第31話 偽装悪女は毒殺犯を見つける
正式に旅行の許可をもらった翌日、シンシアは書斎でとある手紙をしたためていた。
白い便箋に綴ったのは、自分が知っている限りの、グスタフが行ってきたこれまでの悪事と共犯者、そしてそれらが導き出す――彼らが抱える野望のすべてだ。
そこへ最後に、フェリクスへのメッセージを添える。
かなり大掛かりな調査になることへの詫びと、これまで世話になった感謝を込めて。
(これを読んだ時、白夜公はどう思うかしらね……)
最後に面倒なことを押し付けやがってと、怒るだろうか?
いや、実直な彼のことだ。責任を持ってやり遂げてくれるだろう。
シンシアはこの手紙を、出発の直前にセイラに託すつもりだ。
もし自分が無事に帰って来れなかったら、この手紙をフェリクスに渡すようにと言付けて。
シンシアは書き上げた便箋を丁寧に折り曲げて、封筒に入れた。そして上から蜜蝋を垂らし、シーリングスタンプを押して、封を閉じる。
書斎の引き出しの奥に、出来上がった手紙を仕舞った、その時だった。
ふと窓の外を見ると、怪しい人影が目に入った。
夕暮れ時、ローザがなぜか早足で薬草園の方へ歩いていくのが見えたのだ。
その足取りは、いつもの冷静な彼女からは想像できないほど焦っているように見える。
(……あんなに慌てて、どうしたのかしら?)
ローザは震える手で鍵を開け、転がり込むように温室の中へと消えていった。
しばらくして、出てきたローザの腕には、籠が抱えられている。中身が見えないよう布が被せられて。
薬草の採取はレイス本人か、彼に指示された扱いに慣れた庭師が行っている。ローザが直接薬草を採取することは、これまでなかった。
(ただ事ではないわね……)
そう、シンシアは直感した。
ローザが自ら動かなければならないほどの、緊急事態が起こっているのだろうと。
「付いてきなさい」
書斎の前で護衛していた騎士にそう告げ、シンシアは足早に一階へと向かう。
ローザの執務室の前に着くと、使用人用の入口からちょうどローザがこちらへ歩いてくるところだった。
「ちょうどよかったわ、ローザ。貴女に用があるの」
「……! これは、奥様」
待ち構えていたシンシアに気づいたローザは、一瞬だけ目を見開いたが、すぐに人当たりの良い笑みを浮かべた。
そして流れるような所作で、持っていた籠を身体の後ろ側へと隠し、優雅にカーテシーを行う。
「いかがなさいましたか?」
「旅行の準備で相談があるの。今から私の部屋に来なさい」
「かしこまりました。ですがこちらの薬草を乾燥棚に並べないといけません。五分ほどお時間を……」
「いいえ、今すぐよ。まさかその雑草を優先して、このわたくしを待たせるつもり?」
有無を言わせぬシンシアの発言に、ローザは困ったように眉尻を下げて微笑んでいる。しかし彼女のこめかみには、若干脂汗が滲んでいた。
ローザが笑顔の仮面の下で、必死に言い訳を探しているのが、シンシアには手に取るように分かった。
(やはり、あの籠の中には……)
「……申し訳ございません。ですがこれは、バーク医師の指示による重要なもので」
「ドレスを選ぶだけよ。荷物なんて持ったままでいいから、早く着いてきなさい」
護衛騎士の手前、ローザはシンシアの命令をこれ以上拒むことはできないだろう。
我儘な悪女に癇癪を起こさせ、ヴィスデロペを使わせたとなれば管理責任を問われる。
絶望に染まったように、ローザの唇が僅かに震えている。けれど数秒の沈黙の後、ローザは再び笑顔を作り直した。
「かしこまりました。喜んで、お供いたします」
ローザは、そのまま笑顔で隠し通すつもりなのだろう。
「ええ、では付いてきなさい」
(その笑顔、はたしていつまで持つかしらね)
シンシアは、優雅に踵を返す。
穏やかな笑みを浮かべたまま付き従うローザだが、籠を持つ指先は白くなるほど力が込められていた。
張り詰めた糸のような緊張感を孕んだまま、二人は自室へと向かった。










