冒険者ギルド
私は民間人、サクラ。少々特殊な兄が居たが、家族に愛され友達にも恵まれ恋もした。一般的な幸せを経験していた私だったが、ある時目が覚めたら……。
身体が縮んでしまっていた――。
過去に戻ったわけではなく、異世界に転生したと知った私は、残念な子と思われないように、前世の記憶のことは隠し、この世界の両親から貰った名のサクラ・デュボアとして過ごすことにした。前世と同じ雰囲気を持つ両親との間に生まれた私は、戸惑いも少なく気楽に過ごしていた。しかし、ある日前世ではいた兄が産まれていないことを知った。
この世界にも兄が居るだろうと考えた私は、情報を掴むため、父のコネでこの世界の情報が集まる冒険者ギルドで働くことにしたのだった。
……悪くないな。
私は出勤中の暇つぶしとして、自身に起きたことを簡潔にまとめるという遊びをしていたのである。家からギルドまで5分もかからないのだが、まだ着いていない。思ったより簡単に出来たな。もしかすると前世でお手本があったのかもしれない。
そんなことを考えていると、ギルドに着いた。裏口にある魔道具で認証をして、扉を開ける。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
扉を開けると同時に挨拶すれば、いつも通りで返事がかえってくる。私は軽く頭を下げてから、隅にある自身の席に座った。
ギルドの窓口が空いていない今は静かなものだ。何かあった時のためにギルドは24時間体制で誰かが居るが、王都のギルドでも窓口は開いていない。明かりの魔道具や燃料の魔石の問題というより、人件費が馬鹿にならないからだ。
異世界のイメージを壊す裏事情を知った時のように、遠い目をしたくなったが、そんな暇は無い。私の仕事は受付が開くまでが勝負と言ってもいいのである。
無言でペンを走らせる。
私の仕事はギルドが管理する依頼書の内容を写し、掲示板に貼る依頼書の作成である。地味だが重要な仕事だ。冒険者は掲示板にあるこの紙をちぎって受付に持って行き、依頼を受けるシステムなのだ。この紙が無ければ、冒険者が依頼を受けれない。
わざわざ同じものを2つ用意するのは、不正がないようにするためだ。ギルドが管理する依頼書と掲示板に貼ってある依頼書の2つが揃ってなければ、依頼達成にならない。もちろん手違いがおきる可能性もある。そのため依頼書の紙には最初から番号をつけていたりと、工夫をしている。
他にもギルドが管理することによって、依頼を受けた冒険者の安否や、過去の資料と比べたりと研究にも使われている。
私がペンを置き終わると受付が開く15分前だった。悪くないペースだ。そして最後に書いた紙を見て、綺麗な字だと自身でも思った。
「相変わらず凄いわね……」
感心するような声をかけられ顔をあげると、窓口業務の担当者……所謂、受付嬢がいた。
彼女の名はミレーヌ。前世でも上位に入るレベルの美人である。面倒見も良く、私にもよく声をかけてくれる。本人曰く、自身の髪が嫌いで、時折私の髪を触ってくる。ミレーヌの髪は軽いパーマがかかっていて、良く似合ってるようにしか思えないが、いろいろ苦労があるらしい。
そのミレーヌが今感心しているのは、私の字についてだ。
「練習すれば、書ける」
「ムリムリ、気が狂いそうになるわ」
そうかもしれないと思った。この世界の文字は英語のように字の組み合わせで単語が出来ているが、その元になる1つ1つの字が複雑なのだ。なぜこんな面倒な字を使っているかはよくわかっていない。遺跡にもこの文字が残っているので、かなり昔から使われているようだ。
正直、話し言葉のように書き言葉も勇者の影響で変わらなかったのが不思議なレベルである。
だが、そのおかげで私に仕事がやってくる。きっかけは父に頼まれ1度助っ人で手伝った時だ。軽い気持ちでやったのだが、影響があったらしい。まぁそれもそうだろう。誰だって綺麗な字の方が読みやすい。
今ではギルド職員である私に、指名依頼が来るほどだ。主な内容は新しく店を開くので看板の字を書いてほしい、とか。
まっ、それぐらいの長所がなければ、精霊使いでもない私が父のコネだけでギルド職員になれるわけがない。私はまだ7歳なのだから--。
「サクラ」
声がする方に振り向けば、父が居た。ミレーヌは団子頭にした私をそのまま放置し、そそくさと去っていった。新人の頃に怒られた経験のあるミレーヌは父が苦手なのだ。
「どうかしましたか? 副ギルドマスター」
父が少し寂しそうな顔をしたが、見なかったフリをする。仕事場で『お父さん』と呼ぶのは恥ずかしい。
「……悪いが、今日は受付業務も頼みたいんだ」
珍しい。基本的に私の仕事は依頼書を作成するだけだ。他の職員と違い、私は身体が出来上がっていない子どもだ。無理をさせるわけないはいかず、業務内容は考えられている。当然、業務時間も短い。
他の理由もあるのだが、父が受付業務を頼むというのは余っ程のことである。
「わかりました」
面倒だが、困ってる父を助けない選択はない。……どうせ家に帰ってもヒマだしな。
この世界の一般的な7歳は、家の手伝いをしたり、字や計算を覚える時期だ。一般的なことは家庭で覚えるのがこの世界の常識で、学校というものはない。何らかの事情で習えない子ども達のためには、冒険者ギルドが月に数回だが無料の青空教室を開いている。そのため識字率は高い。これも勇者と聖女の影響だろう。
一応、王都には魔法学園があるらしいが、授業料が高額な上、魔法の才能があるものでなければ通えない。ちなみに精霊使いは無料で通える。卒業すればエリートコースだと言われている。入学の年齢は11歳からで、私にもまだチャンスがあるということだ。
話を戻そう。
一般的な7歳と違い、私はここで働いてることで家の手伝いは免除され、字や計算はもう覚え終わっている。他の子どもより時間に余裕があるのだ。しかし、それが理由でヒマというわけではない。
ただのぼっちでヒマなのだ。
断じて言おう、原因は私だけではない。
例えば、この場所で働いてるのも原因の1つだ。子どもはこの場所に寄り付かない。ギルドには14歳になれなければ登録できないからだ。たまに来たとしても、家の手伝いで簡単な依頼を頼みにくる立場である。ギルド職員の私が軽いノリで話すわけにはいかない。相手はお客様である。
でもまぁ冒険者ギルドに登録できない私が、仕事として依頼を受けれるのはギルド職員という抜け道を利用しているからだ。なので、これについては文句を言うつもりはない。それにもし精霊使いになれなくても、私の将来は安泰だしな。
問題は私は出来すぎた子どもだったことだ。私と同じような年齢の子どもを持つ親が自分の子に言うのだ。「副ギルドマスターのところの子はもう働いてるのよ」とか「あの子はしっかりしているのに……」とか。
それを聞いた子が、私を好きなる要素がどこにあるのだ。
勇気を出して声をかけたのに、避けられ続けたのは軽いトラウマだ。
しかし私が友達が出来ない、何よりも大きな原因は……--5歳児の時に起きたあの事件。
冗談で会えればラッキーと呼ばれていた私が、本当にラッキーガールになってしまったのだ。何を思ったのか、勝手に期待し、私と仲良くなりたいというバカな親が多すぎた。当然、両親は私にそんな力はないといい、誘いを断った。何も起きなければ、傷つけられるのは私なのだから。
つまりあの事件がきっかけで私が有名になり、読み書きと計算がもう出来ると知られ、何かと私と比べるようになり、同世代に避けられるようになった。という負のスパイラルにはまったということだ。
そんな私をみかねて、父は仕事の手伝いをしてほしいと声をかけたと思う。気晴らしのつもりだったのに、とんとん拍子に私は冒険者ギルドに働くことになった。まさに、ラッキーガール。
第三者から見れば、私の人生は順風満帆。
しかし実際は、同年代の友達が出来ず、私は四苦八苦している。
「……はぁ」
「そろそろ開くわよ」
隣に座っているミレーヌに声をかけられハッとする。そうだった、私は今から受付業務をするのだ。気合を入れなければならない。
「何かあれば、すぐに言うのよ」
「ん、ありがと」
美人で面倒見のいいミレーヌが私の隣の窓口に座っているのは、父の采配だろう。
ギルドの扉が開き、ざわざわと声が大きくなっていく。そして、誰かが言った。
「おい、今日はサクラちゃんが居るぞ!?」
その声が響いた途端、一斉に依頼書を持ち、私の列に並びだす。
普通ならば、7歳児がやっている受付になど並びたいとは思わない。しかし、ここは冒険者ギルド。命をかけ、戦う冒険者は縁起を担ぐものが多い。
ラッキーガールという異名を持つ私は、冒険者から大人気で、窓口業務の担当でもないのに、人気ナンバー1の受付嬢だった。
……そんな異名はいらないから、私は同年代の友達がほしい。