付きなのだ、ウキキキ!」
お前の能力じゃないんかいっ!
ビームセイバーの操り人形状態。滅茶苦茶な格好で猿助はビームセイバーを使っているが、見事に鈴鹿の攻撃を防いでいるのだからスゴイ。自動運動機能が。
だが、所詮は一本の剣。
大通連、小通連、鉄扇鉄扇、ついでに回し蹴りのコンボ攻撃!
鈴鹿の蹴りがヒットして猿助がぶっ飛んだ。その隙に鈴鹿はプロテクトスーツを脱ぎ捨てた。
「動きづらくて仕方がありませんわ!」
トラ柄の下着姿を惜しげもなく披露して、出血大サービスだ!
猿助のお面の下からダラダラ血が流れていた。蹴られた衝撃のほうでだよ!
「そ、そんな格好をしてオレを誘惑するつもりかよ!」
「動きづらいから脱いだだけですわ!」
「水着だと思えばエロくなんかねーんだからな、お前貧乳だしな!」
「貧乳で悪うございましたわね!」
眼を光らせた鈴鹿が踏む込もうとしたとき、その前に立ちふさがった美女三人衆。
ハイレグ水着の網タイツ、胸は鈴鹿よりも遥かにデカイ。
「我らはかぐや様のインペリアルガード――三人官女!」
「かぐや様の命でサルをお守りいたします!」
「覚悟しなさいトラ女!」
三人官女の攻撃フォーメーションはΔアタック!
同時多発的な三方向からの攻撃だ。
しかも三人官女の武器は二刀流のビームセイバー。合わせて六撃の攻撃は敵の逃亡を許さない。
二振りの妖刀、そして二枚の鉄扇を持ってしても防ぎきれない。
鈴鹿の背と腹が焼け斬れ血が滲んだ。あと僅かかわすのが遅れていたら、重傷を負わされていたに違いない。
額の汗を手の甲で拭う鈴鹿。その汗は冷ややかだった。
通常であれば一対三でも鈴鹿には勝てる自信があった。だが、この戦いの相手は一なのだ。寸分狂わず攻めてくるコンビネーションは、六本の手を持った一だった。
息の揃っていない三人など容易い、だが目の前の美女たちは……。
再び三人官女が攻めてくる。
先ほどよりも速い!
ビームセイバーを受けた鉄扇が宙を舞った。
「しまった!」
一つの防御が崩されたことによって、全ての防御が総崩れになる。
鮮血が紅い眼の三人官女たちの白い顔に飛び散った。
全身から血を噴きながら飛び退いた鈴鹿御前。
斬られれば強烈な痛みが奔る。だが、二振りの妖刀がある限り負けはしない。
鈴鹿の周りを回る妖刀が淡い光で傷を癒してくれる。
持久戦に持ち込めば鈴鹿にも勝機がある。斬られた傷を癒しつつ、相手の体力が尽きるのを待つ。
しかし、鈴鹿の心に闇を落とす言いしれぬ不安。
全てを脱ぎ払い無心の覚悟で鈴鹿はこちらから攻撃を仕掛けた。
斬られても死さえしなければ癒やせばいい。
二振りの妖刀と二枚の鉄扇、全てを一人に向かって振るった。他の二人に斬られる覚悟だ。
――速いっ!?
鈴鹿の攻撃は一人を仕留めるどころか空振りに終わり、六撃の刃が鈴鹿の全身を切り裂いた。
すでに床は血の海に沈んだ。
斬られたブラジャーの肩紐を押さえながら鈴鹿は息を切らした。
「どうして……なぜ強く、より速く……」
そして、鈴鹿の体は鉛のように重く、疲労が全身を押しつぶしそうだった。
鈴鹿はハッとした。
「エナジードレイン!?」
その言葉を聞いて三人官女たちは薄ら笑いを浮かべた。
「今頃気づいたようね」
「ちょっと気づくのが遅いんじゃないかしら」
「さすが辺境の惑星の住人ね」
三人官女たちは鈴鹿に攻撃を仕掛けると同時に、エナジーを少しずつ吸い取っていたのだ。
これでは持久戦に持ち込まれたほうが不利。
三人官女は勝ちを確信した。
「片手でブラ押さえながらどうやって戦うのかしら?」
「きっとおっぱいポロリするのが怖いのよ」
「だって貧乳だから恥ずかしくて見せられないのよね!」
三人官女は大きな口を開けて笑った。
鈴鹿は唇を噛みしめながら策を練った。
「ちょっとタイム!」
叫んだ鈴鹿が物陰に隠れた。
すぐに三人官女が物陰に飛び込もうとした。それを防ぐ二振りの妖刀。しかし、時間稼ぎにしかならない。
弾かれた大通連は天井に刺さり、小通連は床に突き刺さった。
「「「止めよ!」」」」
三人官女が声を揃えて鈴鹿の体を串刺しに!
――できなかった。
ビームセイバーを受けたのはプロテクトスーツだった。物陰に隠れた鈴鹿は素早くプロテクトスーツに着替えていたのだ。しかもヘルメットまで完全装備。
「黒い三連星、破れたようですわね!」
敵の防具を持って敵の武器を防ぐ。
慌てた様子の三人官女がコンビネーションもバラバラで鈴鹿を叩きまくる。
だが、ノーダメージ!
「痛くもかゆくもないですわね。これなら動きづらさを我慢して着ていればよかったですわ」
ここかあ鈴鹿の反撃がはじまった。
大通連小通連のコンビネーション攻撃!
さらに鉄扇による乱舞。
三人官女の水着を切り裂きながら、次々と見る影もないボコボコにしていく。特に鈴鹿を笑ったこの顔を重点的に!
最後に残った三人官女が蜂に刺されたみたいな顔面をして、尻を床につけながらズルズル後退した。
「ちょっとタイム、こっちにもタイム使わせなさいよ。私もプロテクトスーツを着るから!」
「貴女たちは妾がタイムと言ったにもかかわらず、襲いかかって来ましたが?」
ドガッ、バキッ、グェェッ!
見るも無惨な光景すぎて自主規制が……。
強敵だった三人官女を倒し、鈴鹿は猿助の姿を探した。
「ダ……ダーリン!?」
鈴鹿の目に飛び込んできた異様な光景。
フォークを片手に握ったまま、猿助はミートソーススパゲティに顔を突っ込んでいた。しかも、死んだように微動だにしない。
「大丈夫ですございますかダーリン!」
急いで鈴鹿は駆け寄り、ミートソースから猿助の顔を上げた。
……猿のお面被ったままじゃん!
これでどうやってスパゲティを食べようとしていたのか?
微かにシューゴォーという呼吸音が聞こえた。
無我夢中で鈴鹿は猿助のヘルメットとお面を投げ捨てた。
「嗚呼、なんてこと……」
静かに自分のヘルメットも脱ぎ捨てながら、鈴鹿は瞳から一筋の涙を零した。
そこにあったのは変わり果てた猿助の姿。
体中の水分――いや、精力を吸い尽くされて枯れ果てた猿助の姿。それはまるで干からびたワカメ、キノコ、ミミズか……とにかく、見る影もない皺だらけの顔がそこにはあった。
「す……ずか……」
グローブを嵌めた猿助の手が伸ばされ、鈴鹿はそのグローブを取って枯れた手を握った。
まるでその手や指は枯れ枝のようだった。温かいぬくもりもなく、ただ冷たく哀しいだけ。
「ダーリン死なないでくださいまし!」
「……最期は……桃の姉貴に……パフパフ……」
ガクッと猿助の首から力が抜けた。
「ダーリン!」
鈴鹿は人生ではじめて慟哭した。
皺だらけの顔に落ちて消える大粒の涙。
枯れてしまった猿助の口の蕾に、鈴鹿は自らの瑞々しい朱色の蕾を重ね合わせた。
交わされた口づけ。
緩やかに鈴鹿は顔を離した。
「妾の口づけでは目をお覚ましにならないのですね」
再び鈴鹿の瞳から涙がこぼれ落ちた。
短くも長い時間。
静かな刻の中で猿助は鈴鹿の胸に抱かれ……。
「ぐぅ〜がぁ〜!!」
いびきを掻いていた。
さらに――。
「パフパフ……パフパフ……」
鼻の下を伸ばしていた。
最悪だ。
「この浮気者っ!」
鈴鹿の強烈な怒りの鉄拳が猿助の顔面にめり込んだ。
今度こそあの世に逝ったかな猿助♪
死相を浮かべて気絶した猿助を鈴鹿が背負った。
「んもぉ、ジパングに帰ったら温泉に突っ込んでやりますわ!」
乾燥椎茸扱いだった。




