酒呑童子編8
城内を飛び出し、険しい崖道を逃げる影を追う桃。すでに空は夕暮れから夜に移り変わろうとしていた。
東の空から徐々に闇が覆いはじめる。
酒呑童子たちの他に前方にいくつかの影が見えた。
猿助、ポチ、色取り取りのふんどしの鬼たち。
その真横を見向きもせずに酒呑童子たちが駆け抜け、猿助たちは唖然とした。
さらにその後から桃がやってくる。
「てめぇら、なんでまだここにいんのさ!」
すぐ言わないと殺される緊迫感。
猿助は早口で三秒以内にまとめた。
「ねーちゃんたちは逃がせたけど、こいつらが俺らの邪魔して!」
赤、青、緑、黒……黄色が欠員。未だに全員がそろったところを見たことがない。
紅一点の桃が物干し竿を烈風のごとく振りました。
鬼レンジャーたちが宙にぶっ飛ばされた。ついでに猿助とポチまで飛んだ。
「なんでオレまでーっ!」
「うわぁ〜ん、高いの怖いよぉ」
今はそれどころではないので桃は急いで酒呑童子たちを追った。
そして、ついに断崖絶壁で桃は酒呑童子たちを追い詰めた。
地平線の彼方では陽が沈もうとしている。
酒呑童子は茨木童子を地面に下ろし、丸腰のまま仁王立ちした。
「武器を持たねぇオレ様とやるか?」
「武器ならてめぇの拳があるだろう?」
「そりゃそうだ」
八重歯を覗かせ桃に立ち向かおうとする酒呑童子の足に茨木童子が抱きついた。
「お待ちください、アタクシが戦います」
穴の開いた腹を押さえながら茨木童子が立ち上がった。その眼は鋭く闘志は消えていない。しかし、躰がよろめいた。
足のもつれた茨木童子を酒呑童子が抱きかかえた。
その様子を見ていた桃は言う。
「なんなら二人で掛かっておいで」
酒呑童子は首を横に振った。
「妻にするって約束がまだあんだろ。二人ががりで倒しても意味がねぇ」
そう言って、酒呑童子は抱きかかえている茨木童子の手から鉤爪を奪った。
「お前の魂を借りるぜ」
「……酒呑童子さま」
茨木童子にはもう戦う余力は残っていない。
どちらも陽が沈む前に決着をつける気だった。
漲る闘志。
この一撃にすべてを込める。
先に仕掛けるのは誰か?
戦いの合図は何か?
対峙する猛者は互いに笑った。
「「ウォォォォッ!!」」
怒号は大地を震わせ、その声は風に乗ってどこまでも鳴り響いた。
一時、刻は忘却された。
その刻を戻したのは茨木童子が呑んだ息の音。
刹那――酒呑童子は八重歯を覗かせ笑った。
「オレ様の負けだ」
その腹を貫いている長く伸びた竹。
滴る血が竹を握る桃の手まで伝わった。
憎悪に支配された茨木童子が地を這い蹲ってでも桃に襲いかかろうとした。
「殺してやる!」
しかし、涼しげな酒呑童子の声が風に乗る。
「やめておけ、陽が沈む。オレ様の命も消えようか……」
「卑怯な卑怯な……酒呑童子さまが万全であればキサマなどに!」
「そういうな茨木童子。勝負は時の運、ただ運が悪かっただけのこと……これは返すぞ!」
歯を食いしばりながら酒呑童子は物干し竿を抜き、大きく後ろによろめいた。
勝ったというのに、桃は悔しそうに酒呑童子を睨みつけていた。
「どうして手を抜いたんだい!」
「あはははっ、妻にしたい女を傷つける奴がいるか」
八重歯を覗かせながら酒呑童子はさらによろめき、そのまま崖に足を踏み外した。
「酒呑童子さま!」
茨木童子が叫んだ瞬間、酒呑童子はまるで自ら身を投げたように背中から谷底に呑み込まれた。
すぐに茨木童子も酒呑童子を追って身を投げて消えた。
暗い暗い谷の底。
桃は背を丸めて底を眺めたが、何も見ることはできなかった。
軽く舌を打ち桃は天を見上げた。
「ったく後味が悪ったらありゃしないよ」
陽は落ちた。




