弾む
「お父さん、迎えに行ってくれる?」
「やだ」
僕はスマホをいじっていた。
「傘を忘れていったのよ。靴べらと間違えたんだって」
お母さんは聞き流して夕食の支度をしている。
「お母さんが行けばいいじゃん。僕は忙しいの!」
「じゃあ、お願いね。カレーライスができるまでしばらくかかるから。それと、帰りに封筒出してきて。懸賞のやつね。ふふふ、今度は当たるかしら」
まったく聞き耳を持っていない。
「もう!」
おっとりとした声とは裏腹に有無を言わさない響きを感じて、僕は傘をつかんだ。ゲームは歩きながらでもできるから、しかたなく言うことを聞いてあげる。カレーライスの完成が遅くなるのが嫌だったわけじゃない。
傘を片手にスマホを操作していたらあっと言う間に駅に着いた。
「悪いな」
照れた顔でお父さんが手を振った。
「天気予報で雨って言ってたのに、なんで忘れるかなあ」
「うっかりしてた」
お父さんは靴べらを取り出して見せた。
「それはいいから、早く帰ろう!」
奇異な目で見る人たちがいて恥ずかしかった。
「おい、傘は?」
「あ!」
僕は左手の傘と右手のスマホを見た。お父さんの傘を忘れていた。
「お前はやっぱり俺の息子だよ」
笑いながら僕の傘が取り上げられ、男同士の相合い傘になる。
「恥ずかしい……」
自業自得とはいえ情けない。
「そうだ。お母さんが出して来いって」
懸賞の封筒はちゃんと持ってきていた。
「また、懸賞か? 当たるはずもないのに」
「だよね」
「ちょっと待て」
お父さんは封筒を見返した。
「どうしたの?」
「切手が貼ってないぞ」
「ホントだ」
「お前と言い、お母さんと言い、うっかり者だな」
お父さんは肩を揺すって笑い出す。
「お父さんがそれ言っちゃうの!」
他人事のような科白に、僕は怒る気にもなれなかった。
「こりゃまいった。似た者家族だったか」
お父さんの声が弾み、傘の上では雨が弾んだ。何故か僕の心も弾んでいた。
お父さんとお母さんに似ているから嬉しかったわけじゃない。カレーライスが待ち遠しかっただけなんだ。




