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R15 愛しい人。[軍人]

 



「どういう……つもりだ」


 時は大戦。

 敵国に先陣をきったが、私の独断的判断が……小隊一つ、呆気なく捕虜となってしまった。

 きっと、我が国から救助が来る。

 その僅かな希望を胸に抱き続けて、私は、数々の恥辱に耐えてきた。

 部下達の人権を、保障させる為の贄。

 全て、私一人で受けてきた。

 毎夜、毎夜、一人の男に体を開かれながら思い浮かべるのは、私の無事を願い、送り出してくれた――。


「何を、考えている?」

「……」


 何時もの様に、自ら衣服の留め具を外していく私を、金髪、青眼の男は黙ったままじっと見つめてくる。

 彼は、捕虜を取り締まる収容所の所長。

 この国の人間は、年齢より見た目が老けて見える。

 それならば、彼はきっと私よりも遥かに若い気がする。

 私の想像する若さならば、その歳で収容所を一つ任されるということは、きっと有能なのだろう。

 確かに、


「おい、何とか」

「黙って貴方は脱げばいいんだ」


 流暢な我が国の言葉は、一朝一夕ではないことを物語っている。

 軍服を一糸乱れずに着こみ、その白い素肌が見えるのは覆えない顔と首の上半分。

 黒の革手袋を嵌めた掌で、指先だけで、


「こちらへ」

「?」


 私の中を掻き回す彼は、表情を崩さず、私が乱れ狂う姿を黙って見つめていたのだが、


「気分が変わった。こちらへ」

「……何?」


 今日は趣向を変えるのか、軽く膝を開いて折り目以外皺一つない膝上を指先で軽く叩いた。


「意味が、わからっ!?」


 顔をしかめ、言い終わらないうちに無理やり手首をつかまれ引き寄せられる。

 体勢を崩した私は引き寄せる力のままに倒れこみ、


「……」

「な、何をっ」


 男は自分の膝の上に私を座らせると、椅子の柄から投げ出す状態で、


「貴様っ、何を考えっ」

「黙って」

「っ!?」


 顔に息がかかる。

 耳元近くに響く低音。

 途中まで外していた衣服の留め具をその手で掛け直し、指先を白い歯先で食んだのを目にしたら、


「きつくないのなら、そのまま瞼を閉じて」


 その革手袋を外し、


「一体どうしたんだっ……」


 そっと私の瞼に初めて晒した掌で覆った。

 たった一枚の隔てで、感じることの無かった温もりを、初めてこの肌で感じる。

 少し汗ばんで湿っているのか、革の臭いが混じってきついが、


「んっ……」


 頬へと滑り、肌に張り付く感触はどこか、むず痒い。

 私をかき抱いたもう一方の腕は逞しく、遥かに小柄な私を軽々と支えている。


「な、何がしたいんだ」

「……」


 何も言わない。

 もう、今までの行為は飽きたというのだろうか。

 ならば、とうとうこの体は今宵、この男の……。


「まもなく……、戦が終焉を迎えるだろう」

「え……」


 思わず瞼を閉じたままだった私は、その言葉にゆっくり視界を広げた。

 目の前には、表情の変わらぬ……、


「貴方は、本国へ帰される」


 いや、私には、私にだけ解る。


「今までのよう様な仕打ちも、これで最後だ」


 この男の眼には、僅かだが、感情を纏っている。

 それが、どの様な想いなのか……、解らない自分がもどかしい。


「本来なら……貴方の国では敵の情けを受け、生きることは恥とされるそうだな」

「何を、言って……」

「ここまで、よく耐えられた」


 この男は、


「だが、」


 何を言っているんだ。


「貴方は、帰ればその命を絶つのか?」

「お、おい……」

「それとも、貴方を待つ者の元に……」


 そこまで言葉を口にして、男はゆっくり瞼を閉じた。


「もう、部屋へ戻れ」

「なっ、今日はっ……」

「必要ない、今日だけじゃなく……もう」


 私の体を押して立たせると、男は軽く俯き、椅子の手置きに肘をついて頭に手を宛がった。

 その覇気のない姿に、私は戸惑いを隠せず、


「どこか、気分が悪いのか?」

「……」

「ならば医療班に知らせっ」

「放って置けばいいだろう」


 どこか怒りの籠められた言葉に、体がびくつく。

 恐怖ではなく。


「始めのように罵ればいいじゃないか」


 感情の見える、


「彼の者の元へ、戻れると喜べばいいっ」


 彼の本心を垣間見ているようで。


「貴方は、まもなく自由だっ」


 どこか喜んでいる自分に戸惑っている。


「……出て行け」

「ふ……」

「頼むから、出て行ってくれっ!!?」



 それが、私に向けられた最後の言葉となった。


 それから二日後。

 全面降伏が宣言された。

 それは、



 我が国の勝利を意味していた。



     ◇



 本国へ、部下達と帰されたものの、私はまた、彼らを守るため。


「敵国の情けを受け、のうのうと生きて帰るとは……恥を知れっ」


 今度は、この命を……。



     ◇



 刑が執行されるまで、牢に収容された私の扱いは非道そのものだった。

 私に、もう人として生きる道は無く。

 私を、戦地へと送り出した彼の方も、


「貴様は、この淫乱な体で誑し込んだのか?」

「っ、ぐっ……」

「私だけだと軽々しく口にして……、生かしてもらえるならば、誰でもよかったのだろう?」


 『国内』での指揮を高く評価され、軍幹部のご令嬢と既に祝言を挙げていた。

 私の帰りを、ただ待っていると、送り出した貴方こそ……軽々しいのは、いや、始めから、


「ぐあっ!!?」

「あははっ!!!もっと泣き叫べっ!!」


 私は、人として見られていなかったのだ。




     ◇



「酷く、昔を懐かしむほど……老け込んだのだろうか」


 のたれ死んでも構わないといわんばかりの、家畜の住まうような狭い独房。

 この世の地獄は、ここに在ったと言うのか。


「なぁ……最後に何故感情を見せたんだ?」


 体温が下がる感覚。

 呼吸も感覚が短くなり、震えが止まらない。


「どうして、最後に、私に触れた?」


 横に倒れ、膝を抱えて丸々体。

 筋肉が弛緩して、感覚が麻痺していく。


「どうして、最後に、浮かぶのは、君ばかりなんだっ」


 涙など、いつ頃ぶりだろう。

 今の私に、感情が残っていたなど、笑いたくても、笑い飛ばす力すら残っていない。


「君は生きているのか?平穏無事に……暮らして」


 この体を離れれば、彼の元へ行けるのだろうか。

 別に、気づいて欲しいわけじゃない。

 あの時のように、触れてほしいわけでもない。

 ただひと目、その姿をこの眼に、心に焼き付けることが出来るなら……。


「……フリッツ」



      ◇



 コレが幽体離脱というものだろうか。

 フワフワと漂うような、温かい液体にの中に浮かぶ、まるで胎動の中のような……。


「……え?」


 開けた視界。

 一番に入ってきたのは、


「隊長ぉぉぉっ!!?」

「ぐふっ!?」


 降りしきる湯に濡れる黒い毛の塊だった。





     ◇




「ここは……一体」


 私は肌触りのいいシルクのシャツを着せてもらい。

 紺の……、


「タテワキ、コレはなんという履物なんだ?」

「はっ!『ちのぱんつ』と言うそうです!」


 随分履き心地のいいそれを指差すと、タテワキがビシッと背を伸ばして応えてくれた。

 タテワキの話では、私が今ちんまりと腰掛け、呆然としている部屋は『すいーとるーむ』と呼ばれているようで、しかも、


「何故、私は……船上に居るのだ?」


 この世を絶たれるのも秒読みだった私は何故か大型客船に乗船しているようで。


「私は恩赦で島流しになったのか?ならば昨今の刑はなんと豪華な……」

「何馬鹿なことを言っているんだ」


 それを言ったのは、タテワキではない……、


「……」

「うむ。そういう顔も出来るのだな」


 もう二度と、会うことは無かったであろう。


「……フリッツ?」

「それ以外に、何に見えるというのだ?」


 黒地のシャツを、腕まくりして腕組している、あの男の姿が目の前に。


「どういう、ことなのだ?」

「亡命です」

「え……」


 私の脇に立ったままのタテワキが、落ち着いた声でそう言った。


「今、未開発の大陸があるそうで、そこに各国から人が集まりつつあります」

「未開発の、大陸?」

「私を含め、貴方の隊に居た者達は皆、家族を連れその大陸へ向かうこの船に乗船しています」

「は、話が見えないのだが……」


 整理がつかない頭を抱えると、


「貴方が、本国で処刑されると聞かされた」


 男が、フリッツが静かに呟いた。


「そこの彼から経由で知らせを受け、少々時間はかかったが、あの手この手で受け入れ先を用意した」


 さすがに骨が折れた。と、肩を竦めるフリッツの姿に私はいまだに頭が上手く働かない。

 そんな私に構わず、タテワキは「では私はこれで」と、私達二人を残して部屋を後にした。

 静まり返る室内の空気に、私は居た堪れなくなったが、


「目を覚まして……よかった」

「……」


 困った様な、複雑な笑みを目にしてそんな気分は何処かへ飛んだ。


「どうして、こんな……亡命って」

「元々新天地に興味があってな、行った先で、人手を確保するもよかったが、」


 そう言って彼は私の目の前に来ると、ゆっくり跪いて、そっと私の左掌を握った。


「貴方方を預かっているときに、その有能さと人柄は周知したつもりで居る。いっそ、私と共に来ないかと、タテワキ達をこの片道切符に誘った」

「だが、それならば何故私までっ!?」

「一度は捨て置いた命ならば、」


 握り締められた手の力にゾクリと肌が戦慄く。


「私が貰い受けたいと想ったまでだ」

「!?」


 真っ直ぐ見上げてくる力強い瞳。

 今まで見たことない。

 熱を帯びた眼。


「貴方を奪還するのは、中々刺激があって面白かったが」

「なっ、奪還て……私は別に貴様のっ」


 悪態つくまもなく、引き寄せられる体。

 互いに衣服は着ている。

 だが、あの時とは違い、隔ても無く、温もりが全身に駆け巡る。


「私のモノになれなんて、大きなことは言わない」



 貴方が、俺を貰って――。



 初めて口にしたであろう、彼の本心。

 それに初めて触れた私の鼓動が、早鐘をうつ。


「なっ、なっ、なぁぁぁっ!!?」

「ふむ。そういう表情も出来るのだな」

「何笑っている!!子供じゃあるまいし!!」

「子供だよ。貴方から見ればね」

「……、貴様、一体いくつなのだ?」


 顔をしかめ、腕で彼の胸板を押しのける私に向かって。


「それはまず、体感して考えてもらおうかな」

「は?」


 今まで見たこと無いような悪戯っぽい笑みを浮かべ、


「あ、ま、待ちなさいっ!!お、おい!!フリッツ!!」


 私は三日三晩、船上で激しく愛された。



     ◇



「なぁタテワキ。その……外国人は……尽きるという言葉がないのだろうか」

「さぁ、私には解りかねますが、バイエルン氏は確か……」

「!?」


 下手をすれば、子と代わらぬかも知れぬ男の求愛に、


「コウジっ!!貴方はまたタテワキとばかりっ!!」

「な、別に構わないだろっ!!大切な話をだなっ!!」

「それなら尚更見過ごせざいぞ!!」

「あぁぁっ!!?しつこい男は私は嫌いだっ!!」

「!?」

「アナタ、バイエルンさんに何故か犬の耳と尻尾が垂れて見えるんですけど」

「あぁ、それはきっと幻覚じゃないよタミコ」

「タテワキっ!!たすけろぉぉ!!?」


 慣れるにはもう暫く時間がかかりそうだ……。




end


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