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三輪車画家の友人

作者: 山田さん

「君、またそんなの描いてるのかい?」

「そんなのってことはないだろ。私はこれで生活しているんだ」

「はぁ。世の中には物好きが大勢いるもんだね」

 彼はそう言うと、その辺の三輪車の一つに腰を下ろした。

 私は巷で少しは名の知れた油絵の画家である。若いころはいろいろなことにも挑戦しては失敗していたが、今では絵の仕事だけで生活できるようになってきた。貧しい暮らしだが、私は絵が描ければそれでよかった。

私は主に三輪車の絵を描いている。三輪車の絵といっても、それ単体を描いているわけではなく、三輪車のある風景が多い。広い広い草原で風を感じるようにたたずんでいる赤い三輪車。日常風景にあるような民家のある路地にある青い三輪車。満天の星空を悠々と空飛ぶ三輪車。最初こそなんで三輪車なのかと聞かれたものだが、『ここにピタリとハマるのが三輪車なんです』と答えたところ、なぜかこの発言が大々的に取り上げられ、三輪車画家として、名を知られることになった。

 そもそも私は三輪車が好きで、人物というものをあまり描かない。描いているうちに資料として買い始めた三輪車が、無駄に広い部屋の中のそこかしこに絵から出てきては散らばっている。そんな気がしている。

そんな私の後ろで暇そうに私の絵をあくびをしながら見ている彼。

 彼は、彼の言葉で言うなら『腐れ縁』というやつだそうだ。私自身は友人だと思っているのだが、彼はそれを認めようとしてくれていない。私がそう言うと彼は怒って出て行ってしまう。そんな関係だ。

 そして彼が私の元へ来るのは、報告することがあるか、相談事があるか、そのどちらかだ。

 私はキリの良いところで筆をおき、彼の方を向いた。

「それで、今日はどうしたんだ?」

「驚いたな。またいつもの読心術かい?」

「君がここに来るのはだいたい何かあるからだ」

 まいったな、と小さく笑い、彼は話し始めた。

「今日もまた友達を無くしてしまったよ」

 またか。彼の話の大半はこのフレーズから始まる。私が三輪車を好きなように、彼もまたこのフレーズが好きなようだ。

「彼は面白かった。眼鏡を売る仕事をしているせいか、とてもメガネが似合う人だった。彼とはこのメガネを選んでもらったときに意気投合して、それから一週間に数回、軽い昼食や仕事終わりの一杯を付き合う仲にまでなったんだ」

 彼がかけていたノーフレームの眼鏡に目をやると、視線に気づいた彼がクイっとフレームを指で動かした。

「そして昨日の夜か。そのメガネの彼とバーに飲みに行ったんだ。僕は我慢していたものだから、ついにやってしまったよ。僕の悪い癖なのかもしれない」

 なにが『なのかもしれない』だ。完全に一般人の常識からはかけ離れているんだから、それはもう癖とかそんな域のものではない。ただ悪い性癖だ。

「また酒をかけてしまったんだ」

「また、か」

 彼は仲良くなった人と飲みに行くと、なぜかグラスに入った酒をかけたくなる衝動に駆られるらしい。さすがに最初の頃は理由を尋ねたが、『かけたときの驚く顔が好きなんだ』とのこと。常人には理解できないその行動のせいで、彼は仲良くなった友人のほとんどを失っているそうだ。

「メガネの彼も驚いていたよ。『何するんだ! パンツまでぐしょぐしょになるじゃないか!』って声を荒げていたんだ! その姿はとても面白かった!」

 そう言って笑う目の前の彼。きっとこんな調子で本人の前でも笑顔だったのだろう。

「はぁ……」

 嬉しそうにそう語る彼の姿を見て、私は深くため息をついた。

「……やっぱり引いてるかい?」

「まぁいつも通りの展開だから言うけれども、引いてる」

「はぁ。やっぱりか」

 残念そうに言うものの、やはりどこか嬉しそうに見えるのは錯覚だろうか?

「僕のこの性癖を理解してくれる女性は現れないだろうか」

「いるわけないだろう。世界のどこを探せばいるというのか。第一、飲みに行くたびに酒をかけられるんだから、毎回着替えを持っていかなければならないじゃないか。面倒すぎる」

「相変わらず君はズバッと物事を言うねぇ」

 本当に彼は私の話を聞いているのだろうか? 軽く流し過ぎじゃないか?

「もう女性で探すのは無理かもな」

「んー……僕のこの趣味を理解してくれる人間か……」

 彼は顎に手を当てて考え込み、そしてフッと目線を上げると、思い立ったかのように私を見た。

「…………」

「…………」

「……ちょっと待て。私にそっちの趣味はない」

「まだ何も言ってないじゃないか」

「これから言われた時の予防線だ」

「じゃあそっちに目覚めたら連絡をしてくれないか」

「断る」

 私は彼を趣味を理解しているわけではない。ただ面白いと思うからこうして付き合っているわけで、ただの友人だ。ましてやそれ以上の関係なんて求めていない。いや、求めたくもないし求められたくもない。気持ち悪い。

「ふむ。僕の春はまだまだ遠そうだな」

「しばらくは来ないだろうな」

「そうツンツンしなさんな。僕は今のちゃらんぽらんな人生を気に入ってるんだ。好きでやっていることなんだから、君は気にしなくてもいいさ」

「気になどしていない」

 私はそういうと、描きかけの絵に向き合った

 彼はこの話はおしまいだと悟ったのか、座っていた三輪車を器用に漕いで私の横までやってきた。

「今回のタイトルはなんだい?」

「雪解け前の三輪車、だ」

「ほうほう」

 今描いている絵は、『少しさび付いた赤い三輪車に溶けかけの雪が乗っている軒先』というテーマで描いている。もちろん完成図は頭の中にできているため、彼に説明するのは少し手間取った。彼には芸術的センスというものが欠けている。赤い三輪車の周りを黒く塗ってしまうような男だ。せっかくの赤が黒に押しつぶされて苦しそうだ。そう言ったときの彼の返答は私には理解できなかった。『黒の中でたくましく生きる赤って素敵だと思わないかい?』とのこと。彼の感性はきっと常識から外れているということの証明なんだということで、私の中で落ち着いた。

「綺麗だね。僕には君がどうしてそんなすごい絵が描けるのか不思議でならないよ」

「私だって君がどうして誰彼構わず酒をかけたがるのかはわからないさ」

「人間とは不思議な生き物だね」

「ロマンチストになったつもりかい? ただ君が一般人とずれているだけに思えるけどね」

「それはわからないだろ? 芸術家というものは世界で『変人』というのが普通なんだ。だから君もこっち側の人間さ」

「至って不本意だ」

「人生は不条理で不本意で理解できないことの積み重ねさ」

「君、詩人にでもなったらいいよ。ポエマーとかかっこいいじゃないか」

「ふむ。それも考えてみるかな」

 そう言って彼を見ると、ちょうど彼もこちらを見ていて、二人でプッと吹き出し、笑いあった。

 この一般常識からかけ離れてしまっている彼は、私の数少ない友人の一人だ。

 きっと来週にもまた友達を失った報告をしにくるんだろう。

 少し迷惑だが、それはそれで楽しみにしている私も、彼とまた同類なのだろう。





おしまい。


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