第五話~お父様と仮入学~
「お父さん?」
シズクが惚けた声を出したのも無理はなかった。
カーナのエイムスがお父さん発言、見かけ上歳は相応に離れているように見えるが顔立ちはあまり似ているとは言えない。エイムスがプレイヤーだったら話は別なのだが。
「何か失礼なことを考えているような気もするがまあいいか。別に俺は三人の親でも血縁でもなんでもない。
ただ色々な偶然と必然が絡み合って今は保護者の立ち位置にいるだけだ」
「なるほど」
十人十色、人にも色々あるものだ。まして、勇者一行となれば複雑な裏があっても不思議ではない。
「それはそれでだ。突然だがシズク、聖剣は出せるか?」
エイムスの瞳に一瞬鋭利な光がともる。
しかしそれよりもシズクには沸き上がった疑問があった。
「聖剣って体内にあるものなのか?」
シズクは聖剣は勇者代々伝わる名刀とか、名工が鍛えぬいた世紀の逸品とかそんな物だと想像していた。
そんな様子にミルフェアが無知な子供を見るかの如く、冷やかな視線を流してくる。
「そんな事まで忘れたんですか馬鹿ズク
いいですか、私達人間には大気中に存在するセイスを取り込み創造変化させる受け皿なるセルンがあります
魔族にも似たようなものがあるそうですが」
呆れながらも説明は続いていく。
「私達はセイスを用いて魔法なる超常の現象を使役します
指先で灯を灯す簡単なものから、人為的に隕石を落下させるものまでその使用用途は多岐にわたります」
心底そんな物騒な魔法が使われなくて安堵するシズク。
恐らく大規模魔法は勇者すら巻き込む危険性があったために使用させなかったのだろう。
「大気中に無限に存在するとも云われるセイスですが、取り込める許容範囲・質は各々セルンに大きく左右されます。
それゆえ各個人においてセルンを一度経由したセイスの形質が多少なりと変わることは当然と言えます
ですから自らのセイスから生成される魔法や魔法具はその人にしか生成できない唯一無二の存在たり得るのです
わかりますか?馬鹿ズク」
「わかったようでわからんが、要はその人専用ってことだよな?」
「……有り体に言えばそうですけど
はぁ、馬鹿ズクにはそれだけしか伝わりませんか
いやでも考え方を変えればその程度は理解できるということになるのでしょうか?」
無理矢理に噛み砕いてみたシズクだったが、ミルフェア先生の満足する解答ではなかったらしい。
幼い顔立ちが長年の修行僧のように遠い。
「うん、馬鹿にされてるのだけはわかった」
「勿論馬鹿にしてるんですから」
なんとも要領を得ない会話である。
このじっとりした空気にも耐性があるのか、カーナは終始にやつき(絶対にこいつも理解してないだろうとシズクは思う)、トウヤでさえ刀の手入れに神経を注いでいる。
シズクは心のなかで勇者に同情の感を覚えた。
魔王ですら部下に尊ばれていたというのに、なんとも不憫である。
「んじゃまあ、理屈はやんわりと理解したところで出せるか?」
唯一勇者を勇者、それ以前に人間として扱ってくれるのはエイムス。さすがは一行の父である。
「わかった、やってみる」
シズクは目を閉じた。
カーナもトウヤもミルフェアもエイムスも、一度意識から切り離す。
つい先程まで魔法は魔王として呆れるほど使ってきたのだ。
地震雷火事オヤジ、天災の全てを引き起こせるほどに。
視認できないが確固として存在をその肌に感じ、
無機質な温かみが身体を巡り、
高揚感と圧倒的な力を引き起こす。
理屈としては無知であるが、経験としては大陸トップクラス。
魔王として君臨していたシズクには朝飯前もいいところであった。
しかし、
なにも起こらない。
温かみも力も高揚感もその存在すら感じることが出来ない。
あるのは虚無の二文字だけ。
「なんで……」
なにも起こらず襲ってくるのは急激な虚脱感。
しかしそれは身体よりも精神に重々しく押し寄せた。
「まさかセイスの取り込み方まで忘れてしまったのか!?」
声を張り上げるトウヤ。
「さすがに……驚きです」
相変わらず表情が薄いミルフェア。
「これはヤバすぎだし!!」
目を見開くカーナ。
そのどれもが今のシズクには届かない。
元に戻れるという淡い期待は仄かにあった。
入れ替わり直前の状況下を作り出すことができれば可能性がないわけではない。
しかし、それは自らに力があればの話だ。
今この身体に魔法以外の格闘戦に耐えうる力があるとはどうしても思えない。
何より莫大な力を持っていたゆえにその喪失感は計り知れなかった。
「……まさか、な……」
シズクが頭を抱えて唸っている間、エイムスも頭を捻っていたがそれも数分。
「やはり、あの話を受けるべきか?」
「「ダメです!!」」
エイムスの呟きに二つの強烈な拒絶が示される。
「あんなところ、我々が行く必要はありません!!」
強く刀を握り締めたトウヤに、
「ムリだし!!私死んじゃうし!!」
必死に首を横にふるカーナだった。
だがその様子が何処かおかしい。
「私はどっちでもいいです」
ミルフェアは傍観の立ち位置でいくようだ。
取り残されたシズクだが、二人の必死さが尋常でないことを予想させる。
「そんなにヤバイ所なのか?」
シズクの声に四人の視線が集まり、興奮も傍観も簡単には霧散せず何処か諦観さえ含んだ次の言葉は、またもシズクには遠いものだった。
「ユーファン=レルクス魔法学院
この大陸イエロ=エスピリットにある魔法学校だ」