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I  作者: あると
7/10

バックアタック

ふわりとした風につられて顔を上げると、君の背中があった。

自転車の音、やわらかそうな髪、ほのかな匂い。

広い歩道の真ん中で、俺は一目惚れした。こんなに胸が高揚するなんて、始めての経験だ。

晴れ渡る青空を背景にして、君はゆっくりと遠ざかっていった。走れば追いつける。だけど、その後、どうしたらいいかわからなくて思いとどまった。

信号待ちで自転車が止まった。

運命だ。追いつけと言われた気がする。

周りの通行人に不審に思われない程度に足を早めた。

あと少しで追いつく。

信号が青に変わる。

君は遠ざかった。


昨日。

今日。

明日。

同じ時間に出会う。

君の顔は見ていない。背中だけだ。

今日もまた、君は俺を追い越していった。信号で止まる。信号が変わる。遠ざかる。

毎日の繰り返し。

君を抱きしめたいと思うようになった。やわらかい背中に顔を埋めて、温もりを感じたい。匂いを嗅いでみたい。

ひと気のない通りならよいだろうか。待ち伏せしてみようか。後を追って家を突き止めるのが先決か。

いいや、できはしない。そんな度胸があるくらいなら、出会ったその日に声をかけている。

悶々とした気持ちを引きずったまま、今日という日が終わる。

一人暮らしの部屋に帰り、頭を抱えた。こんなことで思い悩むのは馬鹿げている。やはり、勇気を出すべきなのだろうか。走って追いかけて、後ろから――

俺はベッドに寝かせていた膨らみを抱きしめた。背中に顔を埋めた。やわらかい髪からフローラルの香りがした。本当はこんな匂いではないだろう。もっと臭いはずだ。

自転車を追いかける君の背中を思いながら、毛むくじゃらの犬のぬいぐるみを強く抱きしめた。

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