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温羅編1

「ビビってんじゃないよ野郎ども!」

 ほぼ半裸の爆乳ねーちゃんが大声を張り上げた。

「あっちが『海の魔女』なら、こっちはジパング一の絶世の美女――桃ねーちゃんだっつーの!」

 若侍風に頭の上で、一本に結わいた白銀の髪が風になびく。

 桃は鋭い瞳で鬼ヶ島を睨みつけ、鼻梁の下で艶めかしく誘う桃色の唇で、小生意気な微笑を浮かべた。

 ノースリーブの着物のサイズが合っていないのか、それとも単純に爆乳だからなのか、着物の前は大きく開かれ、そこから覗く褐色の谷間には何でも挟めちゃいそうだ。

 さらにふんどし一丁のケツも、谷間がスゴイ。

 桃のふんどしTバックに目を奪われているのは、悪ガキっぽい顔つきの少年。ツーッと鼻血が流れた。

 キラリーンと桃の眼が光る。

「どこ見てんだいサル!」

「ぶはっ!」

 桃の怒りの鉄拳を顔面にごちそうさまして、サルと呼ばれた少年が荒波の海に……あ、落ちた。

 そう、ここは海の上なのだ。

 小舟に乗っているのは四人……じゃなかった。一人脱落したので三人。

 顔面蒼白でブルブル震えている童顔の少年。いたいけに頑張って、自分の身長よりも大きなオールを使って船を漕いでいる。その少年は子犬のような瞳で、溺れているサルを横目で見ている。

「あのぉ〜、猿助たんが海に落ちたみたいですけど、助けなくていいんですかぁ?」

 すると拳銃のメンテナンスをしていた眼鏡の青年が優しく答えた。

「大丈夫、ポチは心配しなくていいんだよ」

 青年はポチの頭を静かに撫でながら言葉を続ける。

「……サルはゴキブリ以上に生命力があるから殺しても死なないよ」

 毒が吐かれた。ポチと猿助に対する扱いに差があるようだ。

 桃もサルのことなんか気にも留めていないようである。

「雉丸、そろそろ一発かましてやりな」

 名前を呼ばれた眼鏡の青年――雉丸は銃の手入れを休めて、ロケットランチャーを肩に担いだ。

「桃さん、もう弾数が一発しかありませんが、本当に撃ちますか?」

「景気づけの一発だよ、ドーンと撃ち込んでやりな」

「承知しました」

 眼鏡の奥で光る切れ長の瞳。

 狙いは鬼ヶ島の断崖絶壁にそびえ立つ難攻不落の要塞――鬼ヶ城。

 荒々しい海に浮かぶ小舟が激しく揺れる。風が強く、今にも転覆してしまいそうだ。

 雉丸の長く伸ばされた後ろ髪が風になびく。それはまるで雉の尾のように美しい。

 狙いが定まった。

 ポチが叫ぶ。

「待ってダメぇ!」

 遅かった。

 ランチャーから発射されたロケット弾が、鬼ヶ城に掲げられたドクロマークの旗を目掛けて飛んだ。

 だが、ロケット弾は鬼ヶ島に近づいた瞬間、なぜか空中で爆発して硝煙の中に消えてしまったのだ。

 それを見た桃の目尻がきつく吊り上がる。

「どういうことだいポチ!」

「だからダメって言ったのにぃ」

「撃つ前に言え、撃つ前に!」

「そんな怒らないでくださいよぉ」

 潤んだ瞳のポチは今にも泣きそうだ。そんな愛らしいポチまったく動じない桃。けれど、そこに雉丸が間に入ってかばう。

「ポチはこんなに良い子なんだから、苛めないでくださいよ……ねぇ、桃さん?」

「雉丸はどうしてポチをそんなにかばうんだい?」

「だって……可愛いじゃないですか?」

 雉丸は静かに微笑んだ。ちょっとその笑い方が妖しい。

 桃はどっと疲れたようにため息を吐き捨てた。

「こんなガキのどこがいいんだか、アタイはイケメンにしか興味ないね。で、どーゆーことかさっさと説明しな」

 促されてポチは慌ててしゃべりはじめる。

「島全体を温羅うらの姐御さんが結界で包み込んでるんでしゅ。だからね、外からの攻撃を防いじゃうんだよ」

 温羅とは今から退治に行く海賊の頭だ。近隣の村々では『海の魔女』として大変恐れられているらしい。

 そして、ポチは温羅のところで働かされていた海賊の下っ端だったのだ。で、どーにか海賊団を逃げ出したはいいが、逃げた先で出遭ったしまったのが桃だった。それからというもの、ポチは下僕として桃に飼われ、雑用から船漕ぎまでやらされているのだ。

 温羅海賊団の内部事情に詳しいポチの手引きで、どうにか鬼ヶ島の近くまで来たか、ミサイル攻撃失敗で出鼻をくじかれてしまった。

 しかも、実はポチがまだ話し忘れていたことが――。

「ブハーッ、マジ死ぬかと思った!」

 口から噴水しながら猿助が海の底から這い上がってきた。肩で息を切る猿助は船に乗り込んで濡れた体を震わせた。

「ここの海マジ怖ぇーよ、海の底にでっけえ怪物が棲んでてさ、海藻をオレの体に巻き付けて引きずろうとすんだよ。それでオレはじいちゃんの形見のこのクナイで……クナイがねえっ!」

 さよならじいちゃんの形見、海の底で成仏してください。

 慌てふためく猿助の頭を桃が引っぱたいた。

「ガタガタ言ってんじゃないよサル!」

 さらに追い打ちをかけるように、遠くから飛来してきた燃える石が猿助のおでこに直撃。

「アチーッ!」

 ドボンッと猿助は再び海に落ちた。

 ポチが慌てた。

「ええっと、鬼ヶ島は外から攻撃されるとセキュリティシステムが発動して、反撃してくるですぅ!」

「早く言え!」

 桃はポチの頭をぶっ叩いた。

 すぐに雉丸がポチを抱きしめてかばう。

「こんな可愛い子に暴力を振るわないでくださいよ。それにポチは記憶喪失なんだから、言い忘れたからって責めないでくださいよ」

「記憶喪失になったのは温羅に拾われる前の話だろ!」

 桃は爆乳を揺らして怒った。さっきから怒ってばかりだ。

 すっかりポチは脅えて震えてしまっている。

 そんなポチの頭を撫でて雉丸がなだめる。

「ポチは何も悪くないからね。それに桃さんは怒ってなんかないんだ。今の常態がデフォルトだから、本当に怒ったら俺たち皆殺しだよ」

 話を聞いていた桃がギロリと雉丸を睨んだ。

「何か言ったかい?」

「いいえ、何も」

 雉丸はさらりと受け流した。桃とのやりとりに慣れているらしい。

 でも、桃の眼が怖いです。相手を睨み殺す勢いです。これのどこが怒ってないんでしょうか、十分怒ってるように見えますが?

 小舟の上でそんなやりとりがされている間にも、鬼ヶ島のセキュリティシステムは張り切って頑張っていた。

 次から次へと天から降り注いでくる燃えた石。まるで拳ぐらいの大きさの隕石だ。

 死相を浮かべて猿助が海から這い上がってきた。

「じいちゃんのクナイ見つけたぜ。でも、海の底には恐ろしい怪物が……ぐわっ!」

 再び小型隕石が猿助のおでこに直撃。また海に沈んだ。さよなら。

 そんな猿助のことなんてやっぱり気にも留めないで、桃はポチと雉丸に命じる。

「全速力で船を漕ぎな、雉丸はわかってるね?」

 真剣な眼差しで雉丸はうなずき、口径の大きなリボルバーを構えた。

 雉丸が撃つ銃弾が次々と小型隕石を打ち落とす。

 そして、桃も動き出した。

 小舟をはみ出して置かれていた竹の棒を拾い上げ構える。その竹の長さは女にしては長身である桃の身長を優に超していた。

 ポチが思わず尋ねる。

「姐御さんの武器って竹槍なんですかぉ?」

「竹槍じゃないよ、ウチから持ってきた物干し竿だよ」

 なんと桃の武器は愛刀じゃなくて愛棒だったのだ。しかも、物干し竿なので正確には武器でもない。雑貨用品だ。

 が、桃の手にかかれば物干し竿ですら凶器になる。

 打席に立った桃が第一球、振りかぶった!

 カキーン!

 見事なホームランです!!

 次から次へと小型隕石を打ち返していく桃。そんな桃もスゴイが、燃えた石を打ち返せる物干し竿もただの竹とは思えない。

 鬼ヶ島はもうすぐそこだ。

 セキュリティも負けてられないので、隕石の大きさが一回りも二回りも大きくなった。今度はサッカーボールくらいの大きさだ。これは当たったら死ねるぞぉ!

 桃が大きく物干し竿を振り回した。そこへ海から這い上がってきた猿助が現れ――。

「ぐわっ!」

 物干し竿が顔面に直撃して猿助はまたまた海の底へ。

 もういい加減、海の底で成仏しちゃえ♪

 降り注ぐ隕石も大変だが、さらなる困難が起ころうとしていた。

 ポチが船底を見てプルプル震えている。

「あ、あのぉ〜……浸水してるよぉ?」

 思わず桃は顔をしかめた。

「はっ?」

 雉丸も少し難しい顔をして船底を見た。

「……本当に浸水してるな」

 船に空いた小さな穴から、水が温水洗浄便座のように噴き出ている。

 よ〜く見ると、穴から尖った刃先が顔を覗かせていた。

 シン、キング、タイム!

 この尖った刃は何でしょ〜っか?

 答えを出したのは雉丸だった。

「サルの鎖鎌の刃だな」

 つまりこういうことだ。

 海の底へ沈んだ猿助。桃たちを乗せた船はドンドン先へ進んでいる。そこで猿助は置いてけぼりにならないように、船に鎖鎌を刺して引きずられることを思いついたのだ。

 そのことを理解した桃は怒り心頭。

「あのアホザル、こういうのを猿知恵っていうんだよ。船に穴開けたらどうなるかわかるだろう!」

 すぐに桃は鎖鎌を抜こうとしたが、それを雉丸が止める。

「待ってください、抜いたら一気に水が!」

 遅かった。

 何が遅かったって、桃は鎖鎌の刃を抜かなかったが、代わりに飛来してきた隕石が船に穴を開けた。

 嗚呼、浸水。

 船底から噴き上げる海水。

 桃の怒号が飛ぶ。

「さっさと漕ぎな!」

「いっぱい頑張ってるよぉ」

 涙目で訴えるポチのオールを桃が奪い取って、自ら船を全速力で漕ぎはじめた。

「うぉりゃ〜〜〜っ!!」

 物干し竿をブンブン振り回すだけのことはあって、ものスッゴイ怪力で船を漕いでいる。

 ポチが海から繋がる巨大洞窟を指差した。

「あそこが入り口でしゅっ!」

 でも、やっぱり浸水。

 島にたどり着く前に荒波にもまれ、ついに船は転覆してしまった。

 涙の進水式。ここでこの船とはお別れだ。何の思い入れもないけどな!

 そして、ちょっぴり塩辛い涙。

 てゆーか、大泣きしながらポチが溺れていた。

「助けてぇ!」

 溺れる姿、犬かきのごとし。

 溺れるポチを桃は完全スルー。泣き叫ぶ声なんて右耳から入って左に抜けている。

 ポチの服を掴んだ雉丸。

「大丈夫かっポチ!」

「兄さま!」

 この人だけが自分の味方だ。だからこそポチは雉丸を兄のように慕っていた。

 が、雉丸の次の言葉で辺りは凍り付いた。

「実は俺も泳げないんだ」

「えっ?」

 二人して沈没。

 義兄弟の愛は見事に海の藻屑となったのだった――完。

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