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酒呑童子編7

 桃は辺りを見回した。

「鬼どもはみんなおねんねしたかい?」

 起きている鬼は誰一人いない。

 すでにシルクハットを脱ぎ捨てている雉丸は、葛籠を開けて合図をした。

「サル出てこい」

 さらに他の葛籠の開けた。

「ポチ、出ておいで大丈夫だよ」

 態度が違いすぎ。

 猿助が勢いよく葛籠から飛び出した。

「ったく、どんだけ閉じこめて置くんだよ!」

 続いてポチがあくびをしながら出てきた。

「ふわぁ〜、もう朝ぁ?」

 茨木童子に顔を見られている二人はずっと葛籠の中に身を潜めていたのだ。

 鬼どもはまったく起きる様子を見せない。桃はためしに近くで横たわってる鬼のケツを蹴っ飛ばしたが、やはり起きる様子はなかった。

「ハゲ仙人にもらった毒酒が効いたみたいだね」

 ここに来る前、桃たちは亀仙人から必勝アイテムを授かっていた。その名も“神便鬼毒酒”と言い、鬼には毒となるが、人間には無害の酒だった。

 その酒を受け取った桃は信用してなかったが、成果はこの通り鬼どもはすっかり毒牙にかかった。

「サルとポチ、雉丸はさっさと娘たちを全員連れて逃げな」

 桃が命じると猿助が愚痴をこぼした。

「せっかく我慢して隠れてたのに、出番はこれだけかよ」

「文句言ってんじゃないよ、娘たちを助ける一番美味しい役所じゃないか」

「言われて見れば、ウキキ」

 猿助は鼻の下を伸ばした。単純だ。

 さっそく猿助とポチは娘たちを連れて逃げる手はずをはじめたが、雉丸だけは――。

「俺は桃さんと一緒に残ります。酒呑童子との決着を最後まで見届けます」

 こうして二手に分かれ別行動を取ることになった。

 桃と雉丸は酒呑童子が消えた奥の部屋に足を踏み入れた。

 横になっている酒呑童子。毒が効いているハズだが、二人が部屋に踏み込んだ瞬間、俊敏に飛び上がって鋸刀を抜いた。

「おめぇら……クソ……躰が痺れて動かかねぇ」

 鋸刀を杖代わりに酒呑童子は片膝を地面についた。

 物干し竿を背中から抜く桃。

「さすがは最凶の鬼、毒を盛られても目を覚ますとはねぇ」

「毒だと……おめぇら!」

 酒呑童子は痺れる躰に鞭打って凛と立ち上がった。

 瞬時に桃たちを敵と判断して酒呑童子が斬りかかって来た。

 鋸刀と物干し竿が激しくぶつかり合う。

 力と力のせめぎ合い。どちらも一歩も引かず微動だにしない。

 酒呑童子の片手が柄から離れ、瞬時に桃の口元を隠していた布を剥ぎ取った。

 その一瞬、物干し竿の力が勝り振り下ろされたが、すでに酒呑童子は布を持ったまま飛び退いていた。

 酒呑童子は布の臭いを嗅ぐとすぐに投げ捨てた。

「やっぱり好い女だったな。まだ名前を聞いてなかったか?」

「ジパング一の絶世の美女――桃ねーちゃんとはアタイのこった!」

「お前が噂の女か。聞くよりもずっと美人だぜ!」

 鋸刀が力任せに薙ぎ払われた。

 物干し竿がそれを受けた。

「そっちこそいい男だよ、鬼にしとくのはもったいない!」

 こちらも力任せに物干し竿を振り下ろした。

 負けじと鋸刀が受けた。

「約束は覚えてるか、力ずくで妻にするって、なっ!」

 轟々と風を斬る鋸刀。

「おう、やれるもんならやってみな!」

 大地を割る物干し竿。

 二人の気迫を阻むことは誰もできない。雉丸が銃を抜くことも躊躇われた。

 地面を蹴り、宙を舞い、豪快に武器を振るう。

 戦いながら二人は移動して、自然と酒呑童子の部屋を出て、宴会が行われた大部屋にやってきた。

 ここで酒呑童子は愕然とする。

 家来の鬼が全滅している。

「情け容赦ない……おめぇらを信じていたのに、この仕打ちか! 鬼とてこのような卑怯な真似はしねぇぞ!」

「てめぇのやって来たことを棚に上げてんじゃねぇよ!」

 桃は言い返した。

 さらに雉丸も静かに言葉を吐く。

「時には無力な女子供まで手にかけ、若く美しい娘は連れ帰り……。腹違いとはいえ、これが俺の弟か、さらに俺はこの世に絶望した」

 この言葉に眼を剥いたのは酒呑童子のみならず、桃までも戦う手を休めてしまった。

 腹違いの弟?

 それは桃よりも酒呑童子のほうが衝撃だったかもしれない。

「どういうこった?」

 尋ねる酒呑童子に雉丸は深く息を吐きながら答える。

「そうかお前は聞かされていないのか。俺も八面大王の息子だ」

 しかし、雉丸の姿はどこからどう見ても人間。

 鬼の中には変化の術に長けているものもいるが?

 ここまで打ち明けたら、さらに話さなくてはいけないことがある。雉丸は桃に顔を向けた。

「桃さん、俺たちがはじめて逢ったときのこと覚えてますか?」

「どうだったかねぇ」

「重傷を負った俺を助けてくれたのは桃さんでした。あのとき俺は正体がバレて“人間”に追われていたんです」

 同じ父を持つと聞いても簡単に納得できる酒呑童子ではなかった。

「おめぇには耳も尻尾もねぇ、変化の術もそうそう長く化けれるもんでもねぇだろ。どこが親父の息子なんだよ?」

「八面大王は変化の術に長けていますが、見た目以外は母の血を強く引いたらしく変化の才能は皆無でした。できてもやはり長く化けれるものじゃないでしょう。俺の母は人間です、つまり俺は酒呑童子とは違って半妖でした」

「だから耳も尻尾もねぇのか?」

「見た目以外はと前置きしたハズです。俺はちゃんとトラ耳と尻尾を持って生まれてきましたよ。だから耳と尾は自ら引き千切りました。しかし、一カ所だけどうにもならない場所が……この眼鏡って伊達だったんですよ、過去の自分を隠すための変装とでもいうんでしょうかね。そして……」

 雉丸は眼鏡を胸のポケットにしまい、さらに眼球に指を当てて黒いコンタクトレンズを外した。

「眼の色だけは変えることができませんでした」

 黄色く輝く瞳。その瞳は鋭い鬼そのもの。同じ鬼ならばなおのこと、それが鬼の眼だとわかるだろう。

 どちらでもない存在はどちらの仲間にも入れてもらえない。

 雉丸は鬼を捨てたかった。

 鬼の子と知って桃はどう思うか、雉丸はゆっくりと桃に顔を向けた。

「桃さん、酒呑童子を倒したあとに俺も倒しますか?」

「あんたべつに財宝とか貯め込んでないだろう?」

「あはは、そうですね」

 それだけで十分だった。これからも何も変わらず雉丸は桃についていく。

 雉丸はリボルバーを抜いて銃口を酒呑童子に向けた。

 その行為に酒呑童子は八重歯を覗かせ笑った。

「弟を殺すのか?」

「その点は鬼の血を引く外道だからな」

 その口調には棘がある。先ほどまでの説明は酒呑童子ではなく、桃に聞かせるためのもの。今の言葉は完全に酒呑童子へ向けられた言葉だった。

 桃はリボルバーの前に出た。

「でも半分は人間だろう。こいつの相手はアタイがするよ、妻になるって約束もあるしね」

「桃さん……」

 桃と酒呑童子が退治する。それを見守る雉丸。

 そして、第四の影が現れた。

「ならその銃使いの相手はアタクシがしようかしらぁん?」

 鉤爪を鳴らす茨木童子。

 さすがは酒呑童子の腹心、毒に完全に屈することなく復活したのだ。

 さらに五人目の声が響き渡った。

「己らさっきから叫んでるの聞こえんのかいボケッ!」

 磔にされたまま、喉を枯らしているかぐやだった。

 どうやら何時間もの間、ずっとそのまま放置されていたらしい。しかも、本人いわく、叫んで助けを呼んでいたらしい。哀れだ。

 でも、やっぱり放置プレイ。

 雉丸の銃弾を鉤爪で弾き返す運動能力を見せる茨木童子。

 桃の物干し竿を八重歯を覗かせ笑いながら受ける酒呑童子。

 どちらの鬼も手強い。

 熾烈な激戦が続く。

 茨木童子のかわした流れ弾が酒呑童子に飛んだ。

「酒呑童子さま!」

「案ずるな!」

 キン!

 金属音を鳴り響かせながら鋸刀の平で銃弾を受けた。

 銃弾に気を取られていた酒呑童子にすかさず物干し竿が振られた。

 物干し竿を腹に喰らって後方に大きく飛んだ酒呑童子。腹の肉が少し抉れていた。

「ただの竹竿じゃねぇな」

「気合いが違うのさ」

 桃の物干し竿を扱えば、それは強靱な武器となる。だが、やはり物干し竿。刃であれば今の一撃で酒呑童子は真っ二つになっていたハズ。

「どうして竹槍なんかで戦ってる?」

 当然の質問を酒呑童子は投げかけた。

「竹槍じゃなくてウチから持ってきた物干し竿だよ」

「あははっ、物干し竿なんかに負けたら末代までの恥だな」

「仕方ないだろう、先端恐怖症だから刃物が扱えないんだよ!」

 意外な弱点発覚だ!

 酒呑童子にも弱点はないのだろうか?

 代わりに雉丸は茨木童子の弱点を見いだしていた。それは酒呑童子の足を引っ張ることになるかもしれない。

 酒呑童子が桃に仕掛けた瞬間、その背中に雉丸は銃弾を放った。すぐさま茨木童子は酒呑童子の前に立って銃弾を自ら受けた。

「くっ……外道め」

 銃弾は茨木童子の手に握られていた。

 大きく穴の開いた手のひら。銃弾はその先の甲を覆う鉤爪の一部の金属で止まっていた。

 茨木童子は命を投げ打って酒呑童子を庇う。

 ならば――。

 茨木童子は桃に向かって走り出した。

「毒には毒よっ!」

 桃を庇おうと雉丸が駆ける。

「桃さん!」

 ショットガンで鉤爪を受けた。だが、すぐに茨木童子は天井高く飛翔し、背後から現れた酒呑童子が鋸刀を薙ぎ払った。

 すぐに後ろに飛んだ雉丸は桃に受け止められながら、ショットガンを空中の茨木童子に向かって放った。

 血を口から噴く茨木童子。その腹を貫通した弾丸が天井を穿つ。

 地に落ちる茨木童子を酒呑童子が受け止めた。

 同じように雉丸を受け止めている桃。

「大丈夫かい雉丸?」

「半分鬼ですから、生命力には自信が……俺はいいですから酒呑童子を……」

 雉丸の腹は見るも無惨に引き裂かれていた。

 桃は雉丸を床に寝かせて物干し竿を力強く握った。

「うぉぉぉぉっ!」

 天高い位置から物干し竿が振り下ろされた。

 酒呑童子は茨木童子を抱きかかえたまま鋸刀で受けた。

 しかし、刹那――鋸刀が折れた。

 間を置かずに酒呑童子は鋸刀を捨てて、茨木童子を肩に担いで逃げ出した。

「逃げるなんて男の恥だが、仲間の命には代えられないんでな!」

 疾風のごとく逃げ去る酒呑童子たち。床に倒れる雉丸は無言でその背中を指差した。桃は深く頷き雉丸を置いて酒呑童子たちを追った。

 そして、もう一人残されたどっかの誰かさんが叫ぶ。

「だからかぐやを放置すんなボケッ!」

 虚しく木霊した。

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