第32話 偽装悪女は侍女長を懐柔する①
部屋に入ると、シンシアは優雅にソファに腰掛けて、入口で立ち尽くしたままのローザに話しかける。
「さて、ドレスの相談だったわね、……でもその前に」
シンシアはゆったりと足を組み、扇子でテーブルを指し示した。
「その籠を、ここへ置きなさい」
ローザの笑顔がピクリと固まる。
「……奥様。こちらは土が付いたままの汚れ物です。高価なテーブルの上には……」
「聞こえなかったの? 早く置きなさい」
ローザの言葉を遮り、シンシアは再度命令する。
逃げ道を塞がれたローザは観念したように歩み寄ると、籠をテーブルに置いた。しんとした空間にコト……という音が響く。
身を乗り出したシンシアは、被せられていた布を無造作に剥ぎ取った。
そこには、一本の植物――紫色の花をつけた『ジキタリス』が入っていた。
籠に収まるよう、長い茎は無惨にも三等分に切り分けられ、詰め込まれていた。
(こんなに目立つ時間に、この量のジキタリスを採取するなんて……)
夕食に仕込む毒が足りなかったのだろうか?
ローザの独断か、それとも指示を実行した者がいるのか、探る必要がある。
「貴女の髪のように、綺麗な紫色。……ねぇローザ、これは何?」
シンシアが無邪気に問いかけると、ローザは一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせた。
「こ、こちらは……リラックス効果のあるハーブでございます。お茶にするととても香りが良く……」
さっきはレイスの指示で採取した薬草だと言っていた。
ちぐはぐな回答をするのは、この場を切り抜けるために、ローザも必死なのだろう。
(仕方ない。まずは言い逃れできないように、その罪を認めさせるしかないわね)
「そう、それならちょうどよかったわ」
シンシアはパンッと手を打ち、極上の笑みをローザに向けた。
「わたくし、喉が乾いたの。その『カットされたハーブ』を使って、お茶を淹れてちょうだい」
「…………っ!」
その瞬間、ローザの表情から笑顔が抜け落ちた。
自分でついた嘘が、首を閉める輪となって返ってきたのだ。
「お、奥様。先程も申し上げたとおり、こちらはまず乾燥棚へ……」
「セイラが教えてくれたわ、フレッシュハーブティも美味しいって」
逃げ道は塞いだ。
けれど、ローザもすぐに機転を利かせて、次の逃げ道を探し出した。
「……かしこまりました。一度給湯室へ戻り、すぐに準備をしてまいります」
「待ちなさい」
籠を持って部屋を出ようとしたローザを、シンシアが冷ややかな声で呼び止める。
「お湯なら呼び鈴を鳴らして、セイラに持ってきてもらえばいいわ」
シンシアの手が、サイドテーブルにある呼び鈴へと伸びる。
その瞬間、ローザの顔色がさっと青ざめた。
「……っ、お待ちください……!」
「急に声を荒げて、どうしたの?」
セイラは凄腕のティーブレンダーだ。もし不審な植物を見れば、一目でお茶にはできない毒草だと見抜くだろう。
ローザにとって、第三者――特に知識のあるセイラの介入は破滅を意味する。
シンシアは呼び鈴から手を離すと、閉じた扇子の先端を顎に当て、小首を傾げてにっこりと笑った。
「そんなに焦らなくても、大丈夫よ。だって――」
さも何でもないことのように、シンシアはさらりと爆弾を投下する。
「毎日夕食には入ってるんだもの。少しぐらい飲んでも、死にはしないわ」
そして、『貴女のやっていることは全てお見通しよ』と、シンシアは不敵に笑って見せる。
「――――ッ⁉」
ローザが息を呑み、大きく目を見開いた。
「……申し訳、ございませんでした……っ」
進むも地獄、退くも地獄。
そう全てを悟ったローザは、糸が切れた人形のように力なくその場に膝をつき、深く頭を垂れた。
「しっ」
シンシアが短く鋭い音を立てると、ビクリと肩を震わせたローザが、おずおずと顔を上げる。
シンシアは自身の唇に人差し指を当てて、『内緒』のジェスチャーをして見せた。
そして床に散らばった毒草を、扇子で指し示す。
「まずはそれを籠に戻しなさい。誰かに見られたら、言い訳できないわよ」
「っ、はい……!」
ローザは慌てて床を這い、震える手を伸ばした。
その指先が、散らばった葉に触れようとした瞬間――。
「待ちなさい」
「…………⁉」
「素手で触るつもり? 手が被れるわよ」
シンシアの冷静な指摘に、ローザはヒュッと息を呑んで手を引っ込めた。
動揺のあまり、毒草の扱いという基本すら頭から飛んでいるようだ。
「そこに落ちている布を使いなさい」
「は、はい……申し訳ございません……ッ」
ローザは慌てて落ちていた布を使い、ジキタリスをかき集めた。
証拠をすべて籠に戻し、布をかけ直す。
「では、そこに座りなさい」
シンシアが扇子でソファを指すと、ローザは強張った動作で腰を下ろした。
犯行を暴かれてから、ローザは始終怯えていた。
もしこれがローザの私情による単独犯なら、開きなおったり、恨みの孕んだ眼差をこちらに向けるはずだ。
でもそれが、一切なかった。絶望に染まるその瞳は、自分の破滅よりもっと別の何かに怯えるような、むしろ被害者の目のように思えた。
(やはり、後ろで糸を引いている人物がいるのね)
目立つ時間に一本のジキタリスを採取するなんて派手な行動、普通ならしないだろう。なぜ今、それほど急ぐ必要があったのか――そこから導き出された答えは一つ。










