人心寒冷化
秋。
秋は、よく食欲の秋とか運動の秋、読書の秋とか様々な形容が為されている。他にも○○の秋というのがあるかもしれないが、それだけ秋は何かをするのに適した季節という事なのだろう。
秋は熱い夏から寒い冬に変わる境目にある。故に残暑に苦しめられたり早い雪の訪れに苦しめられる事もある。
ここ数年、何気に“ちょうど良い”時期が少ない様な気がする。何年か前から騒がれている異常気象の影響か?
地球温暖化による気象への影響は、実は深刻だと聞いた事がある。
観測史上最大の降雨量を記録したり、起きないと言われてきた地方で大きな地震があったり……その影響が我々の生活環境にモロに返ってくるのだから自然の摂理とはよく出来ている。
生きるために、よりよい生活を手にするために、また己が利益のために。
頭ではわかっているのに環境を壊す事を続けている。
自分の身に災いが降り注がない限り、事の重大さに気付けない……いや、気付こうともしない。
ニュースで流れる災害はあくまで“他人事”の絵空事。無責任な同情や憐れみを口にしても、すぐに忘却の彼方へ追いやる。そして、自らが同じ目に遭った時、ようやく事の重大さと他人の無関心さを痛感させられるのだ。
――人は、身近な者から慈しむ生き物と言われている。それ故に自分から遠い者には関心を寄せない。
言われてみると確かにそうかもしれない。
しかし、それでは決まった範囲内の交遊しか持てない。知らぬ者を隔離するなど視野を狭くしていくだけだろう。
いつからだろう、近隣との交流が薄れたのは。
いつからだろう、クラスメイトの名前が覚えられなくなったのは。
いつからだろう、外で遊ばなくなり部屋で孤独を友にする様になったのは。
恵まれた環境のせいか?
たいていの事は一人で何でも出来る時代となり、協力し合う事が無くなったからか?
それ故に独りよがりになり協調性を無くしたからか?
地球は温暖化しているのに、人は寒冷化しつつある様に思えてならない。
《相手を思いやる》という気持ち。本当の意味でその気持ちを持った者は悲しいかな、かなり減っていると言わざるを得ない現実。
飾られたウワベに惑わされ、物事の本質を見極められないでいる……。
――人心寒冷化は、この満たされた世界に蔓延しつつある。
今、もう一度原点に戻り、見つめ直す必要があるのではないだろうか――。




