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わたくしを殺して、自由になりませんか?~偽装悪女の政略結婚~  作者: 花宵


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第14話 偽装悪女は離宮を探索する②


「綺麗に手入れされているのね」

「はい! 庭師のケイルさんが、丹精込めてお世話されています。庭園の花は旦那様のために、大奥様が四季に応じて選ばれたものらしいですよ」

「以前は公爵様が住んでいらしたの?」

「私も詳しくは知らないのですが、もともとここは静養のために建てられた離宮のようで、昔はよく旦那様がご利用されていたそうです」


(静養のために用意された離宮……白夜公は、身体が弱かったのかしら?)


 もしかするとこの高い石壁も、公爵家の内情を探らせないようにするために、建てられたものなのかもしれない。


「そうだったのね。あちらは?」


 離宮の裏側から少しだけ見える、ガラス張りの建物に目を向ける。


「あの温室では、有事に備えて薬草が栽培されております」


 静養のために建てられた離宮に薬草園があっても、おかしくはない。

 けれど薬草も用法容量を守って摂取しなければ、毒となる。外部から毒を持ち込むよりも、敷地内で栽培されているものを使えば足もつきにくいだろう。


(秘密裏に厄介者を処理したい時には、本当に適した施設ね……)


 不自然に聞こえないよう、シンシアはわざと興味があるふりをして、ニナに言葉を返す。


「わたくしの実家は織物を扱っていたから、染料や防虫香の材料になる草花には関心があるの。見学してもいいかしら?」

「それでは鍵を借りて参りますね!」

「自由に入れないの?」

「危険な植物もありますので、普段は施錠されているんです」


 急いで離宮に向かおうとしたニナだが、自身が手に持つパラソルの扱いに困ったようで、カイルの方をちらりと見る。


「温室まで、先に奥様を案内しておこう」

「はい、ありがとうございます!」


 ニナからパラソルを受け取ったカイルは、シンシアが日差しに直接当たらないようパラソルを傾けた。しかし扱いが中々難しいようで、調整に悪戦苦闘している。


(普通の護衛騎士って、こんなことしないわよね?)


 真面目な顔で、レースのパラソルを適正な位置で差そうと頑張るカイルの姿は、ひどくミスマッチだった。


(……敵の攻撃を防ぐ盾のような感覚で、日差しを防いでいるのかしら)


「自分で差せるわ」


 見るに見兼ねてシンシアが手を差し出すが、カイルはパラソルを離そうとしない。


「あらゆるものから奥様を守るのが、護衛騎士の務めですから」


 カイルの言葉に、シンシアは目を丸くする。

 どうやらフェリクスが彼に命じたのは、単なる見張りだけではないようだ。日差しからも守るだなんて。


(……この騎士、すごく真面目なのね)


「そう。なら任せたわ」


 カイルがパラソルの位置を調整しやすいように、シンシアはゆっくりと温室まで歩いた。

 離宮の裏側の区画へ移動すると、やはり使用人エリアには外部と通じる門があった。

 正門と同じく見張りがいるようで、外部と内部の出入りはしっかり警備されている。見張りは屋敷内に三人と屋敷外に二人。最低五人は常駐しているようだ。


 その時ちょうど裏門が開き、一台の荷馬車が中へ入ってきた。見張りの騎士が、念入りに御者と荷馬車に何かをかざしている。


「あれは何をしているの?」

「危険物が持ち込まれていないか、探知魔法具で調べております」

「ここに入る度に、ああやって調べられるの?」

「はい、それが規律ですので」


 公爵家の警備体制は、かなりしっかりしてるようだ。でもそれだと、毒薬を離宮内に持ち込むのは難しいのではないかと、シンシアは考える。


(そうなると毒の入手経路として一番疑わしいのは、この薬草園よね)


 温室についてまもなく、走って戻ってきたニナが温室の扉の鍵を開けてくれた。

 足を踏み入れると、冷たく澄んだ、薬草と土の香りが鼻腔をくすぐる。

 綺麗に区画分けされた薬草園は、馴染みのハーブから毒々しい花まで、多種多様な植物が植えられている。


「恐れながら、薬草園は触れると危険な植物もございます。決してこちらの通路から身を乗り出さないよう、お気をつけください」


 危険を忠告してくるカイルに、シンシアは「ええ、わかったわ」と頷き、中へ進む。


 シンシアは歩きながら、さり気なく左手に神経を集中させた。

 隣にはニナが、背後にはカイルがいる。派手な黒霧を出せば即座に怪しまれるだろう。

 シンシアは呼吸を整え、魔力を極限まで薄く細く、糸のように練り上げる。


(『悪食(ヴィスデロペ)』よ。記憶されし『毒』の片割れを求めよ)


 シンシアの指先から放たれた魔法の糸が、目立たないよう地面を這って、薬草園を駆け巡る。

 不可視の糸は、同じ紫色の花を咲かせる株がいくつもある中で、迷うことなくただ一本の茎に絡みついた。

 それはまるで、切り離された半身を求めるかのように、葉を摘み取られた傷口へと吸い込まれていく。


 その瞬間、風もないのに、奥にある一株だけが『ゾクリ』と怯えるように葉を揺らした。

 すると毒々しい紫色の花を咲かせる植物に、左手の刻印が微かに反応を示した。


(当たりね。狙いどおり、引き裂かれた『本体』を探し当てたみたいだわ)


 シンシアはじっとその花を観察して、形状を記憶する。

 地面に集まって生えた葉の中心から、高く伸びる花茎。その下半分から上に向かって、密集した穂を付けている。

 下部ではすでに鮮やかな紫色をした釣鐘形の花を咲かせているが、上部はまだ蕾のままだ。


 魔法の糸が絡みついている箇所に目を凝らすと、シンシアはそこに明確な違和感を見つけた。


(あの一本だけ、葉の重なりが他より薄い)


 まるで外側からは分からないように、内側の目立たない葉を丁寧に間引いているような奇妙なシルエット。

 瑞々しい若葉が、自然に枯れたとも考えにくい。

 そしてそれは薬の材料として採取したにしては、不自然な痕跡だった。


(やはり、ここから誰かが意図的に『薬草』を持ち出したと見て、間違いなさそうね)


 目的を達成したところで、シンシアは適当に見学を切り上げて薬草園をあとにした。

 午後からは図書室で読書に耽りながら、薬草園で見かけた花について調べる。植物について詳しく書かれた書物を読み漁っていると、シンシアはようやく目的の記述を見つけた。


(通称『魔女の手袋』……あの毒々しい花、ジキタリスっていうのね)


 少量であれば心臓病の薬として使われている。しかし体内に蓄積しやすい性質を持っているため、長期服用は禁止されている。過剰に摂取すれば中毒を引き起こし、最悪の場合死に至ることもあると書かれていた。


(薬草園の出入り口はたしか、二階の書斎の窓から見えるわね)


「ニナ、ここにある本、書斎に移しておいてもらえるかしら?」

「はい、お任せください!」


 それからシンシアは活動の拠点を書斎に移して、しばらく薬草園を観察することにした。誰が持ち出したのか、毒殺に関わる怪しい人物を探るために――。

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