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酒呑童子編3

 山里からさらに山深い場所に、その隠れ屋は静かに佇んでいた。

 雉丸は玄関を静かに開け、深々とお辞儀をした。

「ただいま戻りました母上」

 家の中では若い女が一人で茶を啜っていた。母と呼ばれた割には、その容貌は雉丸のような大きな子がいるようには見えず、まだまだ若く美貌に溢れた母だった。

 鬼女「紅葉」の名を聞き、この地方で震え上がらぬ者はいないだろう。多くの妖術を操り、多く配下を従え、多くの略奪や多くの人を殺した。

 それも今は昔、現在では幼少期の名「呉葉」に名を戻し、ひっそりと山の奥で暮らし、時折里に降りては檜扇を使って人々の病を治していた。

 呉葉は驚いた表情をして息子の帰りを喜んだ。

「まあ、よく返ってきたわね金ちゃん!」

「その名はとうの昔に捨てました。今は雉丸と名乗っています。あと、それは俺じゃなくて家の大黒柱ですよ」

「あらまあ!」

 呉葉は抱きしめていた大黒柱から恥ずかしそうに離れた。

「母上……視力が悪くなられたのですか?」

「ちっとも、両目とも2・0よ。金ちゃんが帰ってきてくれたから、すっかり舞い上がってしまってそれで」

 そーゆー問題か?

 今のところどー見ても激しくボケた母ですが?

 呉葉は雉丸に座布団を勧め、囲炉裏で暖めていた茶釜から湯飲みに茶を注いだ。

「どうぞ、粗茶ですが」

「母上、それは客人にいう台詞では?」

「まあやだ、久しぶりの来訪者だから、すっかりそういう気分でお茶を出しちゃったわ!」

「オレは息子です」

 大丈夫かこの母親?

 呉葉は雉丸という息子がいる割には若い。けれど、美貌は保っていても、その物腰や背を丸めた姿は年寄りのようだった。

「母上……また老けましたか?」

「いやもぉ、そんなこと言わないでよぉ。これでも若いころはブイブイ言わせてたんだからぁ」

「その話、いつもなさるんですが本当ですか?」

 呉葉は雉丸が物心ついたときからこんな感じだった。

「金ちゃんに嘘ついてどうするのよ。これでも母さんレディースの総長だったんだから、他にも盗賊団の頭も掛け持ちしていたし、悪いことをいっぱいしてきたのよ。あのころは若かったわ……若気の至りだったわね、特にあんな男に惚れたとことか」

 話を聞いていた雉丸の顔つきが急に暗くなった。それを知ってから知らずか呉葉はフォローした。

「でもあんな男だったけど、あの男との間に金ちゃんが生まれてきてくれたことは、本当に心から嬉しいことなのよ」

「オレは生んで欲しいなんて頼んだ覚えありませんが」

「そんな悲しいこと言わないで金ちゃん」

「だからその名前で呼ぶのは……っ!?」

 急に雉丸は母の胸に抱き寄せられた。

 呉葉は雉丸を強く抱きしめ、その頭を優しく撫でた。

「ごめんなさい……わたしのせいで……あなたはこんな……」

 優しく温かいその指先は、髪の間に残る二つの傷跡を撫でていた。

 雉丸は抵抗せず、ただ深く息をつき、静かに静かにこう呟いた。

「けれど母上は、代わりに「人間」の耳をつけてくれました」

 雉丸はゆっくりと呉葉の体を突き放し、静かに立ち上がってしっかりと呉葉の顔を見据えた。

「この力を必要としている人がいます。母上が鬼の元で学んだ魔導医学の知識が必要なんです!」

「その人は金ちゃんにとって大切な人なの?」

 雉丸は無言でうなずいた。

 真面目な空気が一変、呉葉は両手を広げて喜んだ。

「まさかその人、金ちゃんの彼女!? うっそー、まさか金ちゃんに彼女ができるなんて、大人になったのねぇ。ママ嬉しいわぁ!」

「……た、ただの命の恩人ですよ! 今はその人に仕えています。女性なのは確かですけど」

「でも金ちゃんその人に気があるんでしょ? 恋の相談ならいくらでも乗っちゃうわよ。けど、ママは男の人とうまくいったためしがないけどね♪」

 笑顔爆発の呉葉。

 どうやったらこの母から雉丸が生まれたのだろうか?

 むしろ反面教師なのか。

 呉葉は恋人のように雉丸の腕に自分の腕を回した。

「さっ、早く未来の花嫁さんのところへレッツゴー!」

「だから、オレと桃さんはそんな関係じゃなくてですね……」

「いいからいいから、恥ずかしがらないで金ちゃん♪」

「だから、その名前で呼ぶのもやめてくださいって言ってるじゃないですか!」

「あー、そういえば話は変わるんだけど」

 変わるんかい!

 ものすごいマイペースだ。

「なんでしょうか?」

 ため息混じりに雉丸が尋ねると、急に呉葉は真剣な顔をした。

「わたし世の中のことにうといんだけど、ちょっと悪い噂を聞いちゃったのよね」

「どんなでしょうか?」

「最近、酒呑童子というガキ大将が暴れてるって聞いたんだけど……その酒呑童子って子、もしかして……」

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