バックアタック
ふわりとした風につられて顔を上げると、君の背中があった。
自転車の音、やわらかそうな髪、ほのかな匂い。
広い歩道の真ん中で、俺は一目惚れした。こんなに胸が高揚するなんて、始めての経験だ。
晴れ渡る青空を背景にして、君はゆっくりと遠ざかっていった。走れば追いつける。だけど、その後、どうしたらいいかわからなくて思いとどまった。
信号待ちで自転車が止まった。
運命だ。追いつけと言われた気がする。
周りの通行人に不審に思われない程度に足を早めた。
あと少しで追いつく。
信号が青に変わる。
君は遠ざかった。
昨日。
今日。
明日。
同じ時間に出会う。
君の顔は見ていない。背中だけだ。
今日もまた、君は俺を追い越していった。信号で止まる。信号が変わる。遠ざかる。
毎日の繰り返し。
君を抱きしめたいと思うようになった。やわらかい背中に顔を埋めて、温もりを感じたい。匂いを嗅いでみたい。
ひと気のない通りならよいだろうか。待ち伏せしてみようか。後を追って家を突き止めるのが先決か。
いいや、できはしない。そんな度胸があるくらいなら、出会ったその日に声をかけている。
悶々とした気持ちを引きずったまま、今日という日が終わる。
一人暮らしの部屋に帰り、頭を抱えた。こんなことで思い悩むのは馬鹿げている。やはり、勇気を出すべきなのだろうか。走って追いかけて、後ろから――
俺はベッドに寝かせていた膨らみを抱きしめた。背中に顔を埋めた。やわらかい髪からフローラルの香りがした。本当はこんな匂いではないだろう。もっと臭いはずだ。
自転車を追いかける君の背中を思いながら、毛むくじゃらの犬のぬいぐるみを強く抱きしめた。




