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偽装悪女シンシアの政略結婚  作者: 花宵


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第5話 悪徳子爵の思惑

 ――遡ること二週間前。

 帰宅したグスタフが目にしたのは、更地になった我が家だった。


(……ほう。まさか、ここまでやるとはな)


 今朝までは確かに自身の家があった場所で、王国騎士団の騎士たちが現場検証を行っている。

 そこにシンシアの姿はなく、すでに王国騎士によって身柄を保護された後だった。


 グスタフは激情に駆られることなく、冷徹に被害総額と、失われた「廃棄処理道具(シンシア)」の損失を脳内で計算していた。


 一通り聴取が終わったあと、かろうじて残った使用人用の宿舎に腰を落ち着け、グスタフは妻アースラと娘コーデリアに事情を尋ねた。


「シンシアの限界値は、私が管理していたはずだ。お前たちは一体、何をした?」


 淡々とした問いに、アースラは悪びれもせず答えた。


「あの子が持っていた小汚いゴミを、片付けてあげただけよ。そうよね? コーデリア」

「ええ。あんな不吉な魔女の遺品を持っているから、お姉様の心はいつまでも歪んだままなのですわ。だから私が、親切心で燃やして差し上げたのです」


 清々しいほどの善意で答える二人の言葉を聞いて、グスタフは深く大きなため息をついた。


「あれはヴィスデロペを制御する、安全装置だ」


 低い声で告げると、二人はきょとんとして顔を見合わせている。


「だって、お父様の罰が甘すぎたんですもの」

「そうよね。『正しい教育』を施してあげたのだから、感謝こそすれ、逆上して家を溶かすなんて……本当に、恩知らずな娘ですこと」


 話が、通じない。

 悪びれもせず口答えする娘と妻を見て、グスタフは奥歯を噛み締めた。


 なぜあれが『安全装置』だと教えなかったのか。

 それは教えればコーデリアが『道具に頼るなんてお姉様のためになりません。取り上げて、精神を鍛え直して差し上げましょう』などと、狂った善意で干渉しかねないからだった。

 だからこそ、理由を伏せて『絶対不可侵の命令』として遠ざけたというのに。


(……まさか、あいつらにとっての『教育』が、ただの『ゴミ掃除』と同義だとはな)


 グスタフは、自身が「商品」として磨き上げてきた娘と、それを管理していた妻を見つめ、冷ややかな評価を下した。


(美しいが、中身は空洞。……制御の効かない『不良品』か)


 コーデリアは、アースラとの不倫の末に生まれた実子だ。だが家門の体面を守るため、グスタフはあえて『養子』として迎え入れた。

 その歪な出自への劣等感が、コーデリアの精神を蝕んだのだろう。

 正当な血筋であるシンシアを『可哀想な出来損ない』と定義し、慈悲を垂れて管理することでしか、己の優位性を保てないのだ。


 そんな娘を政略結婚の駒にすべく、グスタフはこれまで、平民上がりで貴族の常識を持たない二人を、金と宝石で飾り立ててきた。

 それは革命派である第二王子派閥での『地位を盤石にする』ための投資だったが、どうやら機能性よりも見栄えを重視しすぎたらしい。


 しかし、グスタフは即座に思考を切り替える。


(この『狂った善意』は、まだ使える)


 シンシアを悪者に仕立て上げるには、これ以上ない役者だ。


「……いいだろう。使用人たちへの口裏合わせは済んでいるな?」

「ええ、完璧よ。あの子がいかに狂っていたか、皆が証言してくれたわ」

「それならお前たちはそのまま、『可哀想な被害者』を演じ続けろ」

「もちろんです、お父様! 私たちは可哀想なお姉様に役目を与えて、支えようとした。それなのに裏切られた、可哀想な家族……そうでしょう?」


 聖母のような微笑みを浮かべるコーデリアに、グスタフは無言で頷いた。


 屋敷の再建費など、これまでの裏金を使えばどうとでもなる。問題は、シンシアという「最強の廃棄処理道具」をどう回収するかだ。


(多少の手間はかかるが、いつものように『娘を想う哀れな父親』を演じればいい。あの御しやすい国王のことだ、情に訴えれば、すぐに連れ戻せるだろう)


 しかしそんなグスタフの計算は、思わぬ形で裏切られることになる。





 それからシンシアが悪食(ヴィスデロペ)の力を暴発させたことは、瞬く間にセイン王国中へと広がった。


 子爵邸の母屋一棟を丸々溶かして、消し去ってしまったのだ。何も残ってない更地が、何よりの証拠だった。

 幸いだったのは、異変に気づいた使用人たちはすぐに屋敷から脱出し、人的な被害はなかったことだろう。


 一通り周囲への根回しを済ませたグスタフは事件から三日後、国王に呼び出されて謁見の間に来ていた。


「フォレスト子爵。此度の件、どういうことか説明してもらおうか」


 グスタフは顔に悲壮感を滲ませると、床に膝をつき頭を垂れた。


「大変申し訳ありません、陛下。私の管理不足が招いた事故でございます。娘と妻の話によると、メイドの些細なミスに激昂したシンシアを、娘がたしなめたところ……さらに怒りを募らせ、暴走し始めたと申しておりました」


 口裏を合わせた虚偽の報告を、グスタフは時折目頭を押さえ、声を震わせながら述べた。

 すると国王は、「そうであったか」と眉を寄せ、同情の意を見せた。


(……まったく、手ぬるいものだ)


 国王からのこの絶大な信頼は、前妻のエレノアを『異端』として告発し、売ったことで得たものだ。

 エレノアの生家である、ヴェイン伯爵家という後ろ盾を失うのは惜しかった。

 しかしそれ以上に、エレノアの存在そのものが、グスタフの野望を叶えるのに邪魔だった。


(エレノアはシンシアに『人の心』や『倫理』を植え付け、便利な能力を使わせなかったからな)


 だからグスタフは、国が信仰する宗教を利用して、合法的にエレノアを処分した。


 おぞましい厄災を神が与えたギフトなどと、『七つの美徳』という異国の危険な思想を植え付け、シンシアを悪い方向へ導こうとしている教唆の疑いがあると。

 国のため、そして愛する娘を守るために、身を切る思いでそう告発したグスタフを、世間は評価した。

 今回もこの信頼を利用して乗り切れば、シンシアは手元に残る。

 グスタフは、そう高をくくっていた。


「しかしこうなった以上、シンシアを子爵家に預けておくことはできん。管理は別の者に任せることにする」

「お、お待ちください、陛下! シンシアのことを、一番理解しているのは私です。娘もきっと不安に思うことでしょう。屋敷の再建はすぐにいたします! ですから……」


 グスタフは食い下がった。

 シンシアを手放せば、裏でやっている黒魔法ビジネスも、革命派の第二王子派閥への資金提供も滞る。それは避けねばならない。


「子爵よ、これまで大変苦労をかけたな。どうやら我々は、そなたに負担をかけすぎていたようだ」


 慈愛に満ちた国王の眼差し。しかしその奥にある光を見た瞬間、グスタフの背筋に冷たいものが走った。


(――これは『慈悲』ではない、『制裁』だ)


「そろそろそなたも、子離れする時であろう。シンシアはこのまま、アイゼン公爵家に嫁がせる」


 想像もしていなかった展開に、グスタフは息を呑んだ。


 アイゼン公爵家は王家の分家にあたる。元公爵は王弟であり、現公爵のフェリクスは国王の甥にあたる人物だ。

 王国騎士団長を務める国王の懐刀であり、美しい白銀の髪と冷徹な性格、強大な氷魔法の使い手であることから、『白夜公』と畏怖されている。

 そして何より、革命派が推す第二王子派閥にとって、最も邪魔な『正義の象徴』だ。

 よりにもよって、政敵の懐にシンシアを送り込むことになろうとは。


(陛下の狙いが爆弾(シンシア)の厄介払いか、自身への牽制か、見極めねばならない)


「陛下。……恐れながら、危険な娘を公爵家に送るなど、リスクが高すぎます。万一暴走すれば、アイゼン公爵にも被害が及びかねません」

「ならば、教会の地下牢に幽閉するか?」

「……っ」

「恐怖で錯乱した厄災(シンシア)が暴れれば、地下ごと王都が吹き飛ぶぞ。物理的な檻では、あれは抑え込めぬ」


 国王は玉座の背に深く体を預け、揺るぎない声で告げた。


「だからこそ、最強の『檻』が必要なのだ」


(……なるほど、厄介払いではなく、本気でフェリクスなら制御できると思っているのか)


 グスタフは瞬時に理解した。

 国王はシンシアを処理したいのではなく、フェリクスという最強の管理者に預けることで『完全に無力化(かいごろし)』しようとしているのだと。


「我がこの国で最も信頼する男に託すのだ。フェリクスの氷魔法と、優れた慧眼を持ってすれば、厄災の手綱も握れよう。あやつこそが、シンシアを御せる唯一の『希望』なのだ」


(国王の信頼という、厄介な『お墨付き』……)


 それなら、交渉の余地はない。ここで食い下がれば、王権派の不信感を露呈することになり、自身の立場まで怪しまれる。


「陛下の仰るとおりでございます。アイゼン公爵であれば、娘も安心でしょう」


 グスタフは深く頭を垂れ、恭しく同意してみせた。腹の中で盛大な舌打ちをしながら。


「心配するな。『深海の涙』を添えてやった。それにフェリクスは国一番の美丈夫だ、シンシアもきっと気に入るだろう。なんせあの娘は、宝石のように美しいものが好きだからな」


 まさか自分たちがシンシアに着せた悪女の仮面が、このような形で最悪の事態を招こうとは……皮肉にも程がある。


「はは……左様でございますね」


 グスタフは完璧な笑顔を貼り付け、あくまで『娘の幸せを願う父』として、その場を乗り切った。


「では、下がってよいぞ」


 王城を後にしたグスタフの表情から、へりくだった善人の仮面は消え失せていた。

 獲物を奪われた猛獣のような、どす黒い『強欲』の炎が、グスタフの瞳に宿っている。


(おのれ、フェリクス・アイゼン……! 私の道具を横取りするとは!)


 だが、激情に身を任せている場合ではない。

 相手はあの『白夜公』だ。スキルで呑み込めるものが、固形物に限らないことを知られれば厄介だ。

 公爵家の権力で過去を洗われれば、フォレスト家だけでなく、革命派にまで火の粉が飛ぶ。


 グスタフは足早に馬車へと乗り込んだ。

 この事態を急ぎ革命派へ報告し、証拠隠滅を図るために。


(シンシアを取り戻す。……いや、最悪の場合は『心を壊し、生きた人形』にしてでも連れ帰る)


 この保守的に腐敗した国を再生させるには、誰かが泥をかぶり、『勇気』を持って改革せねばならない。

 たとえ禁忌と呼ばれる黒魔法を取り入れてでも――厄災を『軍事力』に変える、魔導覇権国家を樹立するために。

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