「何。可愛いんだから我慢してよ」
「ねーえ、高谷。テケテケって知ってる?」
「やめて怖い。夏だからってそんな話題しなくてもいい」
「はーん? 高谷くんは怖い話が苦手なのかなぁ?」
「…うるさい黙って、画伯」
「ころす」
先日お友だちに昇格した高谷とは相変わらずである。
まあ、最初よりは親しくなってると思う、高谷の素も見え隠れしてきたところだし。
相変わらずと言えば、私の美貌も相変わらずですテヘ。
高谷が作業をしてるのをさっき女の先輩に“もー、伊咲ちゃん可愛すぎ! 人形じゃん!”と貰ったアイスを食べながら眺める。
あの先輩好きなんだよねぇ。
外見は上の下くらいだけど、努力を惜しまない感じが。
私は自分より劣ってる人はブスだと思ってるし、私に攻撃してくるブスと努力もせずに美人を妬んでる性格もブスのやつには(陰で)当たりが強いけど、私に優しいブスは認めてあげている。
「ねぇ、最低発言してないで手伝って」
最低発言って言うか、私の考えなんだけど。
無差別に見下すよりはマシじゃない?
「高谷、貢がれないからって嫉妬は見苦しいぞ」
しゃがんで床にパネルを置いてこの私の言葉をシカトしながら色を塗る作業をしている高谷に近づく。
……気にしたことなかったけど、高谷の黒髪って綺麗だなぁ。
私自分しか見てないし、高谷のこと見るならあの苦手な目とか無駄にきれいな顔しか見ないから、髪の毛とか気にしてなかったかも。
小南も丁寧に手入れが行き届いてるさらっさらの黒髪ストレートだけど、同じくらい綺麗な。
丁度小南の短いバージョンみたいである。
自分の色素の薄い少しだけウェーブのかかった髪の毛も気に入ってるけど、一回だけ黒髪になってみたかったりもする。
ふうーん。とさりげなく髪の毛を触ってみると、手触りがよすぎて引いた。
「何」
驚いた顔してる。
まあ、いきなり髪の毛触られたら気持ち悪いか、私は可愛いから許されるけど。
「別に?」
「……自分は触られたら怒るくせに、触るのはいいんだ?」
「まあ私可愛いし。大体本気で怒ってるのは顔触られたときだけだけど」
あっそ。と言って、高谷は目線をパネルに戻す。
綺麗なやつめ、と髪の毛を触るのをやめない。
「高谷モテるでしょ? なのに差し入れとかは全くだよね」
「……まあ、断ってるし」
「ふぅん。それは彼女がいたから?」
あの重くて束縛が激しくてストーカー予備軍の彼女のことだ。
嫉妬に狂って大変だったのかもしれない。
私には圧倒的に劣ってるけど、まあ普通に可愛いんだから高谷なんか捨てて同じ高校で男作って思う存分独占したらよかったのに。
高谷にあそこまで依存する意味がわからない。
一方的で行き場のない愛は辛いのになぁ。
「彼女がいたからじゃなくて、須藤さんが一途な人が好きそうだからだよ」
「……うーん、高谷って変なこと言うよねたまに」
変だって思ってるのはお前だけだよ。みたいな哀れんだような呆れたような表情はやめろ!! と叫びたい。
でも作業は一クラスずつ教室を借りてしているから、隣のクラスに聞こえたら大変だ。
「行き場のない愛は、経験談?」
「……さぁ、思っただけ」
「へぇ」
アイスを食べ終わって、ゴミ箱にぽいっとカップを捨てる。
うちは基本放任主義な学校だから校則は緩いしお菓子も禁止されていない。
「須藤さん、手伝って」
「手が汚れるから嫌ですぅ」
今高谷がしてる作業は絶対手が汚れる。
この私の手を汚して何が楽しいんだ。
「……」
「何。可愛いんだから我慢してよ」
「須藤さん」
やけに真剣な声が耳に届いて、窓をぼんやり見ながら適当に返事をしてた私もさすがに振り向く。
「あ?」
「好きなんだけど」
えーと、
「顔が?」
「……それも含めて恋愛対象として好き」
「あはは。無理」
変なやつだ。
変なやつだ。
私と高谷は似てるんだと思ってたけど、全然違う。
顔しか取り柄のないそんな自分が私は好きだ。
でも高谷は“それを含めて”と言う。
意味がわからない。
物好きだなぁ。
てかタイミングおかしすぎか。
「須藤さん、返事軽すぎない?」
「いやむしろ高谷の告白の方が軽かったと思うけど」
「ねぇ、俺フラれたの?」
「……ん、んん。うーん。多分フったね」
そっかー。とこれまた軽い返事。
うん、この生ぬるい空気どうにかしろこのバカ。
いきなりすくっと高谷が立ち上がるから、私は動揺して窓にどんっとぶつかってしまった。
それを高谷は笑って、近づいてくる。
高谷の笑顔が今まで見た中で一番素晴らしいので動けないでいると、顔が間近にあって後ずさる。
でも残念ながら後ろは窓だったオワタ。
無言で追い詰められて、あまりにも顔が近くてイラッとするからできるだけ離れようと試みてもガンガンと窓に頭をぶつけるだけだった。
「何で俺フラれたの?」
「……あ─────、何と言うか。色々無理かな。うん」
「何で、具体的に」
そういう細かく明らかにしようとするところが高谷の面倒なところだ。
「顔整ってるのが無理」
「うん、でも須藤さんは自分と釣り合うくらいじゃないと付き合わないよね?」
尤もです。
「えーと、話すたびに敗北感すごいし」
「須藤さんがバカなんでしょ?」
「あーはん? それは反論させていただこう」
つーか、本気で近い。
こんな美少女に至近距離なのに照れたりしないところも高谷の腹が立つところだ。
「ほら、次は? 特にダメなところなくない?」
しつこい男は嫌われますよ?
横にずれればいいのか!とさっと移動したのに、ガシッと肩を掴まれて拒否したい気持ちに駆られる。
顔は生理的に受け付けないから完全拒否だけど、元々触られるのって苦手だからさ。
……あー、やっばい。
面倒になってきた。
「……はー……もう。だって、ほら。私汚いよ?」
過去の話を聞いた高谷なら、言ってる意味は理解できるだろう。
何回も言うけど私は自分のことが好きだ。
でも、私は汚くて醜いと思ってる。
外見じゃなくて、過去と中身と思い出が。
チラリと高谷の顔を伺うと、硬直してしまうくらいキレた顔をしていた。
高谷はイケメンさんなんだからキレたらダメだって!
自分と小南含め美形の人は顔が整ってるから常人より怖さが増すんだよ!!
「ねぇ、須藤さん。俺が好きだって言ってるんだから、汚いわけないでしょ?」
口調はいつもの高谷だ。
でも声が冷たい、冷たい怖い、ブリザードかてめぇ!!
ね? と真っ黒な笑顔で詰め寄られて、う、うん? と曖昧に頷く。
「……まー、いいや。絶対落とす」
「やっばい。高谷がそういうこと言うと、屋上から突き落とされたりそういうのが思い浮かぶ。殺されそう」
「うーん、まあ殺すときはそんな殺し方しないよ? 自慢の綺麗な顔、綺麗なままで殺してあげる」
「やっばい。バリ怖」
“相変わらず”とはいかないみたいだ。
つらたん。




