「……ねぇ、見物料とるよ?」
夏です、暑いです。
私は可愛いです。
てか私はオールシーズン美少女だよね。
しかしまあ、夏ってストレス溜まるよねぇ。
梅雨もじめじめしてて嫌いだけど、夏は格段に嫌いだ。
特に理由はない。
毎年つい素が出そうになって苦労するけど、高谷は余裕の笑みでみんなににこにこしてた。
安定にイライラして、足を踏んでおいた。
「何見てんの? 須藤さん」
「アリ」
アリって小さいよね、いかにも弱者な感じ。
ぶちって踏んじゃえば死ぬのに、それでも健気に頑張ってる感じがとにかく気に入らない。
私はGなんかよりアリが嫌いだ。
「私アリになりたい」
「今日はメルヘンチックだね。路線変更?」
「アリってメルヘンなの?」
こんな超絶美少女に嫌われちゃってる惨めなアリになりたい。
国語準備室。
うちは全教室冷暖房完備なのに、この教室だけついていない。
だからやたら暑い、ここだけ熱帯。
少しでも風を取り込んで涼しくしようと窓を全開にして、上半身を外に出す。
でも外も暑いよね、夏だもんね。
暇なので窓から乗り出した状態でアリを眺める。
高谷は本を開いていて、たまに私の様子を見ては話しかけてくる。
……暑い。
ここまで暑いんだからさっさっと夏休みに入ればいいのに、まだ期末テストがある。
中間テストはほとんど私と一緒に国語準備室で駄弁ってただけなのに、高谷はまた満点で一位だった。
私は全体で2問間違って二位。
高谷に対する嫌悪感は薄れてきたと言うのに、中間のせいで好感度ただ下がり。
残念だな、高谷。
「そのアイスどうしたの」
「んー?」
シャクシャクとソーダ味のアイスを見せつけるように食べていると、珍しく不機嫌な高谷が問う。
どうやら高谷は夏が嫌いみたいだ……もしくは、本気で猫を被るのをやめたのかも知らないけど、前者の方が恐らく正しい。
高谷が猫被りを始めた理由は多分私と同じで“うまく生きるため”という単純明快なものだろうと思うから、私より完璧主義の高谷が猫を完全に外すときは来ないと憶測。
多分当たってるだろう。
「さっき先輩がくれた。ほら、私可愛いから貢ぎたくなるんだよね」
「俺は餌付けにしか見えないんだけど」
「多分目が腐ってるんだと思うよ」
全部食べ終わって、棒をくわえたままアリの行列をぼーと眺める。
アリを見て優越感を感じるのって、多分私結構キてる証拠だよね?
高谷と一緒にいても特に苦痛を感じなくなって、たまに血迷って会いたいとか思う始末だけど、高谷といると私は完璧なはずなのに劣等感を感じずにはいられない。
高谷>私>>>>アリ
いや、待てよ。
アリもっと後ろだろ、でしゃばんなし。
イラついたからアリに八つ当たりをしようと窓から出ようとしたら、ベストをぐいっと引っ張られて制止する。
「上靴……いや、それ以前の問題か。須藤さんって性格悪くて計算高いくせに奇行が目立つよね」
「可愛いが抜けてるよ?」
「……」
黙りこくった。
うん、私勝ったね!
何も言い返せないでしょう、だって私可愛いもんね。
さてさて、期末の勉強でもするか。
言っておくけど、私は天才じゃないのですよ、天才生まれの努力型でありますよ。
本当の天才って言うのは、全く勉強した形跡を見せないのに毎回満点の高谷のことを言う。
……実は隠れて勉強してんのか? とも思う。
そうだったらウケるけど、多分ない。
高谷は成績とかに執着を見せない人だから。
鞄からごそごそと勉強道具を取り出していると、高谷からの視線が刺さる。
めっちゃ見てる、眼力で殺す気か!? くらい見てる。
……えーと、私に見惚れてる、でいいのかな?
私可愛いもんね、仕方ないよね。
「……ねぇ、見物料とるよ?」
とっていいと思うんだよね、私それくらい可愛いし。
「睫毛長い」
「え、知ってるけど」
「白いし細い」
「んんん……えっ、うん」
「目の色、薄いね。髪の毛綺麗」
「私が一番知ってるけど……? えっ」
高谷が変だ。
別に言われ慣れてないから戸惑ってるわけじゃない。
容姿の端麗さに対する称賛は小さい頃からよく言われていた。
でも高谷は適当に合わせて“はいはい。可愛いね”とかあしらうようにしか言わなかったから戸惑ってるわけで。
いや、うん。
私可愛いもんね?
全部事実だし、てか私の可愛さを表すのはそんな陳腐な言葉じゃダメだよ高谷。
やり直しだよ、落第点だよ。
「ちょっとキモい。ごめん高谷キモい近い」
高谷の綺麗な顔が近づいてくるから後ずさる。
バッと両手で可愛い顔を覆って、強制終了。
私いつも思うんだけど、この可愛い顔を無償で晒すのは勿体無いでしょ。
「マジで見物料とるからね!?」
「……照れてるかわいー。とか言うところなのか、見物料ってクズかよ。と突っ込むところなのかちょっとわかんない」
「突っ込むっていうか、私いつでも本気だけど? てか照れてねぇーし、死ね」
ていっと顔に伸びてきた高谷の手を払う。
こいつ、学習しねーな!
「顔触るのはやめようか。マジ無理なんだって、暴走するから」
「……それさ、何で?」
「だから、けっ…、」
潔癖性だから。と言いくるめようとすれば、私の苦手な見透かすような探るような目を向けられる。
……嫌だ、やめて。
やめて。
やめて。
高谷は嫌いじゃない。
でも、その目は嫌いだ。
視界が歪む。
だから反応が遅れて、今度は伸びてきた高谷の手を振り払うことはできなかった。