第六話~痴話喧嘩?~
この大陸イエロ=エスピリットは中央大陸を中心に島の各点を結ぶことで、星形にその形を見立てることができる。
最北のエアムを始点として時計回りにエイル・エウロ・エエス・エオヌを星の頂点に座する。
この大陸が出来て約二百年とも言われているが、表立った抗争や戦争もなく、穏やかで平凡な生活を享受していた。
しかしあくまでも表立った話である。
その影には各国の数多の思惑が絡み合い交錯し、裏での諜報戦に事故にみせかけた横暴の数々。
ひとびとは薄々それを感じていながらも、今という仮初めの平和を捨てることもできずにいた。
それ故に魔王軍侵略の前にもなかなか一枚岩になれずにいた。
戦争後の利権に他勢力の牽制、どれもが各々の懐を温めんが行う思惑であった。
しかし、それはとらぬ狸の皮算用でしかなく、その状況に漬け込まれるのも当然といえ、自身達が大陸全土を窮地に追い込んでいったのである。
破滅への道も近付き全土の三分の二を掌握されたところで、ようやく人類は強固な協力体制を締結することになる。
勇者という中心人物が台頭したからである。
圧倒的な力で襲いくる敵を聖剣で切り伏せるその姿が、人々の心を動かしたのだ。
無論、利害以前に人類そのものが危ういという切迫した情勢下のおかげでもあるのだが。
各国の戦力も各地で勝利を収め、奪われてきた領土徐々にと取り戻し、魔王軍の版図を押し戻していった。
勝利を重ね、その美酒に酔いしれ、平和をその手に掴もうとした矢先、このような噂が全土を駆け巡った。
勇者魔王を討伐するもその命を落とした、と。
未だ興奮冷めやらぬ、イエロ暦七四八年のことであった。
* * * *
イエロ暦七四八年四月二四日
噂の魔王、いや勇者シズクは自らの置かれた状況にただただ唖然としていた。
早一週間となる環境ではあったが慣れるには未だ時間が足りなかった。
視線先ではカーナが机に突っ伏し夢を見ている。机に水面が出来るほどの熟睡ぶりだ。
ミルフェアは目を閉じているのだが、その手は黒板の文字を一字一句間違えることなく書き写している。
その光景に隣の生徒は口を開きっぱなしである。
一週間にもなるがまだ慣れないらしい。
そういうシズクも、まだまだ慣れないものがあった。
それは、
「なぁトウヤ、もう少し穏やかに出来ないのか?」
「充分穏やかだが?」
「授業中に太刀持ってるのは穏やかとは言わん」
周囲に鋭い視線を向けるトウヤその人である。
ここ一週間幾度となくシズクによって没収を受けているのだが、魔法具であるためにすぐにトウヤの体内に|粒子≪・・≫として変換され、気付けばトウヤの手元にあるというサイクルも行っていたため、シズクも半ば諦め気味である。
「はぁ、まったくなんでこうなっちまったんだか……」
「それはシズク殿のせいであろうが」
「いやまぁそうなんだけどさ」
「こらそこ!!今は授業中ですよ!!」
「すいません~」 「すまぬ」
担任からの注意を軽く受け流しながら、シズクはエイムスの言葉を思い返していた。
* * * * *
「魔法学校!?」
シズクは今エイムス達四人と共に朝食を取っている。
朝早く起きたとはいえ襲われたり、馬鹿にされたり、からかわれたり、落胆したりで意外にも濃密な朝を過ごしてまった。
気付けば回りにもちらほらと活気ある声が溢れ始め、取りあえずは腹に何か入れようということになったわけである。
「ああ、以前から中央大陸の偉いさんから頼まれててな」
朝からステーキにがっつくエイムスに胸焼けしそうになるのも無理はないだろう。
因みにシズクはサンドイッチ、ミルフェアはパンを啄み、トウヤは当然握り飯。カーナは意外にも味噌汁を啜っている。
「勇者が学校って……」
「まぁ彼方の言い分としては、生徒の模範や刺激となり、ひいては大陸全土の学校教育の質の向上が目的だそうですが」
「それっぽいけど、無茶苦茶だな」
「そうですね、まず勇者の正体すら知らない生徒たちになんの意味があるんですかね?それにシズクが模範になれるわけがないですし」
ミルフェアは無表情にパンをちぎり口に運ぶ。
「また貶されてるような気もするがまぁいいや
それよりも勇者の正体って公言されてないのか?」
シズクは次の反応がわかってはいながらも、一先ず聞いてみる。
案の定の解が返ってくるのだが。
「はぁ、これも忘れるんですか馬鹿ズクは
いいですか、確かに名を売れば名声以外にも富やら地位やらもらえるでしょう
でもそんなものは要らないと貴方が言ったんですよ?
名声も地位も富も要らない、自分はただ魔王を殺せればそれでいいと」
「お、おぅ……」
なんとも素晴らしい言葉ではあるが、魔王の身からすると冷汗ものである。
それよりもそこまで恨みを買われる覚えもないのだが。
どうもこの世の悪たる根源か何かと思われているのだろ。
―――まぁ人のことは言えないか
「馬鹿ズク?」
「ああいや、なんでもない
でもじゃあなんで、トウヤとカーナはそんなにも嫌がってんだ?中央大陸の意図はよくわからんがただの学校だろ?」
「まだわからないのですか?」
最早定着しつつあるミルフェアの呆れ顔。
「学校そのものがダメなんです
カーナさんはあんなんですから勉強なんてしたがらないですし、トウヤさんに至っては……」
「あぁ、よくわかった」
トウヤなら何事もきちんとそつなくこなし、カーナのように勉強が嫌だからという子供じみた事もないだろう。
しかし、わかってしまった。
端正な顔立ちに力強い瞳。
さらりと美しく流れる黒髪は背を越え腰元までその流れを作る。
そこから細いながらもそこから秘めた力ある筋肉も感じさせる両の足がしっかりと地をとらえている。
だが、わかってしまったのである。
「シズク殿?これは何の悪意かな?」
「いやいや、トウヤが学校に行きたくない理由を婉曲に歪曲させただけだって」
「切る!!」
「結局!?」
また呆れたエイムスに止められたのは言うまでもない。
* * * * *
「――――さん!シズクさん!!」
「はっはい!?」
担任の呼び掛けに意識が今へと呼び戻される。
どうやら何度も呼ばれていたらしく、頬を膨らませて腰に手をおいて、さも怒ってますっと言わんばかり。
しかし、その表情が逆に可愛らしく子供っぽく見え、周りの生徒たちに和やかな空気が流れる。
わりとこの状況を楽しんでいるきらいさえみてとれた。
「先生のお話聞いてました?」
「ええ、まぁ……」
シズクもなんとかその場を濁そうと頭をかくが、
「では、新入生クエストについてもう一度説明してもらえますか?」
「すいません、聞いてませんでした」
あえなく撃沈。
元より知識もなにも殆どないのだ。しらを切れるほど賢くも卑怯にもなれない。
「意外とあっさり認めるのだな?」
「戦略的撤退だよ」
ものは言いようである。
「ちゃんと聞かないとダメですよ!それではもう一度説明しますよ?」
シズクは頼りなさそうに見えるが、この担任のこういうところが好きである。
叱ることが出来るが、相手を否定しきるのではなく、それを包括し正そうと導こうとする。
大袈裟かもしれないがそう思ったりもするのだ。
「新入生クエスト
それは言葉通りここ、ユーファン=レルクス魔法学院に入学した新入生たちに受けてもらうものですね。
これはまず一学院生であることを自覚すると共に魔法の資質に規律の遵守、戦闘まで多岐にわたる皆さんの能力を測定、判定します。」
そこで言葉を切り、
「何かここまでで質問はありますか?」
すると打ち合わせでもしていたのか直ぐに手を挙げるものが出た。
この際、お前一回説明聞いてるだろ!?という心の叫びは置いておく。
「先生~、具体的にはどんな事をするんですか?」
そう質問するのは短めに切り揃えられた赤髪が特徴的な男子生徒。
中性的な顔立ちで格好いいよりも美しいと見るべきか。
簡単にいえば凛の一言が似合う。
「そうですね
年によって多種多様ですが基本的には魔獣の討伐になりますね
簡単にいえばその年のお楽しみです」
「了解です」
赤髪はそのまま席に着くと、その視線をシズクへと流す。
その視線にシズクが気付いたときには瞳は別の方向へと消えていた。
「さぁ!!新入生クエストは今から一週間後から始まります。
と言うわけで恒例の自己紹介大会です♪」
担任の一言に、入学式後にやっただろ!?っとクラスの全員が思わなかったりもしなかったのだが…
そんなことはお構い無く自己紹介大会は進行していく。
「はーい、カーナ・ナウィルクだし♪
勉強?なにそれ美味しいの?の精神でいくんでよろしくだし♪」
気付けばカーナの番に回ってきている。
しかし一瞬冷たい空気を感じたのはシズクだけではないはず。
「フフフフ、カーナさんは面白い子ですね~~」
凍りついた顔が歪に笑顔になる様は中々にホラーである。
しかし担任としての威厳かプライドか、まだその程度で収まっている。
「私はミルフェア・ユーシペルス
カーナさんのように馬鹿するわけではありませんが、基本寝てると思います。それでも勉強は出来るので勘弁を」
しかし、爆弾がもう一発撃ち込まれる。
しかもそれが何の間違えもないかのような純粋無垢の瞳、なのに無表情という歪な形なのだ。
「フ、フフ、フ、さ、さぁ次の方!!」
決壊しそうな心を奮い起こし、潤み出した瞳に周囲に同情の感が流れ始めるが、
「トウヤ・ミュン・トウカ
この際言っておこう先生、貴女は私の敵だ!!」
「は、はい!?」
「そ、そんな破廉恥なものを付けよって!!」
トウヤの叫びに空気が止まる。
一瞬のことに他の生徒たちには何のことやら分からなかったが、約三名には分かってしまうのだった。
「えっと、先生?流してもらってもいいんですが、簡単にいえば先生のそ、そのお胸がですね…」
「む、胸ですか?」
そういうと胸へと手をあてる。案の定そうすればたわわなたわわが動くわけで、
「これは私への挑発か!!」
トウヤが担任(その胸)目掛けて憤りそのままに刀を降り下ろす。
「ちょっと、そりゃまずいだろ!?」
なんとかトウヤの腕にしがみつきその動きを止める。
刃は間一髪顔すれすれのところで止まっていた。
「放せシズク殿!!私は殺らねばならんのだ!!」
「こら馬鹿!!そんな理由で人殺そうとすんじゃねぇよ!?」
「そんな!?私には一大事だ!!」
「だから今後に期待すればいいじゃねぇか!!」
「今後?それはいつだ?何時何分何秒イエロ暦何年だ!?」
「ガキみたいな事言うなよ!?」
「私はまだまだ子供の十七歳だぁぁ!!」
「大声で言うことじゃねえぇ!!」
最早終着点をなくした会話はうやむやに終わらず、途方もない討論の末に、夕方頃まで続いたのだった。