「何で今更常識述べてるの?」
「問題でーす」
「はいはい」
夏休みが明けて、そろそろ体育祭がある。
そんな他の実行委員が忙しなく働いている今、私たちは自分らの仕事を早急に終えて国語準備室に仕事が回ってこないように避難している。
高谷はあの恐怖の告白以来、すこぶる優しくなった。
いや“優しい”というより、甘くなった。
“ね、あの子ブスだね”と言えば、真顔で“うん。須藤さんは可愛いね”と返してくる。
“面倒だからこれやって?”と頼むと、“いいよ”とにこやかにやってくれる。
“アイス食べたい”とねだると、“じゃあ帰りに寄ろ? 奢るよ?”と手を引かれる。
うん、もはや何かを企んでるのかと疑いたくなるほどの甘さである。
私は可愛いから基本何しても許されるけど、高谷はこの私に突っ込んだりあしらったりするから、何か戸惑う。
「あの子のことをどう思いますか」
国語準備室の窓からはアリも見えるしグラウンドも見えるのだ。
今は体育祭準備のために5、6時間目はあてがわれているので、競技の練習をしている人がわんさかいる。
本当は高谷も練習に加わるはずなのに、いつのまにか私が組んだ高谷の競技は書き直され、高谷がまともに活躍するのは最後のリレーだけになっていて、放課後だけ練習になっている。
ちなみに何故か私もそのリレーに参加させられ、トップバッターを努めなければいけなくなった、泣きたい。
グラウンドの方を指差して、一番こっち側にいるポニーテールの子の容姿を高谷に聞く。
「中の中」
「んー? 中の下じゃない? 高谷ってポニーテール好きでしょ」
「何で?」
「ほら、実菜さんポニーテールだったじゃん」
「須藤さんが好きだよ」
……私は誓う。
ポニーテールは絶対しない。
気を取り直して、横にいる子を指す。
「あの子」
「中の上じゃない?」
「化粧濃いからマイナス点」
「あー、あれ練習終わりに汗で目の周り真っ黒にパターンじゃない」
うん、私たちかなり最低じゃない?
いや、私が楽しかったらそれでいいんだけど。
「で、須藤さん。これ何の遊び?」
「最近ハマってるの」
「……うーん、俺は須藤さんしか可愛く見えないから楽しくないと思うよ?」
「何で今更常識述べてるの?」
高谷が甘かろうとどうだっていい。
私がぶれなければそれでいいのだ。
「何で私ってこんなに可愛いんだろ。瞳は元から茶色いし大きいし二重だし睫毛長いし、肌も透明感あるし、髪の毛もふわふわさらさらだし、顔小さいし、細いし、化粧なんかしなくても世界で一番可愛いし。人生は顔だね結局。イージーモードですよほんと。おまけに頭もよくて運動もできるんだよ? 完璧じゃない?」
「そんなナルシストなところも好きだよ須藤さん」
「……物好きめ」
ジロ、と睨むと柔らかな笑顔が返ってきた。
私が高谷を落としたというのに何だろうこの敗北感。
手の平でやっぱり踊らされてる気がする。
「高谷は、私のどこが好きなの?」
グラウンドで可愛い子を探しながら問う。
もちろん私より可愛い子なんていない。
「……うーん。自分のこと大好きなところとか、やたらプライドが高いところとか、変なところとか、もちろん怖いほど綺麗なその顔も好きなんだけどね」
視線を絡める。
やっぱりその目は苦手で、好きにはなれそうにないなって思う。
“高谷を”ではなくて、”その目を”。
「でも、一番大きい理由はわかってないんだよね。自分でも何でこんなに好きなんだろって思う」
「……私が可愛いからじゃない」
「顔だけじゃなくて全部可愛いよね、須藤さんは」
くっそ、何言っても斜め上で返されて悔しい。
「須藤さん。大丈夫?」
「なーにが」
「……俺は須藤さんが好きなんだから、それで頼る理由ができたでしょ?」
「その言い方は好きじゃないなぁ」
ん、ごめん。と謝って、高谷は優しく私の頭に触れた。
「早く好きになってね? 俺は須藤さんを守れる立場でいたいから」
「……考えとく」
高谷 澪は、どうしようもなく物好きだ。




