「よくわからないけど、名前なんて記号でしょ」
「伊咲と高谷くんって仲良いの?」
「うん? クラス委員だから普通に話したりするくらいだけどなぁ」
仲良いわけないだろ。
仲良いわけないだろ。
仲良いわけないだろ。
どこからそんなデマが!!!
情報源を完膚なきまでに叩き潰したい衝動に駆られる。
猫被ってる手前やりにくいけど、やろうと思えばできるぞ。
あー、どうしようかなぁ。
私可愛いから妬まれたりはしないだろうけどね、何度も言うけど頑丈な信頼築き上げてるし。
「クラス委員ー」
「……はい」
うちの担任人遣い荒すぎるだろ、何なの!?
私と高谷を接触させて何したいの!?
「須藤さん?」
「何」
今日は国語準備室の整理だと。
いや、これクラス委員の仕事じゃなくね。
ちなみに担任は国語教師である。
バラバラとそこら辺にあった本を捲る。
……恋愛小説じゃないか。
国語教師よ、こんなの置いていいのか?
ふむふむ、何……、
「須藤さん、何してんの?」
「うるさいなぁ。何? 高谷」
「早くやって帰ろうよ」
「……グスン」
「嘘泣きヤメテ」
「チッ」
渋々、本棚に小説を戻す。
あとでさりげなく担任を脅してやろうかとすら考える。
そして恋愛小説の“ある設定”を自分に当てはめて計算する。
「ねぇ、高谷ー」
「うん?」
床に乱雑に置かれていた本を積んで持ち上げていてる高谷に声をかける。
私から話しかけるのは何とも不本意ではあるけど、“須藤と高谷が仲良い説”の方が不本意で仕方ないし、こっちは国語教師の恋愛小説でふと思い付いた作戦を実行するタイミングを見図らなければいけないんだから。
「高谷って超絶美少女の私と仲良いんだって。嬉しい?」
「頭沸いてんの?」
「高谷の口がどんどん悪くなっていくー」
「お陰様で」
「まあ、私はすっっっごく嫌なんだけどねぇ」
はははっと乾いた笑いを溢せば、高谷は私を一瞥して溜め息をついた。
私は笑みを浮かべたまま、そこらにある本を数冊拾ってドシッと高谷が持っている本の上に積み重ねる。
結構重い、おつだな。
スマホのバイブが鳴って、取り出してみると予想通りの人物の名が表示されている。
LINEを開いて、返事を打ち込む。
「彼氏?」
「…………高谷ってさぁ、彼女いないの?」
トントンと文字を打ち込みながら、高谷に問う。
私が高谷に興味を示したことに驚いたのか、一瞬息をつまらせて、ん。と小さく声を出した。
「いるよ」
へぇ。と適当に返す。
まあいるだろうな、とは思ってた。
高谷はモテる。
私の次(信じたい)に人気者である。
だから告られるんだけど、私の友人(らしき人)の情報によると全て断っているらしい。
まあ、この可愛いを超越してる私に彼氏がいるんだから、イケメンと称される高谷に彼女がいても特に取り立てておかしなことはない。
「じゃあ、教えて?」
ねぇ。と響いた自分のか細い声に一瞬たじろぐけど、言葉を紡ぐ。
「どうしてうまくいかないのかな」
まあ、いいけど。と漏らせば、よくないだろ。と小さく聞こえた。
その意味を問うように首を傾げると、すごく切ない顔をされたから思わず目を背ける。
「私さ、自分の名前好きなんだよね」
「……唐突だね」
そうだな。
でも私はとりあえず話題を逸らしたくて必死だから付き合ってほしい。
自分で振っといてなんだけど。
「特別感あるでしょ? いさき。私のためにあるみたいで好き」
我ながら私らしい理由だよなぁ。と思う。
私の世界には私しかいないの。
自分が中心で、ぽつぽつと小さなところに他人がいる。
よく話す友人でも、その大きさは変わらない。
だから、私が一番戸惑っているのは、嫌悪感がすごすぎて“高谷 澪”の範囲がどんどん広がっていってること。
「へぇ、俺は小さい頃自分の名前嫌いだったけどね」
まあ、“澪”って基本女の子だもんね。
ブスが高谷の端麗さを妬んでからかってたとか容易に想像つくけど。
ちなみに私は超絶可愛いけどいじめられたことは一度もない。
性格悪くても頭と顔と外面と愛想がよかったら何とか生きていけるものだよね。
「よくわからないけど、名前なんて記号でしょ」
“澪”って名前は綺麗だと思う。
羨ましくはないけど。
それに高谷が嫌ってようが嫌っていまいが、私には関係ない。
私にとって他人の名前はただの区別するための手段。
だから高谷は気にしなくても良い。
そんなことより高谷はいろんなものたくさん持ってるんだから、名前まで完璧を求めるなよ。と無様に嫉妬。
そんな私もくっそ可愛いけども。
「……自分の名前好きっていったくせに。記号で良いんだ」
「ほら、だって私自分のこと好きだし」
しょうがない。
私はどう足掻いても性格直せる気がしないし。
可愛いのも完璧なのも事実なんだから、誇ったって良いでしょう?
自分中心で自分優先で、それって楽しいでしょ?
「会話噛み合ってない気がするのは俺だけなの?」
「あ、彼氏迎えに来たから返っても良い?」
「ねぇ、狂ってんの?」
真顔で言ってるけどキレてはなさそうな温厚な高谷に笑顔を向ける。
「狂ってて儚いでしょ?」
完璧な笑顔をくっつける。
誰もが見惚れてしまう笑顔のはずなのに、高谷は動きを止めるだけで何の反応もないからつまらない……というか。
あれれ、とつい笑顔が歪む。
おかしいなぁ、本気で高谷はブス専かもしれない。
それは困った。
─────まあ、でもそんな高谷は少しだけ嫌いではない。
「あとはよろしくー」
身を翻して逃げるように国語準備室から出る。
なぜ、落ちない。
私に何で落ちない。
ぐるぐる廻る疑問に、完璧なはずだった笑顔が崩れそう。
唐突に嫌悪感の中で生まれたほんの少しの感情に、振り回される一歩手前。
「私を好きにさせて、ギッタギタにふってやる作戦だったんだけど、長期戦覚悟?」
国語教師の置いていた恋愛小説の設定を真似たせいで、とてつもなく面倒な作戦に片足を突っ込んでしまったのは気のせいではないよな?
─────────────
「……須藤さんって、ほんと変」




