スペースかぐや編3
桃が昼寝をしている部屋にかぐやが飛び込んで来た。
「起きなさいよ!」
その声にも反応せず、寝返りを打ってかぐやに背を向けた。
「起きなさいってば!」
かぐやは桃の上に馬乗りなって、自分のほうに無理矢理体を向かせた。
「起きろクソババア!」
ちょっと桃の目尻がピクッと反応したが、それ以上のアクションはなかった。
「起きないと胸揉むからね!」
そう言ってかぐやは桃の胸をグチョグチョにこねくり回しはじめた。
さすがにこれには桃も声を荒げた。
「やめっ、やめろ!」
「やっぱり起きてるじゃないのよ!」
「人が気持ちよく寝てんのに何の真似だい!」
「外で何が起きてるか、窓の外をよーく見てみなさいよ!」
「めんどくさいねぇ」
桃はかぐやを放り投げて再びふて寝をしてしまった。
床に尻餅をついたかぐやは、耳の先までピンと伸ばして、紅い眼をさらに真っ赤にした。
「クソババア!」
怒りを露わにしたかぐやは再び桃を自分に向かせ、大きく手を振り上げて強烈なビンタを放った。
その衝撃は桃の口からツバが飛ぶほどで、唇の端から血がにじみ出していた。
ついに桃はかぐやの胸倉を掴んで起き上がった。
「てめぇ、下僕の分際でご主人様に手ぇ上げるとは良い度胸じゃないか!」
「度胸だけならババアなんかよりありますよーだ!」
あっかんべーをするかぐやに、さらに桃は怒りをぶつける。
「その舌引っこ抜いてやろうか!」
「何ですか弱い者イジメですか?」
「下僕に躾を教え込むだけさ!」
「もう別にかぐやは下僕でもなんでもいいけど、仲間が死にそうになりながら戦ってるのに、クソババアは呑気に昼寝だなんて良いご身分だこと。ポチなんかとっくに死んじゃってるんじゃないかなぁ」
一瞬、胸倉を掴む桃の手が震えるほどに力を込められたが、それはすぐにスーッと抜けてしまった。
桃はかぐやを突き放し、壁にゆっくりともたれ掛かった。
うつむいたまま桃は静かに口を開く。
「やり合ってる相手は強いのかい?」
「都が全滅させられるくらい」
「で、アタイの力が必要ってわけかい?」
「別にぃ腑抜けババアの力は必要ないけどー」
桃がニヤッと笑った。
「おうおう腑抜けなんてどこにいるんだい。アンタの目の前にいるのはジパング一のぜっ――」
「絶世の美女の桃ねーちゃんでしょ。はい、さっさと行くよ!」
言葉を途中で奪われ、しかも腕をグイグイ引っ張られて桃は部屋の外に出された。
かぐやに引きずられるまま宿屋を出て、住人たちが逃げまどい、家財道具を運び出している中、桃は怪獣大決戦の現場までやってきた。
「で、どっちを倒せばいいんだい?」
桃は二匹の大怪獣は見比べた。
「あえて言うなら、両方?」
かぐやの答えはきっと間違ってない!
暴れ回った挙げ句、次々と都を破壊していく二匹。どっちも敵にしか見えない。
大通連に乗った鈴鹿と猿助が桃の元に降りてきた。
桃を見た猿助は大喜びだ。
「姉貴、やっぱり来てくれたんだな!」
「まあね、大取は最後に出たほうがカッコイイだろう?」
見事、桃は華々しい大取を飾れることになるのか!
しかし、たとえ桃といえど、人智を超えた大怪獣に打つ手はあるのか?
さらにここで鈴鹿から残念なお知らせがあります。
「八岐大蛇は不老不死にも似た生命力を持っており、いくら傷つけても再生するばかり。先ほどからいくつか眼を潰したのですが、今ではもう回復しておりますわ」
以上、残念なお知らせでした!
嗚呼、こりゃダメだ。どう考えても絶望的だ。こうなったらみんなで九尾の狐を応援するしかないかもしれない。
でも、九尾の狐が勝っても、都は廃墟になってるけどね!
万が一、九尾の狐が負けたらもっと最悪だ。
嗚呼、人間とはいかに無力なのだろうか。
だがしかし!!
桃はまったくどーして自信満々。辞書の辞書に敗北の文字はなし!
屈伸、背伸び、準備体操を終えた桃は鈴鹿に眼を向けた。
「おい、あんたの刀を一本貸しな」
「イヤです」
即答。
「グダグダ言ってねぇーで貸せ。何でもできるアタイだが、空だけは飛べないんでね。あんたの刀を貸せっつってんだよ」
頼まれた鈴鹿はすぐに答えず、隣にいた猿助の顔を覗き込んだ。すると猿助がうんと頷いたので、仕方なく桃に小通連を差し出した。
「大事な刀ですので、無事に返してくださいまし」
「ありがとよ。でも、できればちゃんと鞘に入れて貸してくれないかい?」
「どうしてですの?」
「先端恐怖症だからに決まってるだろう!」
「…………。鞘は……どこにいっちゃったんでしょう、戦いの最中に落としちゃったのかしら、てへっ♪」
軽い嫌がらせだった。勝手に恋のライバルに認定されているせいだ。
鈴鹿から刃剥き出しの小通連を受け取った桃。若干だが、顔に汗が流れた。
「先端恐怖症なんて嘘に決まってるだろう。ちゃちゃっとやっつけて帰ってくりゃいんだよ!」
威勢よく桃は小通連に乗って空を飛んだ。
九尾の狐の相手に忙しい八岐大蛇は首の一本で桃の相手をしようとした。
「甘く見られたもんだねぇ……うぉりゃッ!」
襲い来る首を容易くも物干し竿で一刀両断。
落ちた。
誰もがまさかと口を開けたまま固まった。
巨大な八岐大蛇の首が、たかが竹の棒で切断されたのだ。
おそらく誰よりも驚いたのは八岐大蛇だろう。その証拠に九尾の狐を差し置いて、残り首七つで桃に襲いかかったのだ。
物干し竿が旋風を起こし桃が乱舞する。
縦横無尽に暴れ狂う長い首が次々と落とされる。あまりな豪快さに桃こそ鬼神ではないかと畏れを抱いた。
そして、ついに残る首は一つ。
最後に残った首が天に向かって吼えた。
雷声は空気に衝撃波を奔らせ、信じられないことが起きた。
落としたはずの首が新たに生えて来るではないか!?
危機と思われる状況下に置いても桃は楽しんでいた。
「なんだいなんだい、アタイと根性比べでもしようってのかい!」
復活すれば、その度に斬る。
どちらが先にバテるか、桃にとって根性比べに他ならないのだ。
八岐大蛇の敵は桃だけではない。
「黄金千手観音!」
九尾の狐が尻尾で連続ビンタ!
なんかやってる動作が“竜巻旋風尾殺”と変わらない。
八岐大蛇の頭に乗っていた雉丸が桃に向かって叫ぶ。
「首を落としたあと、傷口を焼いてしまえば再生できないはずです!」
「おうよ、首を落とすのはアタイに任せな。火は誰か任せた!」
任されたのは九尾の狐だった。
『ならば妾の狐火で焼いて進ぜよう』
そうと決まれば桃は斬って斬って斬りまくる。
八岐大蛇の首が輪切りに下ろされる。あまり食べても美味しくなさそうだ。
すぐに九尾の狐が炎を繰り出した。
「九連紅蓮華!」
落とした首は八つ。飛んだ炎は九つ。
残りの炎は八岐大蛇の背中の草木に燃え移った。山火事だ!
山中で迷子になっているポチ。
「うわぁ〜ん、山が燃えだしたよぉ!」
必死だった。
全身を燃え上がらせ豪華に包まれた八岐大蛇。
暴れ狂っていたのも一時、すぐに身動き一つせず、当たりは炎のだけが鳴り響いた。
やったか?
誰もそう思って歓喜の声をあげようとした瞬間、それは悲鳴へと変わった。
それは脱皮するように、黒い燃えかすの殻を破って次々と長い首が天に昇った。
復活した八岐大蛇は玉の肌。お肌ツヤツヤで前よりも素肌美人!
なんてこったい!
全身を焼かれてもなお復活する八岐大蛇。
長く伸びた尾が鞭のように撓りながら桃に襲いかかってきた。
それはまるで川と人間が戦うよう。
桃は渾身の力を込めて物干し竿を振り下ろした。
「なっ!?」
物干し竿が音を立てて折れた。
桃が“気合い”で負けたのか!?
そのまま桃は川のように長い尾に強打されて遥か後方までぶっ飛び、瓦礫の下敷きになって姿を消してしまった。
まさか桃の物干し竿が折れる日が来ようとは、それは魂が折れたも同じ。
万策尽きたかのように思えた。
そのとき!
ひときわ目立つ真っ赤なバイクで乗り付けた着物の女。
その女はフルフェイスのマスクを脱ぎ捨て、風に艶やかな髪を靡かせながらその姿を露わにした。
「みなさん、いつも金ちゃんがお世話になっております。母の呉葉です」
雉丸のママだった。
なぜか急に八岐大蛇が凍ったように動きを止めてしまった。
呉葉は臆することなく八岐大蛇に近づいていった。
「あなたダメでしょ〜。別れた夫とはいえ、この事態は見過ごすわけにはいかないわ」
と、妖しく光る包丁を握りしめながら言った。
ギラリと光る包丁を見て呉葉がハッと息を呑んだ。
「あらやだ、料理の最中だったからそのまま包丁を持ってきてしまったわ」
武器じゃないんかい!
すでに八岐大蛇は後ずさりをはじめていた。
呉葉が一歩進むごとに、八岐大蛇が一歩下がる。
そして、八岐大蛇逃走!
八岐大蛇が背を向けるために回転した瞬間、何十軒もの建物が一気に倒壊し、さらに尻尾の一本が呉葉に不可抗力で飛んできた。
「危ない母上!」
誰が叫んだのか、刹那――桃ですら斬れなかった尾が両断されていた。
そこに佇む呉葉の姿。その手に握るは万能包丁(ステンレス製)。
万能だからって何でも斬れるわけがない!
それをやってのけた呉葉……おそるべし。
何事もなかったような柔和な笑みで呉葉はひとこと。
「あの人ったらシャイなんだから」
そ、それが理由で八岐大蛇は退散したんですか!?
マジですかっ!!




