鈴鹿御前編5
今は無き亀仙人の形見(?)の羅針盤を使い、その針が指し示す方角へ歩みを進めた。
すると、人気のない舗装された一本の道に出た。地図や人間の知らない行路だ。きっとこの先に鈴鹿のアジトがあるに違いない。
はやる気持ちを押さえて足を進めていると、やがて柏木原の彼方に絢爛豪華な御殿が姿を現した。
壮麗な御殿の敷地に足を踏み入れた桃たちは目を丸くした。
あんな鬱蒼とした山にこんな御殿があったとは驚きだ。
堀に掛かる紅い反り橋の前で、トラ耳の人影が桃たちを待ち受けていた。
影は三人。
赤フンの鬼が声を荒げた。
「貴様、いつかの凶暴女じゃねーか!」
凶暴女=桃。
「あんた誰だい?」
桃はすっかり忘却していた。
雉丸が桃に耳打ちをする。
「温羅のところであった奇人変態フルチンジャーですよ」
あれ、そんな名前だったっけ?
ポチがすかさず訂正。
「違うよぉ、フルチン戦隊赤フンジャーだよ」
これが正解だっただろうか?
猿助とかぐやは初対面なので正解を知らない。二人はコソコソ話をした。
「フル○ンだってよ、変態だな変態」
「ねー、フルチ○なんて恥ずかしくないのかしら」
「つーか、今はフル○ンじゃなくて横○ンだけどな」
避難の眼差しで見られた赤フンの鬼が暴れ出した。
「フルチンじゃねー! おらは鬼道戦隊鬼レンジャーのリーダー、赤フンの鬼レッドだ!」
さらに横にいた青フンの鬼が一歩前に出た。
「そして、俺が鬼レンジャーのイケメン担当、青フンの鬼ブルーだ!」
クールに鬼ブルーは前髪を掻き上げた。見るからにナルシストだ。
続いて最後に残った黄色いフンドシの巨漢が金棒を振り回しながら前に出た。
「おいどんは力自慢の大食漢、黄フンの鬼イエローじゃ!」
三人揃って鬼道戦隊鬼レンジャーと言いたいところだが、鬼レッドが頭を掻きながらすまなそうに口を開く。
「ちなみに鬼グリーンは家庭の事情でバイトが忙しくて、鬼ブラックは風邪で寝込んで病欠だ。メンバーが揃わんで悪いのお」
だからどうしたって話だ。
桃は背中に担いでいた物干し竿を抜いて、鬼レンジャーたちをタコ殴り。
一瞬にして鬼レンジャーは殲滅された。
虫の息で地面に這い蹲る鬼レッドが恨めしそうな眼で桃に手を伸ばす。
「卑怯者め……まだ我らは決めポーズもして……」
バタッ!
と、鬼レッドは力尽きた。
残る鬼ブルーは虫の息にもかかわらず、猿助に顔面を殴る蹴るされて、四谷怪談のお岩さん常態。
巨漢が自慢の鬼イエローは、桃にやられて地面に倒れたところで、かぐやに股間を蹴り連打。
鬼ブルーと鬼イエローも無惨に力尽きた。
猿助とかぐやは背中を合わせて息を吐いた。
「ふーっ、なかなか手強い野郎だったぜ!」
「まあかぐやの手に掛かれば雑魚だけど!」
まるで二人で倒したみたいな言い方だった。
そんな二人を置いて桃はさっさと歩き出していた。
「てめぇら、さっさと行くよ!」
無駄な手間を取らせてしまったが、鬼レンジャーは守っていた反り橋を渡ることにした。
堀池で錦鯉がぴょんと跳ねた。
それを見た猿助が一言。
「うまそう」
すぐに猿助の後頭部に桃の平手打ちが飛んできた。
「バカ言ってんじゃないよ!」
反り橋を渡りきると、そこには金銀で作られた塀と門があり、その奥に見えるは金銀七宝を散りばめた荘厳な屋敷。
この贅沢な御殿はすべて盗んだ財宝で造られているのだろうか?
屋敷の庭はこれまた美しい景色が広がっていた。
東西南北に分けられた庭には、各々に春夏秋冬の花々や景色が広がっており、春の息吹が心地よい風を運び、夏の力強い陽に輝く海の匂い、秋には色鮮やかな紅葉が心落ちつかせ、冬は白銀の雪が積もり化粧をしていた。
極楽浄土があるとすれば、まさにこんな場所なのではないだろうか?
桃は庭から土足で縁側に上がり、襖を力強く開けた。
青い畳が匂い立つ。その部屋の奥で机に寄りかかり、歌の本を読んでいた美少女が顔を上げた。
「……誰じゃおぬしら?」
紅の袴のしわを払いながら美少女――鈴鹿が立ち上がった。
鬼人族の黄色い瞳に見透かされているような気がして、猿助はドキッとした。
「こんな美少女を退治しなきゃいけないなんて、いっそ仲良くなったほうがいいんじゃね……ちょっと待てオレ」
と、猿助は心の中で呟いたつもりだったが。
「全部、聞こえてるよ!」
桃に殴られた。
鈴鹿が静かに微笑んだ。
「うふふ、おもしろい方々だこと。でも妾を退治しに来たとなれば、お相手せねばなりませんわね」
鋭い眼をした鈴鹿が妖刀大通連を抜いた刹那、その刀は宙を飛んで桃たちの襲いかかった。
まるで自ら意志を持っているかのように飛ぶ大通連。
飛んできた大通連に向かって桃は猿助を盾にした。
「死ぬーっ!」
猿助の眼前まで迫る刃。
ガシッ!
なんと猿助が大通連を歯で受け止めた!
目を丸くする鈴鹿。
「まあ、なんとおもしろい曲芸!」
手を叩いて喜ぶ鈴鹿にすかさず雉丸がリボルバーを抜いた。
放たれた銃弾。
キンと金属音が鳴り響き銃弾が畳に落ちた。
銃弾を防いだのは鈴鹿の周りを飛ぶ新たな妖刀小通連。
大通連を歯で挟んだままの猿助を盾にしたまま、桃は物干し竿を――ガツン!
天井に引っかかった。
狭い部屋だとすげぇ役立たず!
かぐやは机の下に隠れていた。
「お姉さま頑張って!」
桃に向かって親指を立ててグッドラック。
ポチは雉丸の後ろに隠れてブルブル震えている。
「みんな仲良くしようよぉ〜」
かぐやもポチも戦力外だった。
素早い身のこなしで鈴鹿は猿助から大通連を奪い取り、大きく後ろに飛び退いた。
「この大通連と小通連がある限り、妾を倒すことは不可能ですわよ」
鈴鹿の周りを飛ぶ二振りの刀はまるで盾でありながら、強力な武器でもあった。
桃の持っている盾が喚く。
「姉貴、相手も倒せないって言ってるんだから、ここは引こうぜ?」
「てめぇ、相手が美少女だからって肩入れいてんじゃないよ!」
「オレは別にそんなこと……」
「もういい、てめぇ一人で倒してきな!」
人間ロケット発射!
桃に投げられた猿助は鈴鹿に向かってぶっ飛ぶ。
大通連が猿助の首を刎ねようと宙を舞う。
「ぎゃーっ死ぬ死ぬ!」
真剣白歯取り!
再び猿助は大通連を歯で防いだ。だが、さらに小通連までも襲ってきた。
真剣白刃取り!
今度こそ本当の真剣白刃取りで猿助は小通連を防いだ。
ぶっ飛んでいた猿助はそのまま鈴鹿と正面衝突ドーン!
鈴鹿を押し倒して上に乗った猿助。が、猿助の首元には鋭い鉄扇が突き付けられていた。
たらりと汗を流して力の抜けた猿助の口と手から妖刀がポロッと落ちた。
妖刀を取り返した鈴鹿は猿助の腹を蹴り上げた。
猿助の眼が大きく見開かれた。
紅の袴の間からトラ柄パンツが見えた!
隣の部屋の襖が自動的に開き、バク宙しながら鈴鹿は大広間に飛び込んだ。
幸せに浸っている猿助の後頭部に本が投げつけられた。
「さっさと追うんだよ!」
桃の怒声で我に返った猿助だったが、鈴鹿を追わずにちょっぴり放心。
猿助の視線の先で寛いでいる四人組。お菓子を食べながらお茶を飲んでいた。
「おまえら、オレだけに戦わせてなにやってんだよ!」
地団駄を踏みながら怒る猿助。
雉丸にあ〜んしてもらってお菓子を口に運ぶポチは満足そうな顔をしている。
「こんなに美味しお菓子はじめてぇ、サルたんも食べたらいいのにぃ」
「食べたらいいじゃねーよ、食べてーよ!」
お菓子に飛びつこうとした猿助に桃が顔面に足蹴り。
「てめぇはあの小娘を倒してからにしろ!」
足蹴りされた猿助はぶっ飛んで隣の大部屋に落ちた。
「いてててて、ちくしょう……ったく人使いが荒いよなぁ」
猿助の様子を見ながら鈴鹿は口に手を当てて笑っていた。
「うふふ、本当におもしろい方。あんな凶暴な野蛮人にところにいないで、妾のところへいらっしゃいな」
しばしのシンキングタイム。
猿助は隣の部屋であぐらを掻いて大笑いして談笑している桃と、目の前に佇んでいる背筋をピンと伸ばした正当派美少女を見比べた。
「……ちょっと待てオレ。相手はいくら可愛いって言っても鬼だ。でも姉貴は中身が鬼だ」
真面目に考える猿助に鈴鹿はさらっと言う。
「何を本気で考えていらっしゃるの? ウソに決まっているじゃありませんか」
ウソかよっ!
大通連と小通連が放たれた。
猿助はエビ反りで大通連をかわし、ブリッジで小通連をかわした。
しかし、宙を舞う飛刀はかわしても追撃してくる。
大の字でジャンプした猿助の股下を大通連を抜けた。
残る小通連がケツに刺さって猿助は痛さで跳ねたら天井に頭をぶつけた。
「いてーよチクショー、ケツに穴が開く!」
「ケツには元から穴が開いてるだろうがバーカ」
片手間の桃がツッコミを入れた。
向こうの部屋ではおなかいっぱいでお昼の真っ最中。中でもポチは雉丸に膝枕されて幸せそうだ。
「むにゃむにゃ……もう食べられないよぉ」
なんとも言えない疎外感を猿助は感じて落ち込んだ。
「オレって何のために戦ってるんだ?」
思い出せ猿助!
お前は何のために戦っているのだ!
正義か、名声か、それとも……?
猿助の目に飛び込んできたふんどしTバック。
横になった桃が無防備にも寝転がってケツをこっちに向けている。
「そうだ、オレはあれのために戦ってるんだ!」
瞳に炎を宿した猿助は闘志を燃やして鈴鹿に飛びかかった。
「くらえ、そっちが飛び道具ならこっちは手裏剣だ!」
振り上げられた猿助の手から手裏剣がスルッと抜けて、サクッと畳の上に刺さった。その近くにはなんと桃が寛いでいたではありませんか!
「てめぇクソザル!」
立ち上がった桃に鬼神が宿り、怒りの鉄拳が猿助の顔面にクリティカルヒット!
やっぱり中身が鬼神だ。
鼻血の軌跡を描きながら猿助。
予測不可能な出来事に鈴鹿は目を丸くしたまま動けなかった。
ドシャン!
鈴鹿を押し倒して四つんばいで上に乗る猿助。
沈黙。
猿助と鈴鹿の目はバッチリ合う。
そして、猿助の唇に伝わるマシュマロの感触。
キッス!
猿助は眼を剥きながら飛び退いた。
一方の鈴鹿は頬を桜色に染めて恥じらっている。
「これが殿方との接吻……いいかも」
初めてのチュー!
鈴鹿は急に改まった態度で正座して、優雅につつましやかに頭を下げた。
「ふつつか者ですが、これから誠心誠意尽くしますゆえ、妾を妻として契りを結んでくださいませ」
「はっ?」
いきなりの求婚に戸惑う猿助。断るもなにも、首には大通連と小通連が刃を光らせ突き付けられていた。
イエスと答えなければ首が飛ぶ。
猿助は無言で小さくうなずいたのだった。
それを見た鈴鹿はニッコリ笑って、天井から伸びていた紐を引っ張った。
すると隣の部屋から悲鳴が!
寛いでいた桃たちの足下に落とし穴が開き、見事に不意を突かれて罠にハマッた。
落とし穴に真っ逆さま。
残された猿助はガボーンと顎を外した。
そして、鈴鹿はうっとりとした瞳で猿助を見つめていた。




