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わたくしを殺して、自由になりませんか?~偽装悪女の政略結婚~  作者: 花宵


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第8話 侍女長と魔法医②

「ここ、微かに乱れてますね。闇の魔素はすべて中和したはずなのに、おかしいですね。奥様……もしかして起きてから、スキルを使用されましたか?」


 鋭い指摘を受けて、どくんと大きく心臓が跳ねる。

 先ほど毒を吸い出した時のダメージが、まだ残っていたようだ。


(痛みに慣れすぎて、気付かなかったわね。ここで正直に『毒を吸い出した』と言えば、大騒ぎになる)


 もしそう言えば、真っ先に疑われるのは夕食を配膳したニナだ。

 それにレイスは、公爵家お抱えの魔法医だ。もしフェリクスが黒幕なら、この魔法医が協力している可能性も高い。

 逆に毒の事実を告げたら、「気のせいでしょう」と揉み消されるか、証拠隠滅に動かれる可能性もあるだろう。


(今はまだ、適当な嘘でごまかすしかないわね)


 シンシアは無表情を崩さず、天井のペンダントライトを見つめながら、けだるげに答えた。


「ええ。部屋の空気が淀んでいて、不快でしたの。だから舞っていた埃ごと、ヴィスデロペで吸い尽くしただけですわ」


 レイスがぽかんと口を開け、控えていたローザが息を呑む気配がした。


「そ、掃除のために……厄災のスキルを使われたのですか⁉」

「何か問題でも?」


 我儘な悪女らしく言い放つと、レイスは頭を抱え、ローザは顔面蒼白になって深々と頭を下げた。


「大変申し訳ありませんでした! 今一度、徹底して清掃するよう指導いたします」


 ここまで二人を動揺させてしまったことに、シンシアは内心驚いていた。

 当たり前のように廃棄物の処理をさせられていたシンシアには、ある程度スキル使用の限界点がわかる。

 しかし何も知らない者にとっては、そうではない。ヴィスデロペを使ったという事実だけで、あらぬ恐怖を与えてしまうようだ。


(なんとか毒の隠蔽はうまくいったようね)


「奥様。貴女も無闇に、スキルで変なものを吸い込んではいけません。身体がお辛いでしょう?」

「……埃に埋もれるより、マシですわ」


 一度ついた嘘は、最後まで貫き通して誤魔化すしかない。

 シンシアが悪女の仮面を被ってそう答えると、レイスは困ったような笑みを浮かべた。


「これは掃除だけでは心もとないですね。それではフェリクスに、空気清浄魔法具を室内に常備するよう言っておきます」


(……フェリクス? 今、白夜公のことを呼び捨てにしたわね)


 ただの雇用関係にしては、距離が近すぎる。やはりレイスも、フェリクスの味方として警戒した方がよさそうだ。


「それと念の為に、こちらをお飲みください。体内の魔力を整える中和剤です」


 受け取った小瓶の蓋を開けて、シンシアは怪しく光る液体を飲んだ。すると闇の魔素のせいで感じていた、体内を針で刺されるような痛みが、すっと消えた。


(味は最悪だったけど、腕は確かなようね)


「魔力回路の治療は快方に向かっています。なるべくスキルを使わず、しばらくはゆっくり静養されてください」

「先生、わたくし外出したいのだけど」


 レイスの診察を受けた一番の目的を、シンシアは口にした。

 しかしうーんと困ったように眉根を寄せたレイスは、決して首を縦に振ってはくれない。


「最初にも言いましたが、運ばれてきた貴女の状態は本当に酷いものでした。長時間の外出はまだ、身体に負荷がかかります」

「ではどれくらい静養すれば、外出できまして?」

「最低一ヶ月は見たほうがいいでしょう」

「そんなに、ですか?」

「貴女のヴィスデロペで生成された闇の魔素は、体内で魔力回路を無視して暴れていました。これまで、激しい痛みに耐えておられたのではありませんか?」


 レイスの美しい翠眼が、じっとこちらを捉えて離さない。

 真相を探ろうとしてくるその眼差しが、シンシアには居心地悪くて仕方なかった。


「そんなもの、寝てれば治りましてよ」


 シンシアは質問を一笑に付して、人に弱みを見せない悪女を演じる。

 そんなシンシアの言葉を聞いて、レイスはトランクケースから追加で同じ魔法薬を一本取り出した。


「もし悪いものを吸い込んだ時は、我慢せずにこちらで対処されてください」


 結局その日、レイスから外出の許可は下りなかった。

 庭園の散歩くらいならしてもいいそうで、一ヶ月はこの離宮から出ることは叶わないようだ。


「それでは、また一週間後に経過観察に参ります。お大事にされてください」


 二人が退室したあと、シンシアはもらった魔法薬をぼーっと眺めていた。

 ヴィスデロペで害のあるものを吸い込んだあとは、いつも激痛に耐えるしかなかった。


 魔法医の診察や治療を受けるには、莫大な費用がかかる。本来なら、国から支給されていた特別管理金で賄えたはずだ。しかしそれがシンシアの治療にあてられることは一度もなく、すべて父や継母、義妹の贅沢に消えていた。


(こんなふうに痛みを取り除いてもらえたのは、初めてだわ……)


 子爵家にはなかった「人間らしい扱い」を受けたことに、シンシアの心は微かに喜びを感じていた。


(……なんて、絆されてはだめよ)


 シンシアはかぶりを振って、自身の甘い考えを打ち消した。

 まるでアメとムチのように、痛みを消す薬と毒の入った食事を摂取させて徐々に弱らせる。病死に見せかけようという、冷徹な計算だ。


 毒殺される短い余生を箱庭の楽園で過ごすより、誰にも監視されない自由がほしい。


 そのためにはフェリクスに嫌われて、交渉に有効な切り札を見つける必要がある。


 シンシアは枕の下に忍ばせておいたエチケットポーチを取り出し、魔法薬を慎重にしまった。

 ここには亡命資金となる『深海の涙』も隠してある。生き延びるための命綱は、こうして肌身離さず持っておくのが一番安全だった。


(明日はもう少し、公爵家の内情を探ってみよう)

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