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わたくしを殺して、自由になりませんか?~偽装悪女の政略結婚~  作者: 花宵


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第18話 偽装悪女は悪徳宝石商の悪事を暴く②

「その腕輪、近くで見てもよろしくて?」

「かしこまりました」


 サイラスは飾り台から腕輪を慎重に取り外し、例の布で覆われた宝飾皿に腕輪を移して、シンシアの手元に差し出した。


 左手で宝飾皿に触れたシンシアは、神経を指先に集中させた。

 気付かれないよう慎重に、宝飾皿の裏側に触れた指先で、ヴィスデロペを発動させる。そして付与された黒魔法を、闇の魔素に変換させて吸い込んでいく。


 脳が痺れるほど不自然な甘ったるさと、その裏にべっとりと張り付く、腐った油のような吐き気を催す味と感覚が、脳髄を侵食する。

 直後、シンシアの体内を、錆びついたヤスリで内臓を削ぎ落とされるような、陰湿で重い激痛が駆け巡った。


(これくらい、今まで味わってきた痛みに比べたらかすり傷よ)


 そう自分を律したシンシアは、決して周囲に悟られないよう痛みに耐えて、付与された黒魔法を全て吸い込んで解除した。


 次の瞬間、宝飾皿に置かれたルビーの腕輪にかかった魔法効果は消え失せ、まばゆい輝きを失った。


「――ッ!」


 異変に気づいたサイラスが、微かな呼吸を漏らした。


「あら? 気泡が見えるけど、本当にこれはルビーかしら?」


 欠陥が際立つように、シンシアはわざと宝飾皿を持ち上げ、角度を変えて腕輪を観察する。

 魔法織物によって完璧に隠蔽されていた、ルビーを模倣して作られたガラス特有の性質が、白日の下に晒された。


 サイラスが言い逃れできないよう、シンシアは宝飾皿を隣へ座るフェリクスの方へ差し出した。


「公爵様、どう思われますか?」


 宝飾皿を受け取ったフェリクスは、くすんだルビーの腕輪を見て、怪訝そうに眉をひそめる。


「確かに、ルビーの輝きではないな。商会長殿、これは本当にルビーの腕輪か?」


 宝飾皿をテーブルに戻したフェリクスはすっと目を細め、サイラスに厳しい口調で言及する。


「も、申し訳ございません! 少し手違いがあったようです!」


 サイラスは慌てて宝飾皿を両手で掴み、ルビーの腕輪を仕舞おうとする。しかし動揺して手を滑らせたサイラスは、誤って腕輪を宝飾皿から落としてしまった。


 コトっと音を立てて落ちたルビーの腕輪は、ボルドーのテーブルクロスの上で、再び最初のまばゆい煌めきを取り戻した。


「これは、どういうことだ?」


 ルビーの腕輪に起こった一連の変化を見て、フェリクスはサイラスに鋭い視線を向ける。


「あ……えっと、その……」


 サイラスはしどろもどろで、答えることができない。


「がっかりですわ、おじさま」


 シンシアは痛烈な皮肉を込めて、相手の演技に合わせ、一定の親密さを感じさせる呼称で話しかける。

 それはわざわざフェリクスが、シンシアと馴染みの宝石商会を呼んでくれた配慮に報いるためでもあった。


「こんな詐欺に手を染めるなんて、やはりあの噂は本当でしたのね」

「あの噂とは……?」


 聞き返してくるフェリクスに、シンシアは悲しみを演出するために声のトーンを抑え、わざと言葉を詰まらせながら答えた。


「デニール宝石商会が……隣国と繋がり、黒魔法で人々を謀って、商売をしているという噂です」


 テーブルに視線を落とし、シンシアはさらにサイラスを追い詰める。


「仕掛けがあるのは、こちらのテーブルクロス? それとも……飾り台?」


 サイラスの悪事を暴き、これまで培われていたであろう表面上の関係を、シンシアはこの場でばっさりと断ち切った。


「……ッ、でたらめを言うのは、おやめください!」


 立ち上がり、見苦しく抵抗してくるサイラスに、シンシアはとどめの鉄槌を下す。


「資金繰りに苦しんでいたのなら、相談でもしてくださればよかったのに。公爵様のご厚意に泥を塗るなんて……あんまりですわ!」


 シンシアは声を震わせ、小さな嗚咽を一つ飲み込むと、上品に畳まれたハンカチをそっと目元に当て、顔を伏せる。

 先に裏切ったのはそちらだと、怒りの矛先をサイラスに向けたまま、フェリクスの顔も立てた。


(ふふ、チェックメイトね)


 言い逃れのできない証拠が目前にあって、何より王国騎士団長であるフェリクスが証人でもある。


 どんな言い訳を並べ立てようが、サイラスには自身の身の潔白を証明する手段などなかった。

 この場で怒りに任せてシンシアを糾弾することも、フェリクスの鋭い視線から逃れることもできない。絶望的な現実を前に、サイラスの顔からさっと血の気が引いていく。


 ソファから立ち上がったフェリクスは、応接室の扉の方に向かって声を上げた。


「衛兵! 直ちに応接室を封鎖しろ。このテーブルにある全ての物品を、私の許可なく動かすことを禁じる」


 扉の外で控えていた衛兵たちが瞬時に動き、部屋の出入口を厳重に固めた。

 フェリクスは、顔面蒼白で立ち尽くすサイラスに視線を移す。


「商会長殿」


 その低い声は、深々と室内に響き渡り、最早いかなる容赦も含まれていなかった。


「貴殿には、禁忌の黒魔法行使の容疑がかかっている。それに加え、公爵家に対する欺瞞行為は、看過できない。よってその身柄、この場で私が預からせてもらう」

「お、お待ちください、公爵様! 誤解です、私は……!」

「衛兵、この者を拘束し、厳重に連行しろ」


 衛兵に引きずられながら、サイラスが退場していく。


 今回の件、グスタフはすぐに蜥蜴の尻尾切りをするだろう。

 それでも爪痕は残せた。シンシアが今までのように、ただ命令に従う操り人形ではないということを。


(ああ、なんだか清々しい気分だわ)


 俯いたまま、ささやかな喜びを噛み締めるシンシア。しかしその頭上から、沈痛な響きを含んだ重苦しい声が降ってきた。


「すまなかった、気分を害したであろう。レイスを呼ぶから、奥の部屋で休んでてくれ」


 気遣うようにかけられたフェリクスの言葉に、シンシアは焦りを滲ませる。

 黒魔法を吸い込んだせいで、体内はズタボロだ。痛みが引くのには、まだ時間がかかる。


(もし魔法医に魔力回路の検査をされたら、ヴィスデロペを使ったことがばれてしまうわ!)

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