第17話 偽装悪女は悪徳宝石商の悪事を暴く①
「アイゼン公爵様。この度はお招きいただき、光栄に存じます。デニール宝石商会のサイラスと申します」
目の前では席を立ったサイラスが、丁寧に腰を曲げてフェリクスに恭しく挨拶をしていた。
「急な召集に応じてくれたこと、感謝する。妻と馴染みのある宝石商を呼んだ方がいいと思ってな」
(白夜公の依頼なら、お父様の差し金ではない……?)
「フォレスト商会とは、昔から懇意にさせていただいております。本日はシンシア様のために、特別な品をお持ちいたしました」
そう言ってこちらに視線を向けてくるサイラスは、にっこりと人当たりの良い笑みを浮かべている。
父と同じように、息を吸うように人を騙すのが得意なサイラスの眼差しが、シンシアは昔から苦手だった。
主に高級織物を取り扱い、貴族から評判を博しているフォレスト商会――しかしその裏で、シンシアの父グスタフは特別な顧客に対して、黒魔法を付与した違法な品を販売していた。
顧客の要望に応じて、精神に干渉する黒魔法を付与した魔法織物。この魔法織物を加工して作った違法な品を、グスタフは高値で裏社会に流通させている。
サイラスは黒魔法の付与に必要となる材料の一部、魔鉱石を調達し、グスタフに融通していた。その見返りとして、サイラスはグスタフから安価で魔法織物製品を購入していた。
光の女神を信仰するセイン王国では、呪いや精神に干渉する黒魔法の使用は固く禁じられている。そのようなものを製作し、販売しているなど知られては極刑も免れない。
だからこそ悪事の証拠を隠滅するために、違法な魔法織物の製作過程で生じる、煮凝りのような闇の残滓を、シンシアはよくグスタフに命じられてヴィスデロペで処理させられていた。
さらに子爵家でのシンシアの扱いを知っているサイラスには、個人的に持ち込んだ廃棄物までをも、処理するよう強要されていた。
『化け物に拒否権なんてないんだよ! 不吉な厄災の力を役立ててやってるのだから、光栄に思え』
サイラスと顔を合わせる度に、そうやって化け物と罵られては尊大な態度を取られ、本当に嫌な記憶しかなかった。
悪夢のような日々が脳裏によみがえり、反射的にフェリクスの右腕に添えていたシンシアの手に、力がこもる。
(動揺してはだめだ。ここは子爵家じゃない。サイラスの命令に従う必要なんて、もうないんだから)
シンシアの微かな動揺を感じ取ったのか、フェリクスはこちらを一瞥して、「では早速準備をしてくれ」とサイラスに促した。
フェリクスに上座の席へ座るようエスコートされて、シンシアはソファに腰を下ろす。その隣に、フェリクスも座った。
その間、サイラスはテーブルに落ち着いたボルドーのクロスを広げると、トランクケースから取り出した宝飾品を専用の飾り台に設置して、テーブルの上に慎重に並べていく。
「こちらは上質なルビーを加工して作らせた、一点ものでございます」
大ぶりのルビーが煌めくネックレスと腕輪、イヤリング。一見すると極上の宝飾品が、テーブルには美しく並べられている。
しかしシンシアの視線は豪華な宝飾品ではなく、飾り台やテーブルクロスに使われた、見覚えのあるベルベッド生地の魔法織物に釘付けとなった。
(相変わらず、悪どい商売してるのね……)
サイラスの宝石商会では、触れた宝石を一定時間美しく輝かせる虚像の魔法織物を使用し、顧客に贋作を最高級の逸品と信じこませ、高値で販売している。
視線を上げて正面に座るサイラスを見ると、彼は相変わらずにっこりと柔和な笑みを浮かべていた。その瞳の奥には、どうせ宝石の価値などわからないだろうという嘲りが見てとれる。
以前のサイラスならリスクを考慮して、上級貴族相手にこのように危ない橋は渡らなかった。贋作を本物と見せかけて高値で販売するのは、あくまでも中流以下の裕福な貴族に対してだけだった。
(まさか公爵家に来て、堂々と騙そうとするなんて……)
今回の顧客がシンシアだからこその侮り。きっとそれがサイラスを増長させて、このような行動をさせたのだろう。
もしこのまま贋作を抵抗せずに買えば、味をしめたサイラスを図に乗せるだけだ。今後も贋作を高値で買うよう、強要される可能性だってある。
それだけじゃない。その情報は間違いなくグスタフの耳にも入り、新たな金づるとして今度は公爵家を利用されるかもしれない。
(もう、搾取されるのは嫌だ。私は操り人形じゃない!)
覚悟を決めて悪女の仮面を被ったシンシアは、静かに反撃の狼煙を上げた。










