七月の天敵
吾輩は魔王である。名はシュラハトシュベルト。
遥か未来の、剣と魔法の世界でこの世に生を受けた。
なんでも先代の魔王が人間などというか弱き生物の中でも、勇者と呼ばれる物理法則を無視した者に打ち取られた時が、吾輩の誕生の瞬間らしいのだ。
魔王の称号は代々受け継がれてゆく、吾輩の孫娘も今頃は魔王と呼ばれているであろう。
なにせ吾輩も勇者とやらに敗れ去り、命からがら逃げだした先は見知らぬ土地なのだ。
配下は最下級の使い魔であるバット君だ。
もちろん蝙蝠である。
それも小さなアブラコウモリである。
何とも頼りない配下であった。
この見知らぬ土地。
吾輩のいた時代よりは過去だというのに、この高度な文明はなんなのだ。
常識を超えた高層建築。
宵闇を照らす煌めくエネルギー。
聞いたこともない騒音。
馬がいないというのに動く荷馬車。
なんなのだ。
一体なんだというのだ。
魔力がまったくないというのに、なぜここまでの文明があるのだ。
それになぜだ。
なぜ魔族がいないのだ。
なぜ人族しかいないのだ。
「ふしゃぁっ!」
吾輩は籠の中の鳥である。
理由は至極単純だ。
魔力がなくなり、配下も捕らえられたために姿を維持できなくなった吾輩はあっけなく人族に掴まってしまったのだ。
目の前には真っ黒な獣が一頭。
吾輩を見下ろしているのだ。
この籠がなければ今頃は餌食になっているであろう。
カチャ、カチ、カチ、カチン、カチャン……。
非常に不味い。
籠の扉が開け放たれてしまった。
獣が入り込んでくる。
足を、その鋭い爪をにょきっと出しながら吾輩へと向けてくる。
吾輩は体格差を活かしてするりと隙間から逃げ出した。
木張りの床の上を全力で走る。
背後からは真っ黒な獣が迫ってくる。
ふわふわしていてみゃーとなく獣は、この家の人族には『ミィ』と呼ばれている。
つまるところ猫だ。
しかし今の吾輩からすれば、ケロべロスに変わりない。
勇者に敗れてからというもの、本当に危険なことだらけだ。
なぜ人族はここまで恐ろしいのだろうか。
あの頃は考えもしなかった。
吾輩の孫娘がなぜあそこまでひ弱な人族を恐れていたのか。
しかし今ならば分かる。
人族は残忍な種族であると。
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私は猫である、名前はミィ。
どこかの路地裏で生まれ、野良の人生を歩んでいる最中、入り込んだ家で捕獲され今に至る。
最近、彼が新しいペットを連れてきた。
文鳥のシュゥだ。
どうもお店で購入してきたのではなく、捕まえてきたらしい。
この国に野生の文鳥はいないはず。
誰かが逃がしてしまったのを捕まえたのだろうか。
しかしこの文鳥からは文鳥ではない文鳥らしからぬ気配がする。
強いて言うならば妖魔。
このままここに置いていては彼と彼女に何かが起こる。
だからそうなる前に私のテリトリーから追い出してしまおう。
出来ることならばここで仕留めて埋めてしまおう。
幸い彼は、今のこの状態、私が文鳥を追い回すという状態を見て見ぬふりをしている。
つまり、何をしようとも許されるのだ。
覚悟するがいい、文鳥の姿をした妖魔め!
「しゃぁぁっ!」
「ぴぃぃぃぃぃっ!」
「こら、ミィちゃんダメ!」
彼女に怒られてしまった。
むうぅ……仕方がない、見逃してやろう。
別作品のモブAがあまりにも出番なさすぎだったので……。