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I  作者: あると
3/10

弾む

「お父さん、迎えに行ってくれる?」

「やだ」

僕はスマホをいじっていた。

「傘を忘れていったのよ。靴べらと間違えたんだって」

お母さんは聞き流して夕食の支度をしている。

「お母さんが行けばいいじゃん。僕は忙しいの!」

「じゃあ、お願いね。カレーライスができるまでしばらくかかるから。それと、帰りに封筒出してきて。懸賞のやつね。ふふふ、今度は当たるかしら」

まったく聞き耳を持っていない。

「もう!」

おっとりとした声とは裏腹に有無を言わさない響きを感じて、僕は傘をつかんだ。ゲームは歩きながらでもできるから、しかたなく言うことを聞いてあげる。カレーライスの完成が遅くなるのが嫌だったわけじゃない。

傘を片手にスマホを操作していたらあっと言う間に駅に着いた。

「悪いな」

照れた顔でお父さんが手を振った。

「天気予報で雨って言ってたのに、なんで忘れるかなあ」

「うっかりしてた」

お父さんは靴べらを取り出して見せた。

「それはいいから、早く帰ろう!」

奇異な目で見る人たちがいて恥ずかしかった。

「おい、傘は?」

「あ!」

僕は左手の傘と右手のスマホを見た。お父さんの傘を忘れていた。

「お前はやっぱり俺の息子だよ」

笑いながら僕の傘が取り上げられ、男同士の相合い傘になる。

「恥ずかしい……」

自業自得とはいえ情けない。

「そうだ。お母さんが出して来いって」

懸賞の封筒はちゃんと持ってきていた。

「また、懸賞か? 当たるはずもないのに」

「だよね」

「ちょっと待て」

お父さんは封筒を見返した。

「どうしたの?」

「切手が貼ってないぞ」

「ホントだ」

「お前と言い、お母さんと言い、うっかり者だな」

お父さんは肩を揺すって笑い出す。

「お父さんがそれ言っちゃうの!」

他人事のような科白に、僕は怒る気にもなれなかった。

「こりゃまいった。似た者家族だったか」

お父さんの声が弾み、傘の上では雨が弾んだ。何故か僕の心も弾んでいた。

お父さんとお母さんに似ているから嬉しかったわけじゃない。カレーライスが待ち遠しかっただけなんだ。

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