「まあ、可愛いからいーじゃん」
「須藤さん」
「うん?」
「須藤さんって、猫被ってるよね?」
高谷 澪のその一言が、私の人生を変えることになる。
そのことにまだ気づいていない私、須藤 伊咲は自他共に認める恐ろしく綺麗な作り笑いを、初めて同級生の前で歪めた。
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私が高谷を初めて見たのは、高等部の入学式だった。
外部生の高谷と中等部からの内分進学生の私は、同じクラスになった。
「伊咲っ! 高谷くん めっちゃかっこよくない!?」
「そうだねぇ」
はしゃぐ友人に、笑顔を貼り付けながら話を合わせる。
何が“そうだねぇ”だよ、マジでないわ。
でもこういうときって適当に話を合わせとくのが得策なんだよ。
しかしまあ、本当に。
気に食わない。
私は、高谷 澪という人間を、心底嫌いになっていた。
─────私が一番完璧でいたいのに。
高谷は完璧な人だと思う。
最初の学力テストは全教科満点の一位。
私は二位。
顔は端正で、やたらと笑顔を振り撒く。
外部生のくせにすでに友達はたくさんできたみたいで、常に人に囲まれている。
つまり、
「私とキャラ被るじゃんか!!」
バンッと机に書類を叩きつける。
はぁ、はぁ、と息を切らせながら、ずるずるとその場に座り込んだ。
誰もいない教室で、私は猫かぶりをやめる。
今は放課後でほとんど全員が部活に行っているから周辺には誰もいない。
確認済みである。
猫かぶりは徹底的にしなければ、何の意味もないわけで。
そこのところ、私は抜かりがないと自負している。
中等部のときは学校では一人のときであろうと本性は出さなかった。
でも、高等部に入ってから、高谷の出現で我慢できなくなって、ついつい愚痴を溢してしまう。
「……っんと、マジで何なの高谷 澪!うざいうざい!! 大体なんでこの私が負けるの!?」
大声だともしバレたとき誤魔化しが効かないので小声で悪態をつく。
ストレス解消とでも言わんばかりに、カチカチと書類をホッチキスで纏める。
私の学校は、都内有数の進学校である。
ついでに中高一貫。
そんな中で、私は中等部の時から負けなしだった。
何においても。
「なのに!! あいつが入ってから常に二位って!! 二位って中途半端で、」
ガラッ
バッと振り返ってドアの方に目を向けると、忌々しき高谷 澪が目を見開いて立っていた。
聞こえてたか?
……と一瞬焦ったけど、全くもって聞こえていたことなど問題ではない。
猫かぶりは徹底的にする派だけど、特にバレて困るほど脆い信頼関係など作っていない。
中等部のときに築き上げてきた“須藤 伊咲”のイメージは、いくら人気者の高谷が何かを言ったって、崩れるほどのものじゃない。
つーか、高谷が人気者ポジを手に入れたからといって、私が人気者の座から下ろされたわけでもなく。
むしろ高谷と私はツートップとして先生からも同級生からもセットとして信頼されている。
でも私にはそれが気に入らない。
だから私は至極冷静に、完璧な作り笑いを浮かべる。
「須藤さん」
ああ、もう面倒だ。
私は完璧だけど、嫌いなやつにまで気を張って猫を被るなんてうざったい。
バレなければそのまま続けるつもりだったけど、バレただろうし。
もういいじゃん。
「うん?」
「須藤さんって、猫被ってるよね?」
高谷がそう言った瞬間、私は笑顔を取り払う。
「それが何?」
すんなり認めた私に驚いたのか、端正な顔を少し歪めた。
その反応に、心の中だけではなく思い切り表に出してほくそ笑む。
結構気分がいい。
「まあ、どうでもいいんだけど。そんなことより何でここ来たの?」
私は担任が私に書類整理を押し付けてきたからいるだけだし。
私と同様、高谷は帰宅部のはずだから帰ったのかと思っていたけど。
「……普通、そんな簡単に認める?」
「めんどいやつだなぁ。話が進まないじゃん」
「須藤さんって、何なの?」
……は?
“何”って、アレじゃん。
超人美少女の人生イージーモードな高校生じゃん。
「何で猫被ってるの?」
「あはっ。高谷に言う意味」
「……作り笑い、気持ち悪い」
「は? 超絶美少女の私に何言ってんの? バカなの? 私の魅力がわからないとか終わってるね」
つーか高谷こそさ、いつもはそんなにはっきりと暴言吐かない人じゃない?
“気持ち悪い”とか。
そっちも多少は猫被ってるでしょ?
だって、そうしないと上手に生きられないでしょ?
「確かに須藤さん可愛いけど」
「うん、私が一番知ってるよ?」
「……ちょっと掴めてきた」
カチッとホッチキスで止めながら、イライラしながら高谷の言葉を聞く。
掴めてきた、ねぇ。
「それ、手伝おうか?」
「いらない。うざい。高谷の手伝いなんてされるまでもなく、こんなの簡単にできるし。何なの、なめてるの?」
あー、私ってめんどくさいなぁ。
でも大丈夫。
私、自分のこと好きだから。
「須藤さん、俺のこと嫌いでしょ?」
何だ、わかってるんだ。
わかっててそれだとかなりの空気読めないやつだわ、この人。
「嫌いだよ? あ、大嫌いの間違い」
「一緒に帰らない?」
「は? え、何何バカなの? バカすぎて驚くんだけど、引くんだけどー。普通さぁ、自分のこと嫌ってる人と一緒に帰りたいなんか思う?」
「須藤さんに普通を語られても」
あ。こいつ、完全になめてるわ。
「何? 私のこと好きになっちゃった? まあ、私可愛いもんねー」
「まさか。自惚れないで」
会話するのめんどくさくなってきた。
自惚れっていうか、お前以外の男はほとんど私のこと好きなんだよバカ。
まあ、嫌いな人に好かれても全く嬉しくないけどね。
つーか、本性知ったときにそのまま出ていけばよかったのに、何で居座ってんのこいつ。
「でも、おもしろそうだなーとは思う」
「死ね」
にっこりと、こいつが気持ち悪いとのたまった作り笑顔で言ってあげる。
やっぱり嫌いだわぁ。
最後の書類をまとめて、それを高谷に押し付ける。
このままだと高谷のペースに飲み込まれて、一緒に帰らないといけない流れになりそうだから。
「これ職員室ね。拒否権なしだからね。ついでに言うと、私はあんたとは絶対帰らない。ということで、ばいばい。あ、別に私の本性バラしてもいいよ? 多分みんな信じないから」
と、早口で言ってのけて、荷物を持って全力ダッシュで教室から出ていく。
高谷は呆気にとられた顔してた。
ざまぁ。
明日、高谷はみんなに言うのかな。
信じないと思うけどね、もし信じて私のこと、みんなが軽蔑しても、どうでもいいかな。
本当に辛くなったら別に死んでもいいし。
そうすれば高谷は罪悪感で一杯になったりするのかなぁ。
高谷を壊せたりするのかなぁ。
まあでも、そんな勇気なんてないんだけどね。
あー、どうでもいいけど面白いこと起きたからいいなぁ。とか期待しちゃってる自分ってかなりイってる思う。
「まあ、可愛いからいーじゃん」