白雪と銀世界
十一月は、寒さがなかなか来なかったっていうのに、十二月になった途端、季節はこれまでの遅れを取り戻そうとするかのように冬になった。
小さな駅のホームで、首に巻いたマフラーを引き上げ、口も鼻もすっぽりと埋める。
町がまだ目を覚ましきっていない、午前五時五十分。しんしんと、なんて形容詞がぴったりと合いそうな、空から音も無く舞い降りてくる白雪と銀世界。
不景気で廃れた、とまでは言えないけど、栄えだす気配は全く見えない地方都市。駅の北側はそれなりだけど、今、俺が向いている南側は、再開発予定の看板以外はなにもない場所で、雪だけが映えている。
来月に迫ったセンター試験の事も相まって、このまま町が雪に埋もれたら――そう、ずっと昔の万博で話題になったとか言う、冷凍マンモスみたいに――時間が止まるような、そんな、気がした。
詩的になる、なんて、柄にも無いんだけどな……。
始発は六時三分。
もう少しだけ、時間がある。
遅れるよりは、と、……いや、待合室を早めに出たのは、それだけじゃない。
さくさくと、雪を踏む足音がする。
軽く肩越しに振り返り、再び顔を正面に向けた。
足音は、真後ろで止まった。
俺とはまるで違う、柔らかい気配。
振り返らないけど……いや、だからこそ、か、肩甲骨ぐらいまでの髪や、大きな目、本人はペチャっとしていて嫌だと言っていた鼻も、そうした紗知の顔や様子がはっきりと思い浮かんでしまった。
きっと、今は、退屈そうに空を見上げている。
微かに、聞こえた溜息の音は、降り続いている雪に吸い込まれていった。
背後に居る元クラスメイトの新田 紗知とは、中学の頃、仲が良かった。
あれは、中一の秋の話だったかな。
思い出すと、少しだけムカつきつつも、苦笑いがこぼれてしまう話だ。
「ここでクイズです」
ビシッと俺を人差し指で――てか、指差すなよと思ったが、指摘する間も無く新田――そういえば、中二までは、俺もアイツのこと、新田って呼んでたんだよな――に畳み掛けられた。
「キミが、どうして放課後のこんな時間に教室に居るのか、みなまで問うまい」
いや、普通に部活後にプリント忘れて、一回教室に寄っただけだが。
「文化祭実行委員の委員会の開催日は?」
答える間も無く、新田に詰め寄られる。
「確か、今日」
数時間前の帰りのホームルームの内容を忘れるほど俺はボケちゃいないので答える。
うんうん、と、新田は腕組みして大きく頷き――、その様子に満足して教室を出ようとした俺の腕を掴んだ。
「男子の実行委員は誰でしょう?」
え? と、一瞬だけ心臓が冷え――。
「俺じゃない」
そう、俺は確か……あれ? なに委員だっけ? ロングホームルームの籤運が良くて、多分、なにかほとんど活動しないやつだと思ったけど。
新田は再び満足そうに頷いたので、俺はその後の展開を予想し、ガチで教室から逃げようとしたが……。
「今日休みだし、あの人さ、特になにも考えないで色々、ほら、部活とか掛け持ちしてるから、出席率悪いんだよね」
「そうですねー」
「わあ、なんて素敵、女の子を助けてあげるとか!」
「言ってねぇ⁉」
結局捕まり、なし崩し的に、文化祭実行委員に転属させられ……それ以降、なんとなく、五十嵐と一緒に行動することが増えてった。
二年でも同じクラスだったからかな。二年の時は、最初から一緒に文化祭実行委員をやったし、それからは学校外でもなんとなく会う機会が増えていって――。
ちょっと強引でノリがウザめの時もあるけど、それも込みで、まあ、可愛いかな、とは思っていたし。周囲の公認っぽい雰囲気でもあったので、いつか、付き合えるかな、とか、そういう気持ちがあったのも事実だ。
……ただ、違う高校に進んでから、特に連絡を取ることも無く、なんとなく距離が開いて今に至っていた。
特になにかあったわけじゃない。喧嘩したわけでもない。いつのまにか……友人じゃなくなっていただけ。だから、どうして良いのか分からない。紗知が、女の子だから、余計に対応に困る。しかも、中学の頃はかなりアグレッシブな性格だったのに、今はどこかお淑やかっぽい雰囲気も出しつつあるので尚更。
多分、来年、大学に行ったら、もう、他人になるんだろうな。
それが、良いことなのか、悪いことなのかは、分からない。判断するようなことじゃない。そういうものだというだけ。
気持ちは、いつか冷めるものだ。
季節だって、夏の後に秋が来て、今は冬。
好き、だったかもしれない想いも、中途半端なままで消えつつある。
もうすぐ、電車が来る。
そんな時だった、古びたスピーカーからノイズ交じりに『積雪のため、上下線共に五分ほどの遅れが……』なんて、アナウンスが――。
とん、と、背中になにかがぶつかった。
「あ」
振り返ると、紗知と目が合う。
待合室に戻ろうとして、俺の背中にぶつかったらしい。
目が合う。
紗知の顔が――、警戒心を抱いていなかったからだったと思う、つい、ぷ、と、軽く噴出してしまった。
紗知の顔が綻んで――、次の瞬間、少し怒ったような顔をして、軽く、べ、と、舌を出して見せてきた。
ふふん、と、ちょっとだけ俺は意地悪く笑い――。
「「久しぶり」」
声が、重なった。