鈴鹿御前編6
桃たちがどうなったのかわからない。
ただ、今はこの状況を何とかしなければならなかった。
「待ってくださいませ猿助さま!」
すっかり猿助にご執心の鈴鹿。
屋敷の中をグルグルと追いかけっこしながら、早三時間の時が流れようとしていた。
「待たねーよ、どうしてオレがお前と結婚しなきゃならねーんだよ!」
「だって貴方様は妾の唇を奪ったのですよ、ちゃんと責任取ってくださいませ!」
「なんでそのくらいで結婚しなきゃいけねーんだよ!」
「それくらいとはなんですか、妾のことは遊びだったのですかっ!」
「そーゆーことじゃないだろ!」
ずっとこんな調子だった。
ただ言い寄ってくるだけならいいのだが、言葉の他に刀まで飛んでくる。
妖刀大通連と小通連が猿助を襲う。
猿助は『つ』で大通連を避け、『大』ジャンプで小通連をかわしたが、そこに両手を広げた鈴鹿が飛びかかってきた。
「猿助さま大好き!」
飛びつかれた猿助はそのまま卍固めで拘束された。
「あいたたたた……」
「猿助さま、一生一緒にこの屋敷で二人きりで過ごしましょうね」
「イヤだ、オレは生涯独身を貫き通すんだ。世界中のねーちゃんたちと遊んで暮らすのがオレの夢なんだーっ!」
「目の前に妾がいながら、他の女の子とを考えちゃダメですわよ。猿助さまは妾だけを見てください」
と、猿助は強引に頭を掴まれ、首を回され目と目を合わされた。
間近で見る鈴鹿はさらに綺麗だ。その熟れた唇を見ていると思わず奪いたくなる。
が!
「お前は鬼でオレはお前を退治にしにきたんだぞ、わかってんのか!」
「妾の何が不満なのですか!?」
「それは……」
よ〜く考えてみるとないかもしれない。
こんな美少女に言い寄られるなんて初体験だ。もう一生こんな出来事ないかもしれない。
目の前の鈴鹿を取るか、それとも高嶺の花を追い続けるか……。
決して鈴鹿が劣っているわけではない。ただ、猿助が追われるより、若いねーちゃんおケツを追っかけるほうが好きだったのだ。
「やっぱりダメだ、結婚なんかできねーよ!」
腹を決めた猿助だったが――気づくと手錠で拘束されていた。
「なんじゃこりゃーっ!」
しかも、もう片一方の手錠は鈴鹿の腕に。
「ペアリングですわね!」
嬉しそうに鈴鹿はニッコリ笑った。
思わずのその笑顔に負けそうになる猿助。
だが、どうにかして逃げ……るもなにも、すでに妖刀二本が猿助の首を刎ね準備オッケーだった。
まさに絶体絶命!
観念した猿助は全身から力が抜けて畳にぺたんと尻をつけた。
「あははー」
もう笑うしなかった。
結婚は人生の墓場。そんな言葉が猿助の脳裏をよぎった。
表面上は仲むつまじい仮面夫婦。
腹の底で猿助はここから逃げ出すことだけを考えた。
まずはこの手錠をどうにかしなかればならない。
でもどうにもなりません!
鈴鹿は猿助を引きずりながら歩きはじめた。
「屋敷の中を案内いたしますわ」
「…………」
猿助は岩のように無言のまま。そんなちっぽけな抵抗など虚しく、やっぱりズルズル引きずられる。
鈴鹿が襖を力強く開けた。
その先に現れたのは紅白のふとん、しかもダブルサイズ。
「さあ、お布団の用意はできておりますわよ!」
「何する気だよ!」
「何って……決まってるではありませぬか」
顔を赤らめモジモジする鈴鹿。
猿助が叫ぶ。
「イヤだーっ!」
「今更嫌がることなど何も!」
畳の上で犬かきをする猿助の腕を鈴鹿がグイグイ引っ張る。
もしもこんな展開になってることが知れたら……桃に八つ裂きにされる!
だって相手は退治する鬼。
でも、猿助は考えた。
「バレなきゃいいんじゃないか?」
呟いた猿助に鈴鹿は首をかしげた。
「何をバレなければいいのです?」
「いや……それは……でも……」
いろいろな考えが渦巻く。
其の一、桃が怖い。
其の二、美少女が言い寄ってくるのに逃す手はない。
其の三、でも、一人の女に縛られるなんてまっぴらごめんだ。
「オレはどうすりゃいいんだーっ!」
「妾と結ばれればいいのです!」
「ちょ、寝るにはまだ早いだろ。その前に風呂……はヤバイから、飯だ。オレは腹が減ってるんだ、飯にしろ、飯ッ!」
「そうですわね、まずは宴にいたしましょう」
まずはこれで一安心。




