第8話 もう動けそうにないな
【ステイラル州 水流都市ウォルタミアシティ 市街地】
何人ものヒーラーズ駆逐兵を倒しながら、私とクラスタはウォルタミアシティの中央市街地へとやってきた。だが、――
「…………!」
「アレは……」
私たちの目線の先にいるのは、避難途中の市民の姿だった。みんな、不安そうな顔をしている。戦闘に巻き込まれて、死ぬのを恐れているんだ。市民の中には、子どもたちもいる。
そんな市民を誘導しているのが、ヒーラーズ駆逐兵だ。何人もいる。……全員がアサルトライフルを持っている。
「マズイな。私たちが今、中央市街地のウォルタミア防衛師団本部要塞に向かえば、ここで戦いになる」
2列に並ばされ、避難場所へと誘導される市民。誘導するのはヒーラーズ駆逐兵。彼女たちが私たちと戦えば、あの市民も必然的に巻き込まれる。何人かは、最悪死ぬ。
更に並んだ市民たちの向こう側には、低空浮遊戦車が4台も置いてある。あの戦車の砲口がこっちを向けば……
「ねぇ、ママ。私たちどうなっちゃうの……?」
「大丈夫よ。大人しくしてれば、きっと助かるわ」
……助けにきた私たちのせいで、死んじゃう人が出てしまう。それは、仕方ない犠牲なのだろうか? いや、それで済む話じゃない。
でも、ゆっくりしている場合じゃない。夜になれば、ヒーラーズ掃討部隊はこの都市を発ち、首都グリードシティへ向かう。今度は首都グリードシティが戦場になる。多くの人々が死ぬ。
1週間前の敗北のせいで、まだ首都は防衛体制が整っていない。今、攻撃されたら、市街地が主戦場になる。政府上層部の人間は逃げ出せるだろうけど、市民は逃げられない。
朝早くにウォルタミアシティに入ったのに、すでに今は午後だ。だんだん日が傾く。夜はそう遠くない。市街地ということもあって、戦いを避けてきた。そのせいで時間がかかってしまった(だからと言って、軍隊を雪崩れ込ませて派手に戦い続ければよかった、とは思わないケド)。
「……クラスタ」
「なんだ?」
「頼みたいことがある――」
私はそう言いながら、腰に装備していた剣とサブマシンガンを、クラスタに差し出した。
*
私は市民に紛れ、避難所へと歩いていく。武器は何もない。剣やサブマシンガンはもちろん、ハンド・グローブさえも付けていない。
「はい、こちらへーっ! 列を見出さないでください! みなさんの安全のためです! はい、こっちへ!」
誘導のヒーラーズ駆逐兵が4人。少し離れたところに低空浮遊戦車が4台。ヒーラーズ駆逐兵が30人以上もいる。
「待て」
「…………」
誘導に当たっていたヒーラーズ駆逐兵が私を呼び止める。彼女は私のすぐ近くまで寄ってくる。僅かな間、私の顔を見ていたが、やがて私の正体に気が付き、すぐに銃口を頭に押し当てる。
「お、お前っ、パトラー=オイジュスだな!」
「……そうだ」
私は頭の後ろで手を組む。一方、異変に気が付いたヒーラーズ駆逐兵も集まってくる。低空浮遊戦車の砲口もこちらを向く。
「ど、どうする?」
「殺すか……?」
「第二次国際政府討伐軍の総司令官アーカイズと話をさせろ」
「アーカイズ閣下と……!?」
どよめきが上がる。ヒーラーズ駆逐兵も迷っているらしい。何しろ、命令は“見つけ次第、即刻射殺せよ”、だからだ。
最悪、私はこの場で殺されるかも知れない。身体が死を感じ取り、震えている。だが、これしか方法がない。
私が死の恐怖を感じていたのは、ちょっとラッキーだったかも知れない。ヒーラーズ駆逐兵は、私の腕を掴み、無理やり歩かせる。その周りを大勢のヒーラーズ駆逐兵が取り囲み、一緒に歩き出す。仲間による救出を警戒しているんだろう。
だが、少し歩いたとき、突然、前の方からクローン兵の声が上がる。
「――両手を上げろ」
「…………?」
私は意味も分からず、その声の言う通り、頭の後ろで組んでいた手をそっと上げる。その瞬間、発砲音が鳴り響き、右手に鋭く激しい痛みが走る。オレンジ色に染まりつつあった地面に、赤い血が飛ぶ。
「うっわ、あッ……!」
私は右手を抑えながら、その場に倒れ込む。右手からおびただしい量の血が流れていた。――上げた時に、撃ち抜かれた。
「パトラー=オイジュス。こんなところで何しているんだ?」
誰かが歩いてくる。痛みに耐えながら、私はそっと顔を上げる。そこにいたのは、濃い青色に銀色のラインが入った装甲服を纏った戦闘士アーカイズだった。あんな遠くにいたのに、正確に私の手を撃ち抜けるなんて……!
「……もう動けそうにないな。さて、私と話したいそうだが、まずはウォルタミアの本部要塞に行こうじゃないか」
そう言うと、アーカイズは手でヒーラーズ駆逐兵たちに合図する。すると、2人のヒーラーズ駆逐兵が私の両脇を抱え、半ば無理やり立たせる。
そして、大勢のヒーラーズ駆逐兵と4台の低空浮遊戦車による厳重な警戒の下、ウォルタミアシティの防衛師団本部要塞――ここのヒーラーズ軍の拠点へと向かい出した。
……アーカイズの出現とケガをするのはイレギュラーだけど、“作戦”は成功だ。私は、右手から血を地面に滴らせながら、そう思った。