「須藤さん、俺のこと嫌いでしょ?」 side 高谷 澪
俺が須藤さんを初めて見たのは、中学の時だった。
中学のときに引っ越してきた俺は知らなかったが、須藤さんは地元ではかなりの有名人らしい。
その姿を見るまでは不思議に思っていた俺だったけど、すぐ納得した。
中学は違うけど家は近所だから、クラスメートの槙瀬と一緒に帰ってるところを何度か目撃したから。
生まれつき色素が薄いのか、ふわふわと揺れる栗色の髪。
それと同色の大きな瞳は遠目からでもわかるほど長い睫毛に縁取られていて、血の通っていなさそうな白い透き通った肌。
すれ違う人の全員が彼女を振り返って、感嘆の声を漏らす。
生きていないような、人形のような、そんな言葉では表せないほどの美貌はむしろ整いすぎて不気味でゾッとした。
消えてしまいそうだとも思った。
でも細くて華奢で庇護欲を掻き立てられるのに、どこか弱そうな雰囲気が嘘っぽく見える。
俺は多分美形の類いに入ると思う。
小さい頃から媚びてくる女はたくさんいたし、この年齢で歪みきってしまっているし、それに言葉とは裏腹に隠している真意を見透かす力はあると思う。
昔から頭は切れる方だから。
だから、確信した。
あの謙虚で常に笑顔の須藤さんは、作り物なんだって。
話したこともなかったのに、そう決めつけて勝手に軽蔑してた。
あざとく自分を隠す女は嫌いだ。
高校に入って、須藤さんと初めて関わった。
優等生の人気者ポジを守るのに必死で徹底しすぎてて演技うますぎるしやたら年季入ってるから、これ素なんじゃねーの? とたまに思ったりしたけど、学力テストで須藤さんに勝ったからか嫌われてるみたいで、たまに憎悪混じった視線を向けてきたから騙されなくて済んだ。
てか、学力テストの上位はほとんど外部生だし、須藤さんが負けるのって仕方ないことなんじゃないの?
まあ、多分あの人はそんな慰め嫌だと思うけど。
ストイックなのか、少し狂ってるのか、どっちにしろ行き過ぎてるんだとは思う。
まともに話したことはないけど。
「須藤、クラス委員お願いできないか?」
「私でいいなら」
あざとくはにかみむ。
やっぱり可愛い。
可愛いって言葉で表していいのか迷うくらい。
「高谷はどうだ?」
ここは、断るところか?
須藤さんがあまりにも複雑な表情を周りに見えないように向けてくるから、何か面白くて無意識に笑顔で返事をしてた。
「よろしくね? 高谷くん」
「うん」
あー、ほんと徹底してるわ。
多分須藤さんって、かなり自分のこと好きだよね。
たまにバレないように観察していると、物に当たる癖があるみたいだ。
イライラしてるときは人前だったら、手に持っているものを気づかれないように力一杯握り潰している。
猫かぶりなんか、やめればいいのに。
どうして自分のことが好きなくせに、自分を偽るんだろう。
そう思っても自分からは話しかけれずに、ただただ見つめるだけの時間が過ぎた。
最近の悩みは、彼女がめんどくさいことだ。
“今何してるの?”“どこにいるの?”“誰といるの?”
何なの、バカなの。
学校にいるときでも、まだ休み時間とかならいいよ。
普通に授業中にくるから参る。
─────好きだった、はずなんだけどなぁ。
中学のときは、いい子だったんだ。
須藤さんみたいに裏表はなくて、素直で。
でも高校が離れて不安なのか、重い。
その重さが俺の許容範囲じゃなくて、好きって感情がどんどん薄れていく。
もしかしたら、好きじゃなかったのかもしれない。
思い込んでただけで、俺は人を好きになったことがないのかもしれない。
好きじゃなかったのに、彼女を振り回してしまった罪悪感で、別れを切り出せないでいた。
「私とキャラ被るじゃんか!!」
そんな声と誰もいないはずの教室からバンッと何かを机に叩きつけた音がして、眉を潜めた。
彼女からのLINEが面倒で机の中にスマホを押し込んでいたから忘れていて、それを取りに来たときだった。
「……っんと、マジで何なの高谷 澪!うざいうざい!! 大体なんでこの私が負けるの!?」
小声だけど、近づけばはっきり聞こえる。
須藤さんの声だ。
須藤さんは外見もだけど、声もなかなか可愛い。
誉められて愛されるべき条件で生まれてきてるはずなのに、何で必死に完璧を守ろうとするんだろう。
完璧じゃなくても、多分須藤さんはそのままで愛されるはずなのに。
「なのに!! あいつが入ってから常に二位って!! 二位って中途半端で、」
ガラッ
気がつけば、無意識にドアを開けていた。
ここで開けるのは非常に面倒だってわかってるのに、何で開けたんだ俺。
自分の行動に驚いていると、須藤さんは至極冷静に、完璧な作り笑いを浮かべた。
ああ、綺麗だな。
でも俺は、どうしてかわからないけど本当の須藤さんを見たかったりする。
「須藤さん」
「うん?」
「須藤さんって、猫被ってるよね?」
俺がそう言った瞬間、須藤さんは笑顔を取り払う。
「それが何?」
須藤さんは意外とすんなり認めた。
やたら守ってたくせに結構単純。
そんなこと思ってるなんてバレたらきっと須藤さんは怒るから、バレないように誤魔化すために顔を少し歪めた。
「まあ、どうでもいいんだけど。そんなことより何でここ来たの?」
すごいなぁ、変わり身早いなぁ。
清々しいレベルだわ、これ。
声のトーンもいつもと違うし、いつもにこにこ笑顔浮かべてたくせに本当は無表情なんだ。
でも無表情の方がやたら人形らしく見える。
生きてないように見える。
「……普通、そんな簡単に認める?」
「めんどいやつだなぁ。話が進まないじゃん」
「須藤さんって、何なの?」
口からつい出た。
須藤さんの顔に“は?”と明らかに嫌悪の色が見えた。
大分嫌われてるみたいだ。
「何で猫被ってるの?」
「あはっ。高谷に言う意味」
「……作り笑い、気持ち悪い」
「は? 超絶美少女の私に何言ってんの? バカなの? 私の魅力がわからないとか終わってるね」
うっわぁ。
予想を絶するね、遥かに越えてきた。
清々しいっていうか、まあ可愛いのは事実だからいいんだけど、真顔でいってる辺り図太すぎる。
普通に引くんだけど、普段作りすぎだろ。
まあ、猫被らないと上手に生きられないのは同意するけどね。
「確かに須藤さん可愛いけど」
「うん、私が一番知ってるよ?」
「……ちょっと掴めてきた」
この人、ほんとに自分のこと大好きなナルシスト人間だ。
しかもトチ狂ってる。
“掴めてきた”に反応したのか、視線に嫌悪と軽蔑が混じる。
あー、須藤さんすごいね。
「それ、手伝おうか?」
「いらない。うざい。高谷の手伝いなんてされるまでもなく、こんなの簡単にできるし。何なの、なめてるの?」
須藤さん、かなりめんどくさいなぁ。
「須藤さん、俺のこと嫌いでしょ?」
わかっててそれだとかなりの空気読めないやつだわ、この人。と目が語ってる。
本性出さば、こんなにわかりやすい人間だったか。
俺から見れば外面の方が分かりにくくて掴めない人だ。
「嫌いだよ? あ、大嫌いの間違い」
「一緒に帰らない?」
「は? え、何何バカなの? バカすぎて驚くんだけど、引くんだけどー。普通さぁ、自分のこと嫌ってる人と一緒に帰りたいなんか思う?」
「須藤さんに普通を語られても」
「何? 私のこと好きになっちゃった? まあ、私可愛いもんねー」
「まさか。自惚れないで」
まあ、須藤さんくらい可愛かったらほとんどは須藤さんのこと好きになるだろうね。
性格悪くてナルシストだけど。
てかブス専の人でも須藤さんが本気出せば落とせる気がする。
「でも、おもしろそうだなーとは思う」
あざとい女は嫌いだ。
でも、須藤さんは違うね。
モテることとか考えずに、猫被ってるけどそれすら自分本意なんだ。
自分しかいない須藤さんの世界に、無理矢理割り込んでみたくなる。
須藤さんが、面倒だから必要ない。と自分以外の───感情や他人を排除した世界に。
捨てたように見えるのに、それでも居座り続けてる須藤さんの感情を見てみたいと思った。
「死ね」
にっこりと笑うから、意図して泣くこともできるのかなって考えた。
考えて、泣かしてみたくなった、俺の手で。
笑わせてみたくなった、作り笑いじゃない、自然な笑顔で。
「これ職員室ね。拒否権なしだからね。ついでに言うと、私はあんたとは絶対帰らない。ということで、ばいばい。あ、別に私の本性バラしてもいいよ? 多分みんな信じないから」
早口でそう言って、無理矢理書類を押し付けられる。
……あれ、これクラス委員の仕事だったんじゃ? と思って須藤さんに声をかけようとしたけど、時すでに遅し。
超ダッシュで須藤さんは廊下を走って玄関に向かってる。
いくら人が少ないからと言って、徹底してるわりに詰めが甘い。
優等生は廊下なんか走らないんだよ?
しかもやたら速いんだけど、運動もできるのか。
「────バラすなんて、しないよ?」
あんな面白い女の子、俺生きてきた中で初めて会った。
好きかどうかと聞かれたら答えられないけど。
外見だけじゃなくて、すべてが可愛いとは、思うから。