第20話 偽装悪女は招待状を受けとる
サイラスの悪事が露見した翌日から、外では雨が降り続いていた。
ここ十日あまりの間、そうして鬱陶しく降り続いた雨が、ようやく止んだ。
サンルームで太陽の日差しを浴びながら、シンシアはセイラが淹れてくれたモーニングティーをいただく。
一口飲むと、レモンテイストのブレンドティーが、体内に爽やかに染み渡った。
(……静かね)
いつもなら朝一番に騒がしい足音が聞こえるはずなのに、今日は妙に静まり返っている。
一抹の違和感を覚えつつも、シンシアは届けられた新聞に目を通した。
『禁忌の黒魔法に関与か? 悪徳宝石商人サイラス・デニールに下る鉄槌』
紙面を飾る見出しをみて、シンシアは薄く笑みを漏らした。
そこには、不正が摘発されたデニール宝石商会の悪事が書かれている。
(デニール宝石商会も、これでおしまいね)
商会解体に全財産没収、王国内での販売許可証の永久剥奪。さらに黒魔法の関与があるから、王立魔導犯罪捜査局も動かざるをえない。
正式に関与が認められれば、サイラスの死罪は免れないだろう。そして黒魔法が付与された魔法織物の入手先についても、厳しく捜査されるはずだ。
それにこれまではシンシアがヴィスデロペで処理していた、闇の残滓を含んだ廃棄物の処理に、グスタフも手を焼いていることだろう。
魔力を吸い取った魔鉱石や魔草の処分は比較的容易でも、黒魔法の触媒に使ったものには、闇の残滓が残る。
普通に処分できないからこそ、高値で秘密裏に裏ルートで処分を依頼するしかない。
屋敷の再建に、違法廃棄物の処理が重なり、グスタフは必然的に莫大な私財を投じて対処する必要がある。
その上捜査の目が厳しいうちは、迂闊に裏取引も出来ないだろう。
(寂しくなる懐具合に、お父様が悔しがっている姿が目に浮かぶわね)
「ありがとう、セイラ。今日も美味しかったわ」
「お口に合ったようで光栄です! おかわりはいかがですか?」
「ええ、あと一杯もらおうかしら」
「かしこまりました。すぐに新しい茶葉で淹れ直して参りますね」
セイラが優雅な所作で空になったポットを下げ、サンルームを退室しようとした時、入れ替わるようにマリアが姿を見せた。
マリアは扉の側でセイラに軽く会釈を交わすと、こちらへ慎重な足取りで歩いてくる。その胸元には、真っ黒な薔薇の花束が抱えられていた。
「こちら、旦那様からの贈り物です」
朝のサンルームにまったく似合わない黒い薔薇は、太陽光を浴びて、不気味なほどに毒々しく艶めいていた。
「シンシア様の御髪と一緒で、とても美しいですね!」
黒に偏見のないマリアは、嬉々とした様子で、うっとりと黒い薔薇の花束を見つめている。
そんなマリアとは対象的に、シンシアは内心でほくそ笑んだ。
(ふふ、どうやら着実に嫌われているようね。魔法医に漏らした文句が効いたに違いないわ)
黒い薔薇の花言葉は、憎しみ。
そこに添えられた血のように赤いメッセージカードは、おそらく怒りを示しているのだろうとシンシアは考える。
サイラスの件で忙しくしている時に、善意を悪意と捉えて文句を言ってくる面倒な妻なんて、鬱陶しいに違いない。
「それにご覧ください。映える赤のメッセージカードなんて、とてもロマンチックです」
そう言ってマリアは、二つに折りたたまれた、赤いメッセージカードを取り外して渡してくれた。
「ええ、そうね。最高にロマンチックだわ」
シンシアはどんな恨み言が書いてあるのか、わくわくしてメッセージカードを開く。
『明日、君と夕食をともにしたい。十八時頃、本邸で待つ』
するとそこには、短く、そう用件だけが書かれていた。
(なるほど。わざわざ本邸に呼びつけるなんて、直接憤りをぶつけたいってことね)
「公爵様が夕食に誘ってくださったわ。マリア、明日は支度をお願いね」
「はい、おまかせください!」
「衣装は、この贈り物に合わせて選んでくれると嬉しいわ。わたくしに相応しい装いにしてちょうだい」
黒と赤。それはシンシアにとって、一番悪女を引き立てる組み合わせだ。
「かしこまりました! 世界一美しく仕上げます!」
いつにもましてやる気に満ちあふれるマリアに、シンシアは気になっていたことをさりげなく尋ねた。
「そういえば、マリア。ニナはどうしたの? 最近姿を見せないけれど……」
ニナがセレスティの花を持って里帰りをしたのは、あの長雨が降り始めた頃だ。
休暇も終わったはずなのに。いつもなら朝一番に挨拶をしに来るニナが、今日も来なかった。
(悪女の世話に嫌気が差して、そのまま逃げ出したのかしら……)
シンシアが僅かに自嘲気味に目を伏せた、その時だった。
シンシアの質問に、マリアはハッと息を呑むと、困ったように眉を下げ、声を潜めた。
「実は里帰りしていたニナから、昨夜私宛に、行商人づての手紙が届きました。故郷で土砂崩れがあって、その後から原因不明の病が流行り、家族も倒れたと……」
マリアの顔は青ざめ、黒い薔薇の花束を持つ手も震えていた。
「もし『得体の知れない伝染病』だなんて報告すれば、ニナが解雇されてしまうかもしれなくて…………私は、ローザ様に、『土砂崩れで道が塞がり、戻れない』という嘘を……」
マリアがいつも以上に明るく見えたのは、嘘を隠すためだったのだと、シンシアは気付いた。
「大変申し訳ありません……っ!」
(ローザには言えないことを、私には話してくれたのね……)
深く頭を下げるマリアに、シンシアは尋ねた。
「……どんな症状が出ているの?」
「手紙には、高熱と血管が黒く浮き出る奇妙な症状が出ていると……」
マリアは唇を噛み締め、さらに信じがたい事実を口にした。
「持ち帰った『セレスティの花』も、村に着いた途端、変色して枯れてしまったそうで……ニナが謝っておりました」
高熱に黒い血管が浮かぶ症状。そして、浄化の花さえもすぐに枯れてしまう淀んだ空気。
それらを繋ぎ合わせたシンシアの脳裏に、忌まわしい記憶が蘇る。










