第5話 ごめんなさいね
【司令艦 最高司令室】
鋼の扉が開く。私は2人のヒーラーズ鎮圧兵と共に、司令艦前頭にある最高司令室へと入る。入ると、扉からすぐの場所にある最高司令席に歩み寄る。1人のクローン将官――ヒスイ中将が座っている。彼女はヒーラーズ鎮圧部隊の一般幹部の1人だ。
「ソフィア閣下、お疲れ様です」
「戦況はどうかしら?」
「はっ…… あまり思わしくありません。グリード州各地に展開させたヒーラーズ制圧部隊は、ほとんどが臨時政府軍に敗北し、降伏しました」
私はヒスイ中将の報告を耳に入れながら、最高司令席の斜め前に出る。床以外、全面窓ガラスの最高司令室。見晴らしがいい。窓から、空の戦場が見渡せる。
空に展開するヒーラーズ鎮圧部隊も、次々と敗北していく。臨時政府の軍勢に囲まれ、降伏を余儀なくされていく。
「我が鎮圧部隊も、すでに半数以上が失われました。もはや、国際政府首都攻撃は絶望的です」
「そうね。ありがとう」
「……我が部隊のコハク中将も、敵のライポート将軍に降伏したそうです。制圧部隊に至っては、――」
「…………。生きてれば、また会える」
私はそっと目を閉じる。ヒーラーズ制圧部隊管理官の剣闘士レーリア。あの子は剣の腕はヒーラーズ軍ナンバー1だ。でも、戦術的なことは素人同然。だから、私に指揮権を委ねた。
戦術士ソフィア。その名と地位を与えられたのは、もう1年も前。ヒーラーズ軍のリーダー・セネイシア閣下が与えてくれた。ヒーラーズ軍で最も戦略を作り、実行に移すのが上手かったからだ。
そして、私はヒーラーズ制圧部隊とヒーラーズ鎮圧部隊の両部隊を束ねる総司令官になった。60万人以上を超えるクローン兵の命を預かる地位に――
『国際政府を滅ぼし、ヒーラーズ政府を確立させよ。そして、臨時政府と“連合政府(国際政府=臨時政府と敵対する国家)”をも滅ぼし、世界統治機構にせよ――』
セネイシア閣下の命令を、私は果たさずに終わる。あの少年は、私を裏切り者と思うだろうか? 私のことを嫌いになるだろうか?
「ごめんなさいね……」
私は頬に熱いものを伝わせながら、ポツリと呟く。そっと首にかけていたペンダントを手に取り、その蓋を開く。青い立派な服に身を纏ったセネイシア閣下が映っている。その横には、親衛士エデンの姿――
私の“この判断”が正しいのかどうかは分からない。私は、ただの裏切り者なのかも知れない。でも、私自身は、これが最善だと思っている。
「ソフィア閣下、クラスタとパトラーが近づいてきています。それと、本艦に臨時政府軍の大型飛空艇2隻が接近中です。戦線離脱も、もはや難しいです。本部に帰還できれば、奇跡かも知れません」
「…………」
ヒスイ中将の報告に、私は無言で応える。ヒスイ中将とは長い間、一緒に暮らしてきた。彼女なら、この意味が分かるだろう。いや、ヒスイ中将も戦況が分かるクローンだ。今の状況で取る最善の道は――
「ソフィア閣下、本部より、親衛士エデンから通信が入っています」
「…………!」
最高司令室内に、大きなシールド・スクリーンが現れる。そこに、親衛士エデンの姿が映し出される。彼女がいるのは、恐らくヒーラーズ軍本拠地である“闇の聖地”だろう。
「エデン、何の用かしら?」
[“敗軍の将”が私の敬称を略するのか]
「…………ッ!」
[まぁいい。それより、お前はこの後、どうするつもりだ? まさか、臨時政府に土下座して、泣いて降伏するつもりか?]
「……部下の命を守るために、最善を尽くすのみよ」
私はスクリーンに映るエデンを睨みながら答える。部下の命を守る。それは指揮官として一番重要なことだ。死んでヒーラーズ政府に忠誠を尽くせ、と言わんばかりのエデンには分からないだろうが。
[降伏し、ヒーラーズ政府を裏切る気か。お前のような女に戦術士の地位は勿体なかったな。――セネイシア閣下も、さぞ悲しむだろう]
「…………!」
エデンの言葉が、私の胸を貫く。
[彼はお前を信頼して、7つしか枠のない七衛士の一角を任せた。なのに、セネイシア閣下を裏切り、臨時政府に降伏する。実に酷い裏切りだと思わないか?]
「ち、違うっ…… 私は、セネイシア閣下を――」
――裏切った。
「ソフィア閣下……!」
「戦術士!」
私はその場に崩れるようにして座り込む。涙が止めどなく溢れる。セネイシア閣下への裏切り。違う。裏切りなんかじゃない。でも、誰がどう見ても裏切りだ。
私はセネイシア閣下のことが好きだ。ずっと側にいて上げたかった。彼に忠誠を誓っていた。だからこそ、彼の命令にも忠実でいようと思っていた。でも、――
[お前の裏切りはセネイシア閣下にしっかりとご報告しておく]
「私は裏切ってなんかいない! “『これ』はセネイシア閣下をお守りするための――!”」
[ハハッ、お前は頭がどうかしちゃったようだな]
エデンは私をバカにしたような口調と言葉で言い残すと、通信を一方的に切る。シールド・スクリーンも消えていく。
――そう、私は裏切ってなんかいない。この降伏は、裏切りなんかじゃない。“セネイシア閣下を、あの子を守るための降伏”だ。
私は頭がおかしくなったワケじゃない。なぜなら――
「あ、あの、ソフィア閣下…… パトラーたちがもう間もなくここに……」
「……全員、武器を捨て、大人しくしていなさい……」
――セネイシア閣下、申し訳ありません。
でも、私は本当に戦術士としての資格と能力があると思いますよ。
なぜなら、私は――
――わざと負けたんですから。
<<統治機構と人物>>
◆ヒーラーズ軍
◇セネイシア
――ヒーラーズ軍のリーダー。14歳の少年。ヒーラーズ本部の“ダーク・サンクチュアリ”という名前も、彼が付けた。
◇エデン
――親衛士。ヒーラーズ防衛部隊管理官。
◇レーリア
――剣闘士。ヒーラーズ制圧部隊管理官。経済都市エコノミアシティでパトラーとクラスタに敗北し、ダーク・サンクチュアリに撤退する。
◇ソフィア
――戦術士。ヒーラーズ鎮圧部隊管理官。経済都市エコノミアシティ上空で、臨時政府に降伏する。“わざと負けたが、裏切り行為ではない”と考えている。何かの作戦途中なのだろうか?