六話
喉風邪中の治りかけ状態。
鼻炎と併発してすごいことに。ずるずるです、ずるずる。
【第六話】
教会の子供がさらわれた。
それを聞いた俺とミナは、バステロリッチ氏と共にギルドへ急いだ。
ギルド内部の酒場の奥――商談用の一室に、主立った面々が顔をそろえていた。
俺、ミナ、ロキさん、ダニーさん、バステロリッチ氏、そしてアーロン神父。
皆、表情は暗く重い。
「今日は天気が良かったもので、子供たちと一緒に倉庫の整理をしていたんです。ところがいつまでたってもミラ――女の子が一人見つからない。倉庫に閉じ込めてしまった風でもないし、皆で手分けして探したのですが……」
見つからなかった。
そう語るアーロン神父。
声のトーンは普段の何倍も落ちている。
「そこで俺たちに相談が来たわけだ。で、手の空いている俺と数人で軽く調べさせてみたところ、教会内に誰かが侵入した形跡があった。足跡から察するに二、三人だ。そいつらが隙を見て子供たちをさらったんだろうな」
ダニーさんが説明してくれる。
後を繋ぐようにバステロリッチ氏が言った。
「アーロン神父からその話を聞いてぴんと来たんです。最近、国の各地区で人さらいが増えているでしょう? それも子供ばかりを狙った凶悪なものが。これは国にも報告すべき一大事です。そう思って慌てて飛び出したところでヒカルさんたちと出くわしたわけですな」
「なるほど……」
俺とミナが狼を退治している間にそんなことになってたなんて……。
ギルドへ報酬を受け取りに言ったとき、いつもいるダニーさんがいないなんて珍しいなと思ったんだ。
俺やミナと入れ違いになってたのか。
「今すぐ探しにいきましょう!」
「落ち着けヒカル」
「ロキさん! でも!」
「落ち着いてくださいヒカルさん」
ミナにもたしなめられた。
「今日はもう遅い。今からではまともな聞き込みすら見込めません」
「だけど! のんびりやっててミラに何かあったら……!」
「大丈夫だ」
今までずっと黙っていたロキさんが口を開く。
「大丈夫って、どういうことですか?」
「国内でさらわれたのなら、そう簡単に外へ出られたりはしない。検問があるからな。ミラって子をさらった者たちが最近巷を騒がせている人さらいと同一なら、必ずこの城下町のどこかにあるはずなんだ。さらった子供たちを確保しておくための場所が」
「それと、子供たちを国外に連れ出すからくりも、ですか?」
「……そっか」
孤児をさらってやることなんて、人身売買と相場が決まってる。
地球じゃ臓器調達もあったろうが、この世界では魔法が発達しすぎてそういう側面はなさそうに思える……ある意味最低限生きている可能性は高いだろう。本人にとって死んだ方がいいくらいの辱めや苦しみを味わっている可能性も残るんだが。
いかにベーツェフォルト公国と言えど、さすがに国内での取引じゃ狭すぎる。
さらった子供はどこか遠くに連れて行って売りさばくのが普通だろう。
「なら、俺たちがさっさと人さらいのアジトを見つけられたら?」
「当然、ミラって子は助かる。おそらく他の子供たちもな」
「よっし!」
もうミラちゃんはさらわれてしまったわけだが、完全にアウトってわけじゃなさそうだ。
そしてまた、教会に戻してみんなと一緒に遊ばせてやる。
「この件に関しては、国からギルドに依頼が来るだろう。おそらく明日にもな。もちろん協力してくれるだろう? ヒカル」
「もちろんです! ミナもいいな?」
「ええ。反対する理由はありません。子供たちに罪はありませんから……」
教会が苦手でも子供は関係ない、ってことか?
とにかく問題は無いようだ。
そして翌日、アーロンさんの言った通り、ギルド宛に国から依頼が来ていた。
ベーツェフォルト公国内を騒がせている誘拐事件の犯人捜査、という任務だ。
国からの依頼なんてあまり来るものじゃないから、他のギルド所属員たちもはりきっている。
こうして、誘拐犯捜しが始まった。
のだが。
「……」
「……」
「……」
街の中。
人通りの多い辻で向かい合ったまま無言で固まっているのは、俺と、ミナと、それからナツだ。
ギルドをまとめるロキさんは、誘拐犯の捜査をするにあたってギルド構成員を何人かに分け、いくつかのチームを作ったのだが、そのうちの一つがこのメンツというわけだ。
ロキさんからしてみれば、俺たちに気を遣ってこのような組み合わせにしてくれたんだろう。
だが今は、そこはかとなく気まずい。
ほとんどケンカ別れのような状態だったミナとナツは、互いに目を逸らして口を開こうとしない。
いや、お互い言いたいことはあるんだろう。
だがまぁ、そのあたりは人間難しいもので。
特に意味がわからないのが、
「な、なぁナツ、俺なんかナツに何かしたっけ……?」
「……ふん」
何で俺がにらまれにゃあかんのだ。
「と、とりあえず聞き込みだ。子供をさらうったってそう簡単にはいかないだろうし、何か手がかりが掴めるかも」
「……そうだね。早くミラを見つけてあげなきゃ」
「……捜査に移りましょう」
「ちょっとまってお姉ちゃん」
突如ナツが、俺を背に、ミナの前に一歩乗り出して言う。
「3人は固まりすぎだと思う。この城下町は私が詳しいし、フットワークもきくから、戦力になるお姉ちゃんとは分けた方がいいと思う」
「ナツ。それいいのか? ギルドで決まったんじゃ」
「あれはあくまでグループとしての方針だよ……お姉ちゃん、私さらわれた子が心配なの。わかって」
「確かにそうですが……」
「今日一日は、ヒカルは私が面倒みる。だからお姉ちゃんは私たちとは別ルートをお願い」
「…………いいでしょう。ただしヒカル様の無事は決して保証してください」
「わかってるよ。……いこ、ヒカル」
「お、おいナツ!」
俺の腕を取って、さっきまでの俺たちの進行方向とは逆方向に歩き出すナツ。
俺はただ、俺たちを見つめて冷たい思考の海に入っていくミナの無表情が、どことなく不安に思えた。
※※※
「きみ、バッカじゃないの!?」
「いだっ!?」
と、表通りをスッと曲がり、暗がりな物陰に入ったとたん建物の壁に俺の背が叩きつけられる。
「いきなりなんだよ」
「きみ、今の状態わかってるの!? あのお姉ちゃんと何一緒にいるわけ!? あのお姉ちゃんに利用されようとしてるってわからないの!?」
ナツが俺の両肩をつかみさらに壁に押しつける。つばが飛ぶのもかまわずに、
「バカ! 世間知らず! お人好し! こんな呪印つけられたんだよ、死ぬまで利用されるよ。逃げなきゃだめなんだよ、お姉ちゃんの手の届かないところまで!」
「おいおいナツ、落ちつけって」
「男の子ってホントバカっ! ちょっと女の子が弱いとこ見せたり頼ってきたり、下手に出たりすると直ぐに騙されるんだから! どうせお姉ちゃんの、普段気丈な分、そういうところ見て許しちゃったんでしょ!」
「まぁ、たしかにそうなんだけど」
否定できず、開き直ってしまう。
「目を覚ましてヒカル。急に連れてこられて、急に祭り上げられて。そんなうまい話が世の中あるわけないでしょ。なんだって人が持ち上げるのは、後で落とすためなんだから! お姉ちゃんもお姉ちゃんだけど、騙されるヒカルも悪いよ! あたしが言わなかったら、お姉ちゃんみたいな、肥え太っていく家畜を見る目でヒカルを危めるナイフを隠し持つ人をそばに置いとくつもりだったの!?」
「はは。家畜ってひどいな」
「笑いごとじゃないって!」
ナツの、ミナの信頼度が低すぎてやばい。
「ヒカル。悪いこと言わないから、今の騒ぎのうちにベーツェフォルトから出た方がいいよ。元の国に、友達のところに帰りたいんでしょ? 邪神なんて名前を背負ってたら帰る前に、お姉ちゃんだけじゃない、色んな怪しい人たちに騙されて利用されて絞り出されて殺されちゃうよ!」
「……邪神って、やっぱりそんなにやばいのか?」
「あたしもお姉ちゃんほど詳しく勉強してないけど、うちの文献ではずっと昔の戦争なんかで人や魔物を虐殺して戦場を地獄絵図に変える人間兵器として使われてたって。それにお姉ちゃんは滅びの使徒とかいういるかどうかもわからない何かのために邪神が必要だって言うけど、危ないのはそれだけじゃないんだよ。邪神のことを覚えてたりする古い村や町、調べてたりする人がいれば、ヒカルが邪神ってことがバレればただじゃすまないと思う」
「なる、ほど。やっぱり邪神って言われるだけ、邪神たる所以もあったんだな」
「あのねぇ、何を悠長に構えてるのかわからないけど、ヒカルは知らないだけで、その呪印は価値がわかる人が見れば喉から手が出るほどほしいものには違いないんだよ」
言ってナツは、自分の腰に下げていた貨幣袋を俺にぐっと押しつける。
「ほら、旅に足りるかわからないけど、持って行って」
「な、ナツ!」
「こんなこと言ってごめんなさい。戸惑ってるよね、いきなりこんなこと言われて。でもあたし見過ごせないんだ。お姉ちゃんがどんなことを考えているのか知らないけど、ヒカルが不幸になるのはわかるんだ。すごい危険な矢面に、ヒカルを立たそうとしているってことは。ヒカルが、バカみたいに素直だし、子供にも優しいし、恩も忘れないし、いい人だってことは、会ってからちょっとの間だけどわかった。だから危険な目にはあってほしくない。……世界を揺るがす滅びの使徒だなんて正直私は作り話としか思ってない。そんなあるかどうかもわからないものの対策のために、本当はお姉ちゃんの人生だって無駄に使ってほしくない。ヒカルの人生もそんなお姉ちゃんにつきあう必要なんて、全然ないんだよ。私は、見えないどこかの誰かより、今目の前にいる人を助けたい。だめ、かな」
「ナツ……」
ナツはたまっていたものを次々とはき出すように言葉を紡いだ。言葉の弾丸にさらされながらも、それらの言葉は、姉との確執もあるだろうが大体はナツの善意からくるものだってことは分かった。利用されようとしているバカな友人を見ていられなかったんだって。
俺は一度、大きくため息をついた。
「でもな、ナツ」
胸に押しつけられたナツの貨幣袋を手ではねのけながら言う。
「そういう打算があったら、一緒にいちゃいけないのか?」
「……えっ?」
「いやさ、ナツは騙すって言葉を使ってたけど、それ以前に思惑って誰でもあるものじゃん。確かに無条件の信頼や友情は大切だと思うよ? でもそれが全てではないし、その価値観だけでは計れないつながりってものが世の中にはあるだろ。契約とか最たる例だ。逆の見方をすれば、競技のルールとかも、そういう人としてのモラルが信じられないからこそ作ったって言い変えても正直理屈は通ってしまうくらいだし」
「そ、そんなの、それこそ屁理屈じゃん……!」
「一緒なんだよ」
うろたえるナツに、断言してやる。
「それなら会う人会う人に、騙されるかもしれない……って警戒しないといけないのか? そんなことしてたら気が持たないし、無条件の信頼や友情だって生まれにくくなっちまう。何よりそんなことして構えてたら、チャンスだって降ってこなくなるよ。チャンスは待ち構えてつかめるもんじゃない。突然自分から生まれるものでもない。全てを受け止める心持ちでいる時に、自分じゃない誰かから投げかけられるものじゃないかな。はは、基本的に俺弱いからそういうチャンスが生命線なんで、チャンスがなくなるのは、ちょっと怖いな」
「じゃあ、お姉ちゃんが騙してるって知っててそばにいるの?」
「騙してるかは知らないよ。でも万人を疑うより、そばにいる一人を観察してた方が楽だ。割り切りって言えばいいのかな。俺だって、ミナを元の国に帰るために利用するつもりだし、おあいこなんだよ」
ミナが何を考えているか……そんなこと、他人の俺が分かるわけない。
利用し利用される関係。お互いがお互いに求めているのは、人間性や信用ではなく、役割であり機能だ。
俺とミナは、まだ出会ってそんなに経ってない。
そこに突然深い信頼関係が生まれることの方がそもそもおかしい。
「ヒカルの言ってること、あたしよく分からない。そんな風に割り切れないよ。分かるけど、なんだか認められなくて気持ち悪いな……」
「いいんだよそれで。ただ、世の中善い悪いだけで計れることばかりじゃないってこと」
落ち込んで頭を垂れるナツの髪を、ありがとな、とつぶやきながら、そっと撫でてやる。
ナツの純粋な思いやりに感心する気持ちもあるが、それとは別に、俺にとって懐かしいものに触れたことで、温かい気持ちになる。こういう優しさは護ってやりたいな、と。
(俺も三六九たちと出会った直後ってこんなんだったっけ――)
俺たちが捜索を開始したのはそれからしばらく経ってからのことだった。
※※※
「どうだった?」
「いえ、特には……」
「あたしもダメだよ……」
数時間歩いてまた合流した俺たちは、時折場所を移しつつ、時に散開しつつ、城下町内を調べていく。
だが、そう簡単にめぼしい情報は無い。まあそりゃそうだ。
よっぽど怪しいやつを見つけた人は自発的にギルドに来てくれるだろうし。
わかっちゃいたけど、地道にいくしかないのがもどかしいよなぁ。
今回事件のあったレオニン教会周辺をかぎ回っているものの、特にこれといった成果が上がらない。
「もうこんな時間か……」
いつの間にかすっかり夕方――いや、もう陽が落ちる。
どこも店仕舞いが始まってるし、そろそろ切り上げたほうがいいだろうか?
だが、今この瞬間にもミラちゃんに危害が加わってしまうんじゃないかと思うと、どうにも止まってられない。
敵が盗賊だって可能性を考えると、夜の捜索の方が本番のように思える。
「とりあえず、完全に人気がなくなるまでもう少し続けていいか?」
「はい」
「うん」
ミナとナツも同じ気持ちなのだろうか。
特に反対意見がでなくてほっとする。
「場所を変えてみよう。他の人たちが回った場所でも新しい発見があるかもしれないし。二人ともそれでいいか?」
「はい」
「うん」
なんとも味気ない返事を頂いた。
やれやれ、どっちも表情は沈んだままだし、もうちょっとこう……いや、今は何も言うまいよ。
そうして、俺たちが隣は隣の地区に移動した。
レオニン通りよりもさらに閑静な、住宅しかない居住区だ。
他の区と違って人通りもまばらになっている。
時間も時間だしな。
だからだろうか。
「……?」
「……」
きょろきょろと周囲を見渡してから角の向こう側へ消えた男が、やけに気になった。
「ヒカルさん? どうしましたか?」
「いや、今……」
「視線の運びがおかしかった」
「え?」
ふと隣のナツを見ると、彼女も男が消えた角を凝視していた。
「普通の人はあんな風に警戒して歩いたりしない。ロキさんから教えてもらったことがある。あれは、尾行が無いか確かめてる人の動きだよ」
「……二人とも、この距離だとばれるかも」
「わかってます。少し離れましょう。互いが見える位置で、仲間と思われないように、三人で後をつけてみましょう。……ナツもそれでいいですね?」
「……うん」
ミナとナツのやりとりは少しぎこちなかったが、それどころではない。
なんにせよ、ようやく見つけられたかもしれないのだ。
ミラを誘拐した犯人に繋がる(かもしれない)手がかりを。
まあ、これが漫画とかだったら今の男は無実で、ゲイバーに行くのを知人に見られないようにするため警戒していた、とかそういうオチがつくんだろうけど。
とにかく追ってみるべし、だ。
三人で三方向からこっそり男――毛糸の帽子を被った青年の後をつけていくと、彼はどんどん住宅街の端へ移動していく。
そして青年がたどり着いたのは、入り口を鎖で閉鎖された、今は使われていないのであろう朽ちかけた教会の前だった。孤児院の子供たちや神父さんに教えてもらったが、今のレオニン教会が建て替える前に使っていたという教会だ。バステロリッチ氏が出資して、孤児の多さにも対応できるよう今のレオニン教会が建ったのだとか。
青年はまた周囲を警戒してから鎖をくぐって中へ入り、丁寧に教会の扉を開け閉めして中へ消えた。
その頃にはすっかり夜の帳が下りており、通りの角で様子を伺っていた俺たちは闇に包まれた。
「……入っていったな」
「閉鎖された教会で、こんな時間にいったい何を?」
「近づいてみる?」
闇夜の中で合流した俺たちは、ナツを先頭にして抜き足差し足で教会に近づく。
この通りには街灯が無いので本当に暗い。
ナツは夜目が利くとのことで大いに助かった。
音を立てないように鎖の束をくぐり、教会内へ。
敷地内には礼拝堂しかなく、かつてはちょっとした集会に使われていた程度だろう。
さて扉の前に来たわけだが、さすがにこのままくぐって追いかけるのはどうだろう?
「回り込んで窓から様子を見てみようよ」
ナツの小声の提案に頷き、三人で礼拝堂の側面へ。
さっそく窓越しに……と思ったのだが、窓は全部割れていた。
「……暗いね。中で何かするなら明かりぐらいつけてもよさそうだけど……お?」
「どうした?」
「見て」
先に覗いてもらっていたナツに促され、ミナと一緒に中を覗き込む。
「……って見えないんだが」
「誰もいない?」
わお。
ミナもしっかり見えるらしい。
きみら魔法使いはどういう鍛え方をしてるんだい?
と、そんなことはどうでもいい。
「いない? さっきの男は?」
「気配もないよ。変だなぁ?」
「何を言ってるんですか。簡単なことでしょう」
『え?』
ナツと二人でハモってしまう。
「屋内の人間が消えたというなら、それは外に出たか、どこかに隠れたかです」
「なるほど。でもあいつは出てきてないし、ここには気配が無い」
「ってことは……隠し通路?」
ようやく眼が夜に慣れてきたぞ。
といっても、僅かな星辺りを頼りに、荒れ果てた礼拝堂の中を少しばかり視認できるようになっただけだが。
窓際には散らばっているキラキラは……ガラス片か。
長椅子の列は乱れており、たぶん埃だらけだ。
「中に入って調べてみようぜ。慎重に」
俺たち三人は順番に進入し、あまり物音を立てないようにしつつ、椅子をずらしたり床の感触を確かめたり。
やがて――
「ちょっ!? 来て来て!」
ナツが小声で、やや興奮した様子で声をかけてくる。
見ると、彼女が調べていた教壇が横にずれており、その下には大人が余裕をもってくぐれるだけの縦穴が伸びていた。ご丁寧にはしご付きだ。
「でかしたナツ!」
「えへへー」
「しっ。声が大きいですよ」
三人でその四角い穴を覗き込む。
すると、僅かだが、明かりのようなものが見えた。
「部屋、があるのでしょうか?」
「明らかに怪しい……どうするヒカル?」
「……とりあえず降りてみよう。奥を調べる」
そして俺たちは、ナツ、俺、ミナの順にはしごを伝って下りた。
「ヒカルさん、上を見ないでくださいよ」
「スカートの中なんて暗くて見えんわ」
軽口をたたきながら降りること十五メートル程度。
そこには縦横二メートル四方の空間が広がっており、目の前には木の扉が存在した。
俺たちが上から見えた光は、この扉から漏れ出ているものだったのだ。
そして俺たちは、ゆっくりと扉を開けて中を覗き込んだ。
眩しい……。
だが目が慣れるとそこには――
「こ、ここは?」
「うわぁ……」
「倉庫?」
そこに広がっていたのは、いくつもの木箱や鉄の箱、あるいはタルが積まれている空間だった。
まさしくミナが言ったとおり倉庫っぽい。
天井にランプがぶら下がっているおかげでかなり明るい。
「……ヒカル」
「なんだ?」
「誰かいるっぽいよ。人の気配がする」
「それも複数、でしょうね」
「な、なに?」
ナツとミナにはわかるっぽい。
と――
たった今奥から聞こえてきたこれは……話し声?
気配がどうとかいう前に、誰かいるのは確定みたいだな。
「……行くぞ」
俺たち三人はひっそりと、できるだけ気配を殺して、積み上げられたいくつもの荷を遮蔽物に奥へと進んでいく。
そうして最奥を覗き込むと、そこには三人の男性がいた。
「……という次第です」
「ふむ。首尾は上々のようだな」
「ですね」
男たちは三人とも、小さな箱を椅子代わりに車座になっている。
三人の真ん中にはランタンが置かれており、顔もよく見える。
そのうちの一人はヒカルたちが尾行していた青年で、あともう一人も若い。
残る一人は一際体が大きく、マントから伸びた両腕は柱のように太い。
この中では、おそらく巨躯の男が頭領格なのだろう。
他の若者二人が敬語を使っているし、やけに下手に出ている。
こいつらはいったいなんだ?
それにここは?
「にしても、ここにもだいぶ溜め込んじまいましたねぇ」
「しばらくは仕事を休んだほうがいいんじゃねぇっすか?」
「かもな。〝出荷〟が追いついてねぇ」
出荷? なんのことだ?
と――
「……!」
「ん?」
「どうしたんですガルマさん?」
「いや……ただ……」
若者二人にガルマと呼ばれた巨躯の男が不意に立ち上がり、辺りに視線を巡らせる。
やば!?
俺はとっさに男たちから目を離そうとしたが、襲い。
ばっちりガルマとやらと目が合ってしまう。
ガルマは俺に不適な笑みを浮かべた。
と思うと、立ち上がって大きく右足を振りかぶり――
「鼠がいるんでなぁ!」
そのまま思いっきり、今まで自分が椅子にしていた箱を蹴り飛ばした。
轟音と共に、半壊しながら宙を舞った箱が勢いよく飛来する。
俺に向かって。
「うおおおおっっ!?」
「うわっと!?」
「くっ!」
俺とナツ、ミナが荷物の裏側に首を引っ込めた瞬間、さきほどまで俺たちの顔があった場所に飛来した箱が衝突し、粉々に砕け散った。
「ひゃっはーーーーーっ! 侵入者だ! おまえら逃がすな!」
「へ、へいっ!」
「くそっ! どこから!」
ぐっ、まずい! 見つかった!
かくなる上は――
「やるぞ!」
「うん!」
「仕方ありません!」
敵は裸拳を構えるガルマと、ナイフを抜きはなった悪人面の若者二人。
俺たちも物陰から飛び出し、敵三人と対峙した。
「〝人造神器――魔本の断片〟!」
「〝人造神器――昇竜混〟!」
ミナとナツが、光を纏いつつそれぞれの得物を抜き放つ。
「むぅっ!? てめぇら魔法使いか!」
彼女たちの様子に敵は一瞬ひるむが、それでも雄叫びを上げながら突っ込んでくる。
「ちっ……嫌だけどやるしかないか!」
俺も腰に手を伸ばし、ギルドで借りた短剣を抜いた。
ロキさんに持っていろと言われて、ずっと護身用に借りてるものだ。
まだモンスター以外斬ったことがない。
だが、そうも言ってられない状況だ。
「うおおおおおっ!!」
恐怖を叫ぶことでごまかしながら、俺は乱戦の最中に突っ込んだ。
「はっ! ていっ!」
「ごっ!?」
「がふぅ!」
まず先頭に立ったナツが、見事な棒捌きで若者二人に手痛い一撃を加えていく。
どうやら体術では明らかにナツのほうが上だ。
ナツが前衛で戦場を作り、ミナが後衛で制圧していく。単純なコンビネーションとしては完璧だ。
「どうしたの? そんなもん? せいっ!」
「ぐっ!? 兄貴こいつ……!」
「どけぇ! 俺がやる!」
「むむっ?」
次の瞬間、敵の後衛から一気に前面に躍り出たガルマが、その大きな拳を思いっきりナツに振り下ろしていた。
だがナツは、冷静にバックステップで回避。
直後、轟音と共に、一部の荷物を削り取りながら、男の拳が石造りの床を破砕した。
「この女は俺が仕留める! おまえたちは他のガキをやれ!」
「へいっ!」
「来ますよヒカルさん!」
「お、おう!」
ナツと分断されてしまった。
若者二人の背後で、周囲すべてをぶっ飛ばしながらの、豪快なナツVSガルマが展開される。
くそっ、加勢に行きたいが今は目の前の敵に集中しないと!
「どりゃあ! おりゃあ!」
「くっ!」
俺に飛びかかってきたのは、最初に俺たちが尾行していた男だ。
ナイフを豪快にブン回してくる。
ためらいがない。
完全に殺す気だぞこれ、くそっ!
「死んだらどうするこらぁ!」
男のナイフを俺の短剣でギィンッと受け止めながら、なんだかよくわからないことを言ってしまう。
落ち着け俺!
人と戦うことは今までなかったが、がんばらないと死ぬぞマジで!
「うるせっ! 死にゃあいいじゃねぇか!」
「くっ、こいつ!」
俺は剣術なんて知らないが、とりあえず敵の動きにはなんとかついていける。
敵のナイフを受け止め、躱し……うおおお埒があかん!
ちらりと横目でミナを見ると……えっ?
「まだ抵抗するのですか?」
「くっ、バカな……!」
もう終わってた!
ミナに襲いかかった男が、おそらくミナにやられたのであろう、血の滲む胸元を押さえながら後ずさっている。
は、早ぇ。
俺がめちゃくちゃ手こずっているというのに、なんら魔法っぽい魔法を使うこともなく……もしかしてナツがすごすぎるだけで、ミナもけっこう体術いける?
「ちっ、このままじゃ分が悪いか! おい野郎ども! 逃げるぞ!」
「あっ! 待て! あたしと決着をつけていけ!」
「がははっ! 知るか! ほらよっ!」
「!?」
煙幕!?
ガルマが地面に何かを投げつけた、と思った瞬間、周囲一面が煙りだらけになってしまった。
まったく周りが見えん!
「で、でも兄貴、ここに集めた品は――!」
「あとでどうとでもなる! とにかく今は逃げだ!」
「へいっ!」
「ま、待ちやがれぇっ……ごほっ!」
け、煙っ!
見えないが、すぐ近くでナツとミナもごほごほやっているのが聞こえる。
とかなんとかやっているうちに、割と早く煙は晴れた。
だがその頃には、男たちの姿は跡形もなくなっていた。
大立ち回りのせいで一部がぼろぼろになった倉庫の中に、俺たち三人は佇んでいた。
「くそっ! どっち行った!?」
「ヒカル、落ち着いて。とりあえずもうダメっぽい。気配が完全に消えちゃった」
「でも今から追いかければ――」
「深追いはよくありません。他の仲間を呼ばれて待ち伏せなんかされたら目も当てられませんよ。とりあえず、このことをギルドに報告しましょう。速やかに」
正論……だな。
俺は短剣を腰の鞘に戻した。
溜息をついた瞬間、どっと疲れがやってきたような気がした。
数十分後。
俺たちがガルマと争った倉庫は、ギルドの皆によって捜査の手が加えられていた。
そこには鎧を纏った騎士たちの姿もある。ベーツェフォルト公国の兵士だろう。
「三人で無茶したのは頂けんが……お手柄だぞおまえたち!」
倉庫の入り口付近で作業を眺めていた俺たち三人に声をかけたのはギルドのベテラン、ダニーさんだ。
「今、騎士たちと協力してここを調べているんだが、どうやらここは盗難品の倉庫になっていたようだな。他にもいくつか入り口があって、一つ一つは小さい代わりに各地から分散して荷を運び入れやすいように工夫がしてある。こりゃ見つからんわけだ」
「……盗難品?」
「ああ。まだすべての品を照会できたわけじゃないから確定ではないんだが……ま、ほぼ決まったようなもんだ。ここはどうやら〝アーラック盗賊団〟の集積所の一つらしい」
「アーラック盗賊団……!?」
「って、あの?」
ん? ミナは知ってるみたいだ。
「あれ? ヒカルは知らないの?」
「アーラック盗賊団。数年前からこの大陸全土で暗躍する盗賊組織です。未だに首魁を探ることができず、判明しているのはわずかな情報のみ……。この大陸でもっとも手を焼いている犯罪組織と言っていいでしょう」
なるほど。
この国で好き放題やっていて未だに捕まっていない、どころか正体すらろくにわかっていない盗賊組織、か。
「でもダニーさん、ベーツェフォルトでは彼らの活動は今まで噂にもあがらなかったはずじゃない?」
「そうだなナツ。あの集積所の規模もそんなに大きくなかったところを見ると、まだここで今後活動していくかどうか見ている段階なのかもしれんな」
「こいつぁほんとにお手柄だぞぉ? アーラック盗賊団にはほとほと他のギルドや国でも煮え湯を飲まされていたからな。アーラック盗賊団の侵攻が深刻化する前にこうして手を打てたってことは、なにかしら国から何か特別な謝礼がでるかもしれん」
「……」
「……」
「……」
「あ、あれ? おいどうした、おまえたち嬉しくないの――あ……」
俺とミナ、ナツがそこまで喜んでいない理由に、ダニーさんも途中で気付いてくれたらしい。
そりゃ、悪い組織の尻尾を掴むことができて、ギルドの一員としては誇らしい想いも少なからずあるさ。
でも今、俺たちが求めているのはアーラック盗賊団なんかじゃない。
さらわれたミラちゃんだ。
よしんばここで彼女と対面できればと僅かに考えていたが、そううまくはいかないもんだな……。
「あー、おまえたち、そう気を落とすな。誘拐事件に関しては、他のみんなも捜査にあたっている。きっとなんとかなるさ。な?」
「ありがとうございます、ダニーさん」
ダニーさんに悪気などない。
励ましてくれる彼には笑顔を向けたつもりだが、ちゃんと笑顔になっているかどうかは怪しかった。
と――
「おお、なんと、これは……」
ん?
聞き覚えのある声がしたと思って振り返ると、そこにはバステロリッチ氏がいた。
「ば、バステロリッチさん? どうしてこんなところに?」
「あはは、これでも貴族ですからな。さる騎士のお方から連絡を頂いて駆けつけてみたのですが、これはこれは……」
地下に設けられた秘密の空間が珍しいのか、ほーとかはーとか言いながら辺りをきょろきょろと探るバステロリッチ氏。
「あ、伯爵殿! もういらしてましたか!」
するとそこに、鎧姿の騎士が何か箱を持って近づいてきた。
ううむ、バステロリッチさんって教会に来るときは子供に優しいおじさんって印象しかなかったけど、こうやって見ると本当に偉い貴族なんだなぁ、とか思ってしまう。
「こちら、確認して頂けますか? 間違いは無いと思うのですが……」
そういって騎士がバステロリッチ氏の前に差し出したのは、ワインを収納するのにちょうどいい大きさの小箱。
「おお、これです!」
バステロリッチ氏はそれを受け取ると、無我夢中といった様子で開ける。
果たしてその中で緩衝材にくるまれていたのは、美しい装飾がなされた観賞用とおぼしきナイフだった。
「そう、間違いない! いつの間にか我が家から盗まれていたコレクションの一つです! まさかアーラック盗賊団の手に落ちていたとは!」
バステロリッチ氏は興奮した面持ちでナイフを手に取りためつすがめつ。
とかなんとかやっていたかと思ったら、ナイフを両手で握りしめたままくわっと目を見開いてこっちを見た。
俺とミナとナツは意表を突かれてぎょっとなってしまった。
そしてバステロリッチ氏はナイフを握ったまま俺に歩み寄り、握っていない方の手で俺と握手。そのままぶんぶん腕をシェイクされた。
「私の大切な大切なコレクションを取り戻してくださったのは、ヒカルさん、あなた方とのこと! 本当にありがとうございます! いや本当に!」
「ちょちょちょ、バステロリッチさん、わかりましたから、ナイフをしまってください。怖いです……」
こらこらミナとナツ、距離を取ってないで助けてくれよ。
「おっと、これは失敬」
バステロリッチ氏はしばらくしてからようやくナイフをしまってこほんと咳払い。
「恥ずかしいところをお見せしてしまいました。実は私、以前より古今東西の武器をそろえるのが趣味でして……今回は貴重な刀剣が戻ってきたもので、つい興奮してしまいました。お許しを」
「あ、いや、お役に立てたなら何よりです」
この人、子供好きだったり武器コレクションしてたり、なんか子供っぽいとこが多いような気がする。
まあ、そんだけ気さくで付き合いやすいからいいんだけど。
「つきましては、何かお礼をさせてください」
「え?」
「このままでは私の気が収まりません。えっと……」
バステロリッチ氏は、傍らのダニーさんに向き直って言う。
「あの、ヒカルさんたちをこの場からお連れしてもよろしいでしょうか?」
「かまいませんよ。……ヒカル、ミナ、ナツ。この場は俺たちがやっとくから、おまえたちはもう休め」
「だそうです。そうだ! よろしければ三人とも、うちで食事などいかがですかな? 夕食など、まだ召されていませんでしょう?」
わ、わ、なんか話が進んでる。
「あの、バステロリッチさん、別にいいですよお礼なんて」
「そうですよ。あたしたち、たまたまここを見つけただけだし」
「あなたの刀剣を取り戻したのは偶然です」
と三人で言ってはみたものの。
「いいえ、これが戻ってきたのは誰がなんと言おうと皆さんのおかげです。貴族たる者受けた恩義は返すのが道理。こうなったら意地でも夕餉に付き合って頂きますよ!」
と、ナイフ片手に鼻息荒く〝お礼〟を主張するバステロリッチ氏がなんだか怖くて、その気持ちをやんわりお断りすることができなかった。
後ろでダニーさんも苦笑してたな。
ともあれ俺たち三人は、バステロリッチ氏のお誘いを受けて、彼の自宅で夕飯を振る舞ってもらうことになった。
※※※
金持ちの家と聞いてどんなものを想像する?
いかにも王様や貴族が住んでいそうな大きな屋敷?
いいね。三階建てぐらいあったりしてさ。
玄関から門の間に噴水がおけるぐらいの空間があって、庭園ではバラが咲き乱れ、池をまたぐように遊歩道が設置されてるんだ。
そんでもって見張りの私兵がいたりして、屋内では使用人たちが出迎えてくれて。
うん。
俺は今、まさにそんな感じの場所に案内されていた。
「す、すげぇなぁ……」
「ひえー……」
「維持費にいくらかかっているのでしょうね」
「ささ、三人ともこちらへ!」
俺たち三人がバステロリッチ氏の馬車に乗り込み、案内されたのは彼の邸宅だ。
まごうことなき金持ちの住処がそこにはあった!
「おかえりなさい、旦那。おや、そちらの方々は?」
「おお、クレメンスくん。皆さん紹介します。彼はうちの私兵をまとめてくれているクレメンスくんだ」
「どうも」
騎士の重装とは違う軽装に身を包み、腰に剣を携えたその青年――クレメンスさんがにこりと笑う。
ここの警備を担当してる一番偉い人……ってことは、人の良さそうな感じと若さとは裏腹に強いのかな?
「そしてクレメンスくん。こちらがさっき騎士の人が報告してくれた、盗品の発見を手伝ってくださった方々だよ。それぞれギルド所属のヒカルさん、ナツさん、ミナさんだ」
「おお、少年と、こりゃまたかわいこちゃん二人。よろしく」
「は、はあ」
けっこう軽い感じのノリだな。
嫌な感じはしないからいいけど。
「それで実は、お礼をかねて三人に夕食をごちそうしようと思ってね」
「なぁるほど。それじゃオレは一足先にコックに知らせてきましょう」
そういってクレメンスさんは、玄関をくぐってえっちらおっちら駆けていった。
「さあどうぞ、我が家へ」
「お帰りなさいませ、旦那様」
バステロリッチ氏に促されて大きな扉をくぐり屋敷の中へ。
メイドさんは居なかったが、代わりに男性の執事が俺たちを迎えてくれた。
バステロリッチ氏は執事と二、三言話した後、俺たちを案内してくれる。
「あたし、こんな金持ちの屋敷歩くの初めてだよ……うわぁ高そうな壺とかある」
「貴族って見栄張らないといけない生き物だしなぁ」
「私も絨毯を踏むのは生まれて初めてです。ヒカルさんは、そんなにでもないみたいですね」
「もしかしてヒカル、良いとこの人なの?」
はいはい、と挙動不審なナツをあしらいながら先へ。
いかにも高そうな調度品が各所に転がった廊下を進むのは、それだけでなんか緊張してしまうようだ。
ミナだけは平常運転のようだが。絵画や壺を眺めて何かぶつぶつ言っている。
さて、さっそく夕食かと思いきや、まずは湯浴みをすすめられた。
当然っちゃ当然なんだが、俺たちを招くことは想定外だったのでまだ夕食の準備が整っていないんだそうだ。
俺は別に風呂は……って感じだったが、ミナとナツが入りたそうにしていたので入っておいた。
ああそうか、言われてみりゃこっちの世界だとバスタブに浸かる風呂は滅多にないもんな。水浴びとか、お湯で体をぬぐったりとかが多かったし。
なんと驚くことに、この家には男湯と女湯があった。
銭湯かよ。いや、内装はそんな和的なものではなかったけれど。
そして俺はバスタブっぽい風呂を想像してたんだが、案内されたのはプールみたいなでけぇ風呂だった。
金持ちの家か! と突っ込んでからここがまさにそうであったと気付いてしまう。
俺は久方ぶりにお湯で肩まで浸かり、それなりに風呂を楽しんだ。
そしてようやくメシのターンだが――
「う、うまいぃぃぃっ!?」
「ははっ、お口にあったようでなによりです」
いわゆるフルコースってのとはちょっと違う。
たぶん、バステロリッチ氏が腹ぺこの俺たちに気を利かせてくれたんだろう。
メニューはなんちゃらの冷肉とかジュレだとか洋風なアレなのだが、なんかいっぺんに大皿で大量に出てきたりして、給仕が中華風だった。
つまり、一度にたくさんがっつくことができる。
「ガツガツガツガツ!」
「ばくばくばくばく!」
「二人ともはしたない……」
「あっはっはっは! かまいませんよ。そうでなくては」
「いい食いっぷりだねぇ」
俺とナツは、主に肉に食らいついてしまう。
だってこんな上等なやつ久しぶりに食べる。
バステロリッチ氏とクレメンスさんに笑われているような気がするが構うものか!
俺とナツが落ち着いたのは、卓上の料理をすっかり食らい尽くしたあとだった。
「ふぃ……ごちそうさまです」
「ありがとうバステロリッチさん! すっごくおいしかったよ!」
「美味でした」
「それは何よりです」
うむ、余は満足じゃ。
さーて、そろそろ帰らなくっちゃな。
「ナツ、ミナ、そろそろ……」
「そうだね。バステロリッチさん、ごちそうさまでした」
「私たちはそろそろお暇します」
「おや、泊まっていかれないのですかな?」
『え?』
バステロリッチ氏の申し出に、三人でハモってしまう。
「もうだいぶいい時間になってしまいました。あなたたちが手練れだということはわかっているのですが、やはり大切な恩人をこんな時間に帰すのは忍びない。そう思い、寝所の用意をさせていたのですが」
「や、や、それはさすがに……」
「遠慮しなさんなって」
クレメンスさんが笑いながら言う。
「俺としてもそのほうがありがたい。送っていく手間が省けるからな」
なんだか至れり尽くせりで申し訳ないが……。
結局、俺たち三人はそれぞれ一部屋ずつ宛がってもらい、バステロリッチ邸に泊まることになったのだった。
「うひゃー……ふかふかだ……」
客用の部屋なのだろう。
豪勢なベッドに横になって一息つくと、すぐに眠気がやってきた。
「にしても、今回は外れか……」
バステロリッチ氏には悪いが、彼のコレクションなんかよりミラが見つかればよかったのにな……。
明日からも地道に捜査を進めるしかない。
「ミナとナツも、少しずつ元通りになってくれればいいけど……」
今日、最後のほうではちょっとだけ、普通に会話してたような気がする。
このまますんなりってわけにはいかなくても、そろそろ仲直りのきっかけぐらい掴んでもらえたら……。
「むにゃ……まあ、地道にいこう」
それしか手はないのだから。
今は明日に向けて体力を……養う…………時………………。
……んあ?
ふと物音だか違和感だかで目を覚ますと――
覆面の男がベッド上の俺に向けて、剣を振り下ろそうとしていた。
「……うおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!??」
なんだなんだなんだぁ!?
俺が体を跳ねさせて飛び退いた瞬間。
先ほどまで俺が寝ていた場所に容赦のない一撃がたたき込まれ、高そうなベッドに風穴が空いた。
「チッ!」
「だ、誰だおまえは!?」
もちろん答えてくれるはずもない。
返事代わりに、二度目の斬撃が飛んでくる。
「くっ、このぉ!」
「!!」
俺はサイドテーブルに置いていた短剣を手に取り、鞘に包まれたままのそれを覆面野郎に投げつけてやった。
これには覆面も意表を突かれたのか、慌てて剣で弾いてガードする。
だが計画通り。
「もらったぁ!」
「ぐはぁっ!?」
続いて投げつけた水差し(水入り)が、覆面の頭部に直撃して派手に割れた。
当然中身が飛び散って、室内に陶器の破片と水が散らばってしまう。
ああ……人様の家で大惨事だこりゃ……。
「このやろぅ!」
「がふっ!? ……ぐぅ……」
起き上がろうとしていた覆面に肘鉄をたたき込んだ。
タンスの角に後頭部を打ち付けた衝撃で気絶したようだ。
……っていかん、誰か聞き出すの忘れた。
「どうなってんだ? 賊? 警備の兵士さんたちは何を……」
自分で言って、はっとする。
まさか――
嫌な予感がする。
男の側に転がっていた短剣を回収し、部屋の外へ飛び出す。
「ヒカルさん!」
「ヒカル! 無事!?」
「二人とも! ……もしかしておまえらのところにも?」
「ええ」
「なんかヘンなのに襲われたよ!」
いよいよもって尋常じゃねぇ。
俺とミナとナツが三人同時に襲われるなんて。
そして、誰も見あたらない廊下。
おかしい。
寝る前は兵士の人たちが巡回していたはずだが……。
「バステロリッチさんが心配だ。行こう」
『了解』
俺たち三人は、隊列を組んで廊下を進んだ。
と、その時。
曲がり角の向こうから、金属音と破砕音が響いてくる。
これは……誰かが戦っている?
「二人とも!」
「ええ!」
「行ってみよう!」
そして、角を曲がったところで待ち受けていたのは――
この屋敷の兵士の人たちが、何者かによって倒されている場面だった。
それも一人や二人ではない。
廊下には、何人もの兵士たちが倒れてしまっている。
そしてそれをやったのは――
「ようガキ共。また会ったな」
「おまえはっ!?」
その巨躯と悪人面。
間違いない。
こいつは、アーラック盗賊団の倉庫で俺たちと一戦交えた男――ガルマだ!
「さてさっそくで悪いが、死んでもらうぜぇ!」
「な……おわあああっ!?」
「きゃっ!?」
「ヒカルさんっ!」
ガルマが大振りなナイフ――バンディットナイフを振りかぶり――膂力に思い切り力をこめて放った一撃が、廊下の床にたたき込まれる。
すると床から天井に向けて亀裂が走り、その亀裂は俺たちにも向かってきて――
「どらあああっっ!!」
「ぐおおおっっ!?」
あえなく廊下は崩壊。
ここは三階なので、足下を破壊された俺は飛び退く間もなく二階の廊下へ落下してしまった。
ガルマと一緒に。
「げっほっ! ごほっ!」
「さぁーて、邪魔が入らねぇうちに片をつけるぜ!」
やべぇ!
ミナ、ナツと分断された!
「ヒカルさん! 待っててください、今そちらに――」
「テメェらの相手は俺たちだぜ!」
「くっ、こいつらどこから!?」
新手!?
上の階にいる二人も囲まれてしまったらしい。
「おいおい、おまえは自分の心配だけしてろぉ!」
「ぐおっ!?」
あっぶね!
ガルマのナイフが頭をかすめた。
間一髪で躱したがなんてパワーと刃の頑丈さだ。普通に刃こぼれせずに建築物を破壊してる。西洋系の剣は叩きつけるものだというけど、こんな鈍器のような破壊力は予想外だ!
「ちぃっ!」
とりあえず飛び退いて距離を稼ぐ。
足下が瓦礫だらけじゃろくにステップも踏めない。
だというのに――
「そらあああっ! そらあああっ!」
「のわっ!? うわっ!?」
このクソ馬鹿力野郎!
人様が更地に逃げても更地に逃げても、あっちこっちを拳で破壊しまくって、あっという間に一面を瓦礫だらけにしてくれる。
つーかこいつのナイフ堅すぎだろ!
窓とか壁とか普通に割ってのに刃こぼれ一つついてねぇ!
だが……。
「ふぅー……ふぅー……」
「お?」
突然の襲撃にびびっちまったが、ようやく落ち着いてきた。
落ち着いてきたら、理解できる。
こいつの攻撃、パワーはすごいがギリギリ俺でも避けられるレベルだ。
だからこうやって、攻撃の隙間に抜剣することもできる。
「ハッ! そんな小さな刃で何ができるよ! 効かん!」
「やってみなくちゃわかんねぇだろうがぁっ!」
なりふり構ってられない。
俺は男の右フックをかわした直後に踏み込み、その肩口に向かって思い切り剣を振り下ろした。
が――
「なぁっ!?」
人体に向かって鉄器を振るったというのに。
なぜか、ガギィィィィンッという擬音。
そして宙を舞う、短剣の切っ先。
「お、折れちまった!? くっ!」
「だから効かんと言ったろうが!」
「んぐっ!?」
がはああああっっ!?
いってぇええええええっ!!
動揺した隙を突かれ、浅くだが、腹に一発蹴りを貰ってしまって吹き飛ぶ。
ぐおおおお、重い……夕飯を吐き出してしまいそうになる。
こんなのもはや、人間業じゃねぇだろ。
人間業じゃ……んん?
「お、おまえもしかして……」
「やっと気付いたな。そう、俺は魔法使いだ」
ガルマが腹の前でガシッと両拳を擦り合わせると、そこからシューッと湯気が立ち上った。
いや、拳だけではない。
よく見るとガルマの全身が薄く発光しており、同様に湯気が立ち上っている。
「と言っても、俺は一つしか使えんのだがな、だがその一つ――〝身体強化〟さえあれば普通の人間を相手取るには十分だ。……おらぁっ!」
「ぐっ!!」
片膝をついた体勢の俺に向かってトーキック。
なんとか躱すが、かすった部分の皮膚を持っていかれる。
銃弾がかすったみたいな擦過傷ができた。
「(当たったら……当たったら致命傷だっ!)
徐々にだが、拳戟のスピードが上がっている。
それにパワーも段違いで、もはや空圧だけでどうにかなってしまいそうだ。
ガルマは両拳をぶんぶん振り回しながら、周囲を破砕しながら廊下を進み、次第にそれは俺の動体視力を上回って――
「うぉっしゃらああああああああああっっっ!!」
「ぐあああああっっっ!?」
とうとう、やつの拳が俺の胴体を捉えた。
と言ってもかなり浅く、ガードの上からの攻撃だった。
が、それでもこうやって、俺がもんどり打ってぶっ飛びながら廊下を二、三回転して、どこと知れない部屋の扉をぶっ飛ばしながらダイナミック入室するには十分だ。
「うぐぅ……っ!」
痛い痛い全身が痛い。
くそ、どんだけぶっとんだんだ俺は。
早く起き上がらないとやつが来る。
って、え……?
「な、なんだここ?」
俺がガルマにぶっ飛ばされて入ったのは、不思議な部屋だった。
刀剣。
刀剣刀剣刀剣刀剣刀剣刀剣。
学校の教室程度はある空間に、おびただしい数の刀剣が飾られている。
棚に鎮座し、あるいは壁に掛けられている無数の刀剣。
いきなり目の前に広がったその光景に身震いするような感覚を覚えるが、すぐに理解する。
そういやバステロリッチさんは、武器をコレクションするのが趣味と言ってなかったっけ?
てことは、ここは彼のコレクションルーム?
って、見とれてる場合ではない!
チャンスだ!
バステロリッチ氏には悪いが、ちょいと武器を借りさせてもらう!
さてどれを――
「まーだ生きてやがったのか。しぶとい」
「!!」
棚を物色する間もなく、振り返るとすぐ傍にガルマが立っていた。
逆手に構えたナイフで、その凶刃の切っ先を俺の脳天に振り下ろそうと構えていた。
まずいっ!
「だがこれで終わりだああああああああああああっっっ!!!!」
「っ――」
そして。
武器を選んでいる暇が無くなった俺は。
とっさに手を伸ばして。
適当に。
されど運命的に――――、
その剣を引き抜いて、解き放った。
「むっ……ぐおおおおっっ!?」
「!?」
何が起こったのか、俺にもわからない。
だが一瞬、ものすごい量の光がどこからか迸ったかと思ったら、俺が振るった〝それ〟がガルマを退けたのだ。
いや、ガルマのナイフを受け止めた上で、何でもないかのように吹き飛ばした。
「て、てめぇなんだそれ!」
「こ、これは……!?」
知っている。
俺はこの輝きを知っている。
この毒々しい魔を宿した輝きは、ニルベ村で偶発的に宿した邪印のそれだ。
邪印が剣に向かってその触手を伸ばし、侵食しようとしている
「おまえ、呪いの魔剣をなぜつかめる!!!」
「の、呪い!?」
「くっ、なんてやつだ!」
だが、この現象はなんだ?
これは普段の覚醒とは違う。
たまたま手に取ったこの武器と共鳴している?
いや違う。
そんな生やさしいもんじゃない。
従えようとしている。
征服しようとしている。
占領しようとしている。
両手に走る魔力の感覚も奇妙だ。
なんだろうこれ?
ふだんはただただ溢れ出す魔力の奔流を感じているだけなのだが、今は何かこう……吸い取っている?
脳内に、映像が一瞬浮かんでくる。
それは毛深くもゾンビのようにほおがこけ落ちげっそりとした、巨大な銀色の雷の鳥だった。
鳥の周りに散る膨大な熱量の紫電は彼らの意図することなく発生するが故、そのエネルギーを制御できずいつも腹を空かせている。
死ぬまで、死んでも満たされない永遠の空腹こそが彼らの呪い。
きっと――俺以外がこの剣を握れば、一瞬で飢餓状態になって死んでしまう。そういう類の、『呪いの剣』なのだ。
ゆえにその名を、"アクェウチドッドの雷剣"。
剣名を表示して、脳内映像は消えていった。
この武器から?
吸収している?
何を?
いや、そんなことは今どうでもいい。
肝心なのは、俺が今、覚醒状態にあるということ。
そして、この手には武器が握られていて、どうやら〝やれそうだ〟ということ。
「はんっ! てめぇも魔法使いだったってわけか。だが――そんなこけおどしだけじゃ勝てねぇぞこらぁっ!」
「っ! はぁあああっ!」
とっさに振るった。巻き起こる暴風。
紫電を伴い剣音を奏でた剣は、先ほどの巻き返しのように、男を雷撃で包み、あたりに衝撃波をまき散らしながら男を廊下へ吹き飛ばした。
「ぐ、が」
「っし、いける!」
俺も遅れずに廊下へ躍り出る。
ガルマは電気に体が麻痺しているのか、盗賊ならではの俊敏さはなりをひそめて、重そうに体を起こす。
落ち着け俺。
これまでやってきたときと同じように、魔力の流れを感じ取るんだ。
ぐつぐつと煮えたぎるマグマのような、じりじりと燃える導火線のような――
いや違う。
今日の魔力はひと味違う。
きっとこの武器のせいだろう。
ピリピリとしている。
バリバリとしている。
触れた途端に弾けて破れて、静電気みたいに悪戯な発生と再生を繰り返すような、そんなイメージ。
剣から飛び出た雷撃を男にぶち当てるイメージ。
ええいもうなんでもいい!
とにかくこの魔力で――廊下ごと男を粉砕するのみだ!
「吹き飛べぇええええっっっっ!!!!」
「なっ……ぐおおおおおおおおおおっっっ!?」
一閃。
というにはそれは、あまりにも眩しすぎた。
普段の〝爆発〟とは違い、エネルギーに富んだそれは、俺のイメージ通りに空間を貫いて、一瞬のうちに廊下の突き当たりへ到達し、まだ進む。地球では戦艦さえ落とすだろう圧倒的な暴力が、荒れ狂う雷を幾十本も編んだような雷撃が文字通り廊下を飲み込んでいった。
だから、その輝きが止んだとき。
廊下の真ん中にボロボロのガルマが転がっていたのは、当たり前すぎる結果だった。
が、
「ぐ、ぅ……!」
「こいつ、まだ……!」
どうやって生き残ったんだ!?
治癒の光を伴いながら体を起こすガルマに驚愕しながらも二撃目を振りかぶると、
「ヒカルさーんっ!」
「ヒカルっ! 今の魔力はなにっ!?」
さっきガルマが開けた大穴から、ミナとナツが飛び降りてくる。
「あ、」
ちょうど盗賊と直線上に現れてしまった二人に、俺は剣を振るえず動けなくなる。
「っ、あばよ!」
「あ、待て!!」
がしゃぁああん!
割れかけだった窓ガラスを破り、夜の闇へ消えていった。
「くそ、逃がしたか……っ」
「ヒカルさん!?」
邪印がひっこみ、発光も終わって体から力が抜ける。カラン、と俺の手から雷剣が滑り落ちていった。
俺は二人が駆け寄ってくる前に、その場に俯せに倒れ込んでしまうのだった。
それでは、また一週間後をお楽しみに!