R15 選択*[アヤカシ×青年]
何も迷うことはありません。
貴方はただ、貴方の思うままに、選べばよいのですから。
― 選択 ―
目の前に並べられた果物が2つ。
赤リンゴと、青リンゴ。
何もない、真白い部屋の中で俺は座り込んだままそれらを見ていた。
部屋に入る前に、付き添っていたお袋に言われた。
『赤リンゴを食べてはダメよ』
お袋は笑顔だったけど、後ろにいた妹は何か言いたそうに顔をしかめていた。
親父に至っては俺を避けるように背を向け、丸くなっていた。
一体何が何のか解らない。
その前にも100はゆうにある、すべて同じ銘柄の缶コーヒーの中から一つだけ選んで飲めとか。
同じく沢山ある箱の中から一つ選んで、穴に手を入れてモノを取り出せとか。
そんな類のモノばかりをさせられた。
俺が何かを選ぶたび、家族は一同に胸をなで下ろし、生きた心地がしないと言わんばかりの雰囲気だった。
そして、今俺の目の前に置かれているリンゴの2択がこれで最後らしい。
最後の最後に2択というのもなんだか気の抜ける話だけど、これでやっと解放されるならさほど気にするほどのことではないだろう。
でも、お袋の言葉が妙に引っかかる。
今まで選ぶに際して誰も、もちろんお袋も指図しなかったのに。
「食べたい方……は」
俺は2つのリンゴを眺めていた。
本当は直ぐに決まっていた。
けど、手を伸ばせないでいる。
どれぐらい時間が経ったか解らないけど、喉が渇いてさっきからずっと唾を飲み込んでいる。
食べたい……。
「食べたい」
俺はそう呟いて目を細めた。
俺が食べたいモノ。
「俺が食べたいリンゴ」
俺が選びたいモノ。
「俺が選びたいリンゴ」
俺が、
◇
俺は、自ら部屋の扉を開いて外に出た。
家族が居た辺りの方に目を向けたけど、見当たらない。
人の気配を感じられなくて、俺は今までたどってきた廊下を戻ろうとしたら、
「っ!」
いきなり誰かに足を掴まれた。
俺は口から心臓が飛び出そうなぐらい驚き、ギリギリと締め上げられる足首に視線を落とした。
するとそこには……、
「ユ、キぃぃっ!」
「お、お……」
親父が地面に這い蹲って、真っ赤な顔して俺を睨み上げていた。
鬼のようなその形相を目にし、何だか首を絞められているような息苦しさを感じた。
「お前っ、どうして食べたっ」
「あっ……あっ、」
親父が俺にしがみついて這い上がってくる。
「母さんが、言っただろっ。食べるなと……赤いリンゴを食べるなとっ!」
「ちが、俺……っ」
俺はその恐怖で声がでず、ただただ首を横に振っていると、
「ユキっ……許さないからなっ、このっ……――」
「っ!?」
その言葉を最後に、
「親父っ!」
親父は砂になって地面に崩れ落ちた。
俺は何が起こっているのか解らず、その場に立ったまま固まった。
俺の足下には、親父の着ていた服と、
「そんな……ウソだろ」
親父だった、砂の山……。
俺はただ息をするだけで精一杯で、ふと奥に視線を向けると……。
「……そんな」
お袋と、妹の着ていた服の中から砂がはみ出して山をなしていた。
「なんで……」
『赤リンゴを食べてはダメよ』
「俺が……俺が、」
『赤リンゴを食べては……』
「っ!」
また誰かが俺に触れてきた。
けど今度は……、
「あ、あっ……」
後ろから優しく抱きすくめられた。
俺をすっぽり抱き込むその逞しい胸板を背に感じると、
「今度は、なんなんだよ……」
何故か自然と安堵感が広がった。
「お前が、泣くことはない」
低く、響くような声が耳元で囁く。
「お前が選んだモノが、全て」
そして触れてくる柔らかな感触に、俺の体が続々震えた。
「お前が今まで選んだモノ以外は全て、お前を死に至らしめる毒、凶器、そして存在」
俺は優しく愛撫するその指先をたどり、後ろを振り返った。
俺の目に映ったのは黒髪の男。
見目麗しく、均整のとれた体をした。
「誰だよ……お前」
裸体の男。
「我はお前の隷属」
「レイ、ゾク……?」
「お前が望むままに、従う存在」
「なんだよ、それ……」
「お前は我を選らんだ」
「何言って……俺が食べたのは……」
「お前がその口にしたのは……星に存在した全ての魂」
「え……」
俺は言われる事が解らず、ただじっと見つめてくる翡翠のような瞳を見上げる。
「お前が選んだのは紛れもなく我だ。お前は、星に存在した魂と引き換えに、我を」
「それじや、俺が食べたリンゴは……」
『ユキっ……許さないからなっ、』
「俺が選んだのは……」
『このっ……』
――人殺しっ!!
「あぁぁぁぁっ!!!」
俺はジタバタもがいて男の腕から抜け出そうとした。
でもそれよりも圧倒的な力でびくともしない。
俺は気が狂ったように泣きわめいたら、
「ユキ」
「んっ!」
いきなり顎を掴まれて、
「ふっ、あぁ……」
口づけられた。
熱く、俺の中に割り込もうとする舌先にこじ開けられて、
「やっ……あぁっ」
着ていた服をひっばられ、ボタンを引きちぎられた。
弾け飛んだボタンが地面に落ちて散らばる。
はだけた肌が男と直にふれあい、ぞくりと体が疼いた。
「お前が、嘆くことはない……」
「はっ……あっ」
「聞こえていたはずだ、お前にしか聞こえない、言葉が」
「俺にしか、聞こえない……」
何も迷うことはありません。
「俺だけの、言葉」
貴方はただ、貴方の思うままに、選べばよいのですから。
「さぁ、我に命じよ。お前の意志は、この世界の絶対だ」
男が立ち尽くす俺の前にひざまずき、掴まれた痕残った足首にくちづけた。
俺はそれを静かにみつめて、ゆっくり口を開いた。
「アンタの、名前教えて。それで……」
「それで?」
まっすぐ見上げてくる瞳を見つめたまま、俺は男の手を掴んで引いた。
何も迷うことはありません。
貴方はただ、貴方の思うままに、選べばよいのですから。
すべての存在と引き換えに選んだたった一人の存在。
俺はその存在を腕の中にかいいだき、
「――」
「望むままに、」
部屋の扉を、静かに閉めた。
end?