「俺の持ってないものを持ってる須藤さんが、すっごく好きなんだ」side高谷 澪
電話越しにものすごく小さく“会いたい”って聞こえて、何があったのかわからないのに泣きそうになって、声を振り絞って“うん”って返事をした。
「須藤さん、」
やたら大きい須藤さんの家は、多分空っぽなんだろうなぁって思った。
玄関から出てきた須藤さんはまだ制服で、さっき送ったときと同じ格好をしてて、それでも違うのは目が少し腫れてるところ。
泣いたんだろうなってわかった。
俺のいないところで泣かないで。って、須藤さんの何でもないのにそう思った。
「公園行こっか」
頷く須藤さんの手を引いて、近くの公園に向かう。
多分情けない顔してるんだろうなって、横には並べなかった。
「どーぞ」
缶コーヒーを差し出すと、須藤さんは無言で受け取ってじっと眺めていた。
少し間を開けて隣同士でベンチに座る。
さっきまで泣いてたはずのに、無表情で前をずっと見つめる須藤さんは、人形にしか見えなかった。
好きだよ。
その一言で、須藤さんがどれだけ救われるのか、俺はわからないけど。
理由なんてどうでもいいから、俺は須藤さんが好きで、その気持ちは本当で。
だから、須藤さんは安心して俺にすがったっていいのに。
「須藤さん、俺の昔話をしようか」
須藤さんの話なんかと比べ物にならないくらいの、つまらない話だけど。
「うん。話して」
俺はそこそこ裕福な家に生まれた。
父親は社長をしてたし、母親は優しかった。
何もしなくても、ほとんどのことはそつなくこなせる俺は二人に気に入られていたし、どこへ行っても誉められた。
2歳離れた弟ができて、そしてしばらくして物心がついてくると順風満帆だった俺は気づくことになる。
────俺は何も持ってなかったんだな、と。
幼いのに頭がよくて大人びていて、でもそんな子供は手に余るみたいで、愛嬌のある弟だけが構われていた。
つまらない人間なんだなって、小学校の時にやけに達観していた。
愛されていなかったわけじゃないのに、勝手に卑屈になって、でもそれだと俺は負けたことになるから。
だから構ってほしくて愛してほしくて、“親しみやすいけど優等生の高谷 澪”を必死に作った。
そんなことでって思われても仕方ないけど、俺にとっては大きなことだったから。
“澪”という名前が嫌いだった。
女っぽくて、というよりは、男の俺には特別感があって。
普通でよかったんだ。
特別じゃなくて、たまにいたずらをして怒られたりする、普通の男の子で。
だから、少しだけ、“よくわからないけど、名前なんて記号でしょ”という須藤さんの何も考えていない自己中発言に救われた気がした。
でもそれは秘密。
中学に上がって引っ越したから、昔のつまらない俺を知ってる人はいない。
完全に“高谷 澪”はできあがった。
作り物、というよりは“新しい自分”。
幼いときよりそっちの方が愛されて慕われて、幸せだった。
でも高校生になって、須藤さん見てるとほんと自分のしてたこと全部どうでもよくなった。
ただの猫被ってるだけのあざとい女かと思ったら、清々しいほど自分本意のナルシストで最低最悪で、その子も俺と同じように愛されたいんだなって短期間ですぐわかった。
その子は俺なんかより真っ黒で病んでて、でもそれでも受け入れるよって手を差し伸べてくれてる人がいた。
それなのに、その子は気づいているのか気づいてないのか、無視をするから。
自分大好きなくせに、自分を汚いとか言ったりするから。
そんな須藤さんに笑ってほしくて、泣いてほしくて、ついでに自分を受け入れてほしかった。
「須藤さん、前言ってたよね。“似てるのに、私にないものを持ってる高谷が嫌い”って。俺、今わかった。俺と須藤さんは似てるのに、俺の持ってないものを持ってる須藤さんが、すっごく好きなんだ」
「たかや、」
ボロボロと涙を流してる。
須藤さんは、泣いてるときが一番人間らしい。
「たかや みお」
須藤さんは、度も何度も俺の名前を繰り返しながら、座ってる俺を立ち上がって抱き締めた。
俺たちは、大人から見れば幼い子供だけど。
でも、それでも。
ちゃんと温かいんだよって知ってほしくて。
強く抱き締め返した。




